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二つの世界と同じ顔

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 しかも、その国が、
「この国の近くにある国と、最近、緊張状態に陥っている」
 というウワサが流れたことで、他の国に先駆けて、有利な条約を結ばせなければいけない。
 ということになったのだ。
 そこで、特務機関を送り込み、諜報活動や、破壊工作などを露骨に行うことで、国内の内乱に乗じて、
「居留民保護」
 という名目で、他の国に先駆けて、兵を送り込んだのだ。
 もちろん、自分たちの自作自演なのだから、そのスピードは速く、電光石火のごとく、あれよあれよという間に、
「修好通商条約」
 というものを、
「自分の国に都合のいい形」
 で結ばせることに成功したのだった。
 それによって、それぞれの国の緊張が崩れ、最初は様子を見ていた国も、この国に干渉するようになる、
 そのうちに、戦争状態になってきたことで、
「帝国主義」
 となるか、
「民主主義」
 となるかということが、この国の命運を分けることになるというのが、問題だったのだ。
 結局、
「民主主義では戦争に勝てない」
 ということで、誰かを君主として仰ぎ、その人を中心に、戦争に乗り出すという、
「帝国主義」
 というものに近い形になった。
 だが、この国には、そんな君主となるような力の強い家系は存在しなかった。
 そこで彼らが考えたのが、
「同じ顔の人間を作れば、性格が似てくるのではないか?」
 という発想だった。
 そのヒントにあったのが、動物だった。
 というのは、
「動物は、同じ種類の種族の単位まで落とし込めば、顔の見分けはつかない。その行動は、皆同じに見えて、その本能が、考えを凌駕するのではないか?」
 ということであった。
 さすがに、国民を同じ顔にすることはできないが、
「君主となる人物が、どのような顔になればいいのか?」
 ということが、その発想の現れではないか?
 と感じるようになったのである。
 それを考えた博士が、
「大門博士」
 といい、彼は元々、動物の研究をする学者だったが、それは、ひいては、
「人間の研究に繋がる」
 ということが考えられたことで、博士は、最初、
「動物研究の先駆者」
 と言われる大学が海外にあるので、そちらに留学していたのだが、そちらで、師と仰いでいた先生が、
「条件反射」
 の研究を発表し、一気に注目を浴びることになったので、師である博士の研究を横でサポートしていたこともあって、条件反射などの研究に関しては、結構精通していたのであった。
「我が国も、この条件反射ということに関しては、ある程度まで把握をしていたのだけど、今まで、あちらの国で、博士についていたことで、分かったことがあれば、我が国の発展のため、君には協力してほしいんだ」
 ということで、大門博士は、母国に呼び戻された。
 留学先の大学は、世界でも有数の大学であり、特に、
「生理学」
「医学」
 の部門では、群を抜いていたのだ。
 その大学の中でも、
「一、二を争う」
 という実力者である教授の一人が、今回の、
「条件反射の研究」
 というもので、世界的な賞をもらった博士を、黒岩博士という、
 黒岩博士には、100人近い助手であったり、弟子がいた。大門博士もその一人で、元々、国家を挙げての研究室要因ということで、この大学への留学を推薦したのが、国家だったのだ。
 大げさにいうと、大門博士は、
「国の代表」
 ということで、世界的な権威のある大学に留学していたというわけだ。
 こちらの世界では、大学の留学は、普通に行なわれていた。
 そのかわり、
「スポーツ留学」
 というものは、かつてはあったが、今では、
「禁止」
 としている国が多い。
 というのは、
「そんなスポーツ留学というのは、選手がそのスポーツをできなくなったら、学校側だけではなく、その生徒が、
「天国から地獄」
 に叩き落される・
 ということは分かり切っていることである。
 というのは、建前であり。
「スポーツごときに、金を払うのが、本当にいいことなのか?」
 ということであった。
 確かに、こちらの世界では、
「スポーツというのは、戦争中でも、停戦に持ち込めるだけの力のあるものだ」
 と昔から言われてきた。
 そういう意味での、
「スポーツの祭典」
 ということで、各競技を一つにした世界大会が開かれている。
 それは、他の世界にも存在していて、ほぼ同じ趣旨で存在している、
「オリンピック」
 というものが、その代表であった。
 ただ、その
「オリンピック」
 というものにおいて、向こうの国では、次第に、
「化けの皮」
 というものが剥げていったのだ。
 どういうことなのかというと、
「オリンピックというものが、政治色が強く、政治利用されるようになっていったことで、腐敗したものとなった」
 ということからであった。

                 オリンピックの発想

 理由はいくつかあるが、まずは、
「経済的なところ」
 というものから攻めることにしよう、
「オリンピック」
 というものは、基本、4年に一度行われるもので、その開催国は、約7年くらい前に決定することになっている。
 そもそも、10年くらい前から、行動を始めるわけだが、まず、その国家で、誘致先の都市を決めるのだ。
「オリンピック」
 というのは、
「国を挙げての競技だ」
 と思われがちだが、実は違っていて、あくまでも、
「国家の中の一都市」
 というものが決まるのである。
 だから、まず、その国の中で、
「今回推挙する都市」
 ということで代表を決め、さらに、そこから、世界のオリンピック協会が、その開催地を決めるということになる。
 まずは自国で決める時の候補は、大体、3つくらいであろうか、
 オリンピック誘致のできる国というのは、元々、大きな国である必要がある。小さな国としてであれば、候補地になるようなところは、それこそ、首都となっている都市くらいで、そんな国に、おの都市を援助できる力があるわけもなく、招致ができる国としては、ある程度の先進国に限られていて、実際に開催できる都市は、それらの国で、ある程度、まんべんなく、
「持ち回り」
 というような体制になっているのが普通であった。
「オリンピック招致なんて、結局、出来レースなんだ」
 と考えている人も少なくないだろう。
 特に、
「国内の招致先を決める」
 というのも、ほとんど、出来レースである。
 それは、
「いつも、同じ都市しか立候補しない」
 ということであった。
 それは、
「オリンピック招致を行っても、問題ない」
 というところで、招致を行うことで、
「メリットがあるかも知れない」
 と感じるところしかないからだ、
 というのは、ある程度の水準以下の都市というのは、
「オリンピックを行っても、メリットはない」
 ということであり、却って、デメリットの方が大きく、下手をすれば、
「都市全体が破綻してしまいかえない」
 ということになるのだ。
 というのも、
「かつて、オリンピックの聖地」
 ということで、
「発祥の地」
 と呼ばれるところが、ちょうど、記念となる、
「世紀またぎ」
作品名:二つの世界と同じ顔 作家名:森本晃次