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表裏と三すくみ

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 というだけであったが、まさに、その通りだった。
「別にこれと言った理由なんかないさ。皆だって、嫌なものは嫌だというだろう?」
 というと、黙ってしまう。
 たぶん、皆にもそれなりに嫌なものがあり、その理由について、
「聞かれて答えられるものではない」
 と思っていることも多いだろう。
 だから、
「とりあえず聞いてみる」
 という人がいるのだろうが、聞かれると、
「皆もそうじゃないか?」
 といって、切り抜けるのであった。
 だから、アニメも、マンガも嫌いなのだが、そのわりに、まわりで、
「マンガもアニメも嫌いだ」
 という人は、あまり聞いたことがないのであった。
 そんな、裏で何かが暗躍しているというような発想は、なるほど、アニメや特撮ではありがちだ。しかし、特撮も中学に入って見ることはなくなった。だとすれば、何を見るのというと、
「普通の小説などの、文庫本」
 だったのだ。
 それも、最近の、ラノベなどは嫌だった。
 ラノベというのは、短縮後であr、いわゆる、
「ライトノベル」
 というもので、
「読んで字のごとし」
 つまりは、
「軽い読み物」
 と直訳すれば、どういうことになるだろう。
 確かに、最初に出てきた時は、
「ケイタイ小説」
 などのように、
「読みやすいように」
 という理由からか、行をあけるのが無駄に多かったりして、言い方は悪いが、
「いかにも、ページ数稼ぎをしている」
 といってもいいかのようであった。
 さらに、最近では、
「ケイタイ小説」
 というイメージよりも、どちらかというと、
「マンガの原作や、アニメのノベライズ化」
 という性格が強いのではないだろうか?
 そういえば、今から30年くらい前だという話を聞いたことがあったが、当時は、それまでのドラマというと、
「小説が原作となっているもの」
 というのが多かったのだが、途中で、
「原作というものがなく、脚本家のオリジナルシナリオを遣ったドラマ」
 というのが多かった時期があった。
 いわゆる、
「トレンディードラマブーム」
 という時代があり、それらは、数名の有名なシナリオライターが、繰り広げる、
「青春ドラマ」
 であったり、
「恋愛ドラマ」
 と言ったものが多かったのだが、中には、
「当時のトレンドとでもいうべき内容のものが織り込まれたりと言った小説も多かったのだ」
 たとえば、当時流行っていたものとして、
「ポケベル」
 などというのがあった。
 実際には、当時から開発が進んでいた、ケイタイ電話への移行のための、
「橋渡し的な存在」
 という印象が強かったが、実際には、2、3年もブームがあっただろうか。
 「手のひらサイズの端末で、そこから数字の羅列で、相手に送る電信」
 ということで、いわゆる、
「小型のメール送信器」
 とでもいえばいいのか、
「何桁かの数字の羅列が、一般的な暗号のようで、そう、昔あった、電報の数字バージョン」
 と言ったところだろうか。
 そんなものが流行った時代があったが、実際には数年だけだった。それは、ケイタイ電話というものの普及が一気に進んだからだった。
 というのも、携帯電話の開発に拍車がかかったというのは、一種の、
「天災」
 と呼ばれるものが原因だった。
 当時、日本では、ある地方にて、
「最大級の自信が発生し、しかも、大都市直下型だったことで、未曽有の大災害となったのだ」
 ということであったが、その時に、生存者や、家族たちが、その安否を確認しようにも、当時まで主流だった、
「固定電話」
 というものが、ほとんど役に立たなかったのだ。
 それはなぜかというと、
「固定電話の回線がパンクしてしまって。その影響で、回線が制限を受け、その災害のあったあたりの電話がかかりにくくなる」
 という現象になったのだ。
 そこで考えられたのが、
「ケイタイ電話の回線」
 であった、
 電話を掛ける時、固定電話だけでなく、
「ケイタイ電話の回線もあれば、その分、回線がパンクすることはない」
 というのが、元々の携帯電話普及の裏側に潜んだ理由だったのだ。
 確かに、ケイタイ電話が普及すれば、電話回線がパンクすることもないということだっただろう。
 実際にそれからの携帯電話の発展は目まぐるしいものがあった。
 というのは、
「最初こそ、電話機能くらいか、本当に電報と言ってもいいくらいの短いメールくらいしか打つことができなかったのだが、そのうちに、ケイタイの機種もどんどん発展していき、ケイタイで、通話はおろか、メール、写真機能まで充実してきて、最後の方には、ワンセグと言われる、テレビ機能までついたくらいだった」
 さらに、
「ゲーム機」
 として使われることも多く、電車での、通勤通学の間で、皆ケイタイを見ているということも珍しくなかった。
 またそのせいで、
「歩きながらのケイタイ弄り」
 という歩行者のマナー問題が起こったり、さらにそれを、
「車に乗っている時」
 さらには、
「自転車の運転中に行う」
 などというとんでもない連中が多かったりした。
 それが社会問題となり、
「マナーの悪さ」
 というものが露呈し、下手をすれば、大事故に繋がり、
「死者も出かねない」
 という大問題に発展しかねないことであろう。
 だが、ケイタイ電話、つまり、今でいう、
「ガラケー」
 というものの時代は、10数年くらいのものであっただろうか。
「ガラケー」
 というのは、
「ガラパゴスケイタイ」
 ということであり、
「機能的には高機能ではあるが、後継機に押され、古い形になった、特徴のあるケイタイ電話」
 という定義であった。
 そこで、出てきたのが、
「スマートフォン」
 というもので、特徴としては、
「ゲームなどの普及」
 さらには、SNSと呼ばれる、情報発信であったり、拘留のためのアプリが多様化していて、それに合わせる形で開発されたものだった。
 もはや、電話という意識はほとんどなく、契約プランによっては、
「通話無料」
 というものがあったが、
「音声通話であれば、何も電話でなくてもいい」
 ということが言われるようになってきた。
 おりしも、スマートフォン、つまりは、
「スマホ」
 と呼ばれるものが、普及し始めて少ししてから発生した、以前の、
「未曽有の大災害」
 に匹敵するか、あるいはそれ以上の被害を出した大災害があったのだが、その時、ケイタイ電話で、当時の固定電話と同じように安否確認をしようとしたが、今度は、
「ケイタイ電話の回線がパンクした」
 ということで、本末転倒となっていた。
 しかも、その時代において大きく露呈したのは、
「当たり前のことなのだが」
 という前置きがあったうえで、
「ケイタイ電話」
 というのは、他の電化製品と同じで、
「充電が切れると、何もできない」
 ということなるのだ。
 つまりは、
「未曽有の大災害」
 ということになる、
「インフラ」
 と呼ばれる、ライフライン。つまりは、
「電気」
「ガス」
「水道」
 というものが留まるのは必至であった。
 当然、電気がなければ、電化製品は、まったく役に立たない。
作品名:表裏と三すくみ 作家名:森本晃次