小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

疑心暗鬼の交換殺人

INDEX|2ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

 正直、ファンタジーは読んだこともないし、アニメも見たことがなかった。
 だからというわけではなく、どちらかというと、皆が、
「ファンタジーを書く」
 というのが嫌だったのだ。
 確かにファンタジーというのは、売れ筋なのだろう。だからと言って、
「皆と同じ土俵」
 というのが、嫌なのだった。
 中学生の頃に、

面白い」
 と思って読んだミステリー、それも、結構昔の話で、
「探偵小説」
 と呼ばれるものだった。
 中学時代というと、
「小説は読むが、それ以外の文章系は苦手」
 だったのだ。
 小説といっても、ミステリーばかりで、しかも、戦前戦後の、
「探偵小説黎明期」
 と言われる時代だった。
 その頃は、探偵小説に限らず、娯楽小説は、検閲にほとんどがひっかかり、書いても、絶版などというものが多かった。
 そんな中で、
「時代小説の類はよかったみたいだ」
 と言われるが、
「戦いの中での、今でもある、勧善懲悪が、当局としては都合がよかったのだろう」
 ということである。
 実際に探偵小説というと、今でいうところの、ホラーや、SFなども混ざったようなものだったりした。
 だから、
「本格派探偵小説」
 あるいは、
「変格派探偵小説」
 などという言葉が出てきたりするのだった。
 本格派というのが、今でいう、
「推理小説」
「ミステリー」
 の類で、
「事件の謎解きと、主人公の探偵が、爽快に行い、その謎解きの見事さや、トリックなどで、読者を魅了する」
 という、狭義の意味での探偵小説だと言えるのではないだろうか。
 だが、変格派探偵小説というのは、
「猟奇犯罪」
「SMなどの異常性癖」
 あるいは、
「耽美主義」
 といった、中には精神疾患に絡むような状況を書くというもので、定義としては、
「広義の意味での探偵小説から、本格派以外のものをいう」
 ということになるので、それらが、
「SFであったり、ホラーであったりする」
 ということである。
 逆をいえば、
「広義の意味での探偵小説」
 というのは、
「本格派探偵小説」と「変格派探偵小説」から成り立っている。
 と言えるだろう。
 当たり前のことであるが、そこに、今でいう、
「SF」
 であったり、
「ホラー」
 が混じっているというのは、今までのSFであったり、ホラーを時系列で読んでくると、きっとわかってくることなのだろう?
 ただ、本格派探偵小説では、
「探偵の切れ味の鋭い解決編」
 というのが、実にうまく働いている。
 そこにトリックであったり、バリエーションとして、
「偶然に起こる事件」
 というものが、うまく働いているのではないだろうか?
 それが、作家の手腕というものであり、読み手は、その醍醐味を感じるということであった。
 中学、高校で描いていた絵画は、元々、不純な理由から始めたのだった。
 というのも、中学時代の美術部に、
「気になる女性が、部長としていた」
 ということからだった。
 その部長は、おとなしい人で、余計なことは、一切口にしない人だった。いつも、
「正しい位置」
 にいて、まるで、象徴のような存在だった。
 だから、ほとんど口を開くことはないが、言葉を発すれば、その重みは、結構なものだったのだ。
 小学生の頃から、
「女性はおとなしい人がいい」
 と思っていたのだが、それは、まだ思春期になる前だったので、自分で意識していなかったはずだった。
 しかし、中学に入り、
「今が思春期だ」
 ということを自覚すると、
「小学生の時に感じていた思いは、まさにその通りだった」
 といえるだろう。
 そんな美術部に入部した時、部長がニッコリと笑ってくれたことで、
「入ってよかった」
 と感じたのだった。
 中学に入った頃は、
「部活はしない」
 と決めていた。
 運動部に関しては、小学生の頃からの、
「喘息」
 というのが、影響し、医者からも、
「なるべくなり、運動部はやめておいた方がいい」
 と言われていた。
 実際に、部活の練習などを見ていると、
「普通でもあれだけきついのであれば、俺のような、病気があれば、命取りになりかねない」
 と思うのだった。
 というのも、
「運動部というところは、病気があろうがなかろうが、容赦はしない練習をする」
 と聞かされたことがあった。
「運動部の練習を見てみると、その内容は、昔でいうところの、しごきに近かった」
 他の部員が見れば、
「普通の練習」
 なのだろうが、
「練習という名のごとく、誰も文句も言わず、黙々とやっている」
 それを見ると、部長もキャプテンも、
「ああ、皆ついてこれているな」
 と思うに違いない。
 それが、
「運動部における。昔からの悪しきところだ」
 ということなのだろう。
 美術部に入ってから、帰り道では、運動部の連中が、途中のお店で買い食いをしている。もちろん、美術部は、
「買い食い禁止」
 なので、誰もしていない。
 しかも、これは、
「運動部であろうが、文化部であろうが同じだ」
 ということなのだが、誰もが同じ立場なのにも関わらず、
「俺は、文化部だから、黙っておこう」
 ということになったのだ。
「文化部と運動部の違いというのは、見ているよりも、感じている方が、激しい」
 といってもいいだろう。
 それだけ、運動部というところは、まるで軍隊のように見えるのであった。
 実際に、サッカー部に誘われたことがあった。別に入部希望のところに名前を書いたわけではなかったし、何よりも、サッカー部と関わったこともなかった。
 調べてみると、クラスメイトが、勝手に、安西の名前を書いたのだ。
「俺は、入部するつもりなんかない」
 というと、
「いや、悪い悪い、サッカー部の部長が、誰か入りそううなやつの名前を書いてくれということだったので、お前がすぐに頭に浮かんだんだよ」
 という。
 そいつの名前が、
「井上」
 ということだったので、クラスの50音順でいけば、安西の次が井上だったのだ。
 本人は本当に悪気はないということであるが、それにしても、冗談が過ぎるというものだ。
「俺は、入部希望なんかじゃない」
 というと、井上は、
「悪かったよ、そんなにムキにならなくても」
 というので、
「困るんだよ。俺は喘息だから、運動部は、医者から止められているんだ」
 というと、
「いやいや、喘息なんか運動すれば、治るさ」
 という、とんでもない理屈をいうのだった。
 本人は、ちゃんとサッカー部に入部しているので、そういう意味でも、仲間がほしかったということで、軽い気持ちだったのかも知れないが、
「ドクターストップがかかっているのに」
 という状態で、よく、ヘラヘラ笑っていられるものだ。
 それを考えると、
「まだまだ、病気というものに対しての認識が甘い連中が多い」
 ということであろう。
 それが、中学生だからなのか、それとも、成長していっても、皆がそうなのか、よく分からない。
「部活というものは、確かに、精神と肉体を鍛える」
 というのだろうが、昭和の頃のような、
「イケイケどんどん」
 であったり、
「スポーツ根性モノ」
作品名:疑心暗鬼の交換殺人 作家名:森本晃次