小説の書かれる時(後編)
「犯行が見つかるのを、謎解きのせいで錯乱させる目的、つまり、時間稼ぎのために、行うものだ」
と考えていた。
交換殺人のように、
「どちらかの殺人から、次の殺人まで、長ければ長いほどいいので、密室のような錯乱の方法があれば、警察に、二つ犯罪を結び付けさせる要因がないと思わせることができるだろう」
ということであった、
足柄は、その
「密室の作り方」
が分かっていた。
小域、犯行は、
「針と糸を使ったかのような、機械トリックでいいのだ」
ということである。
「いずれバレてもかまわない」
というだけで、その間に、佐久間の方で、犯行計画を練ればいいのだ。
この犯行は、連絡を取ってはいけないのだから、犯行計画は自分で考えなければならない。
このやり方をすれば、交換殺人のネックであった。
後から犯行を犯す人は、自分だけが逃げるということはできないのではないだろうか?
お互いに、それぞれの計画を勧めなければ、二人の関係性がバレてしまうということを示していて、相手が裏切れば、自分が主犯として、警察に捕まってしまう。
アリバイも、相手との関係がバレてしまった時に、アリバイがアリバイではなくなるのであった、
それを考えれば、二人の間の絆は、
「どちらかが犯行を犯した時点で、切っても切り離せなくなる」
というものだ。
つまり、デスマスクが送られてきた時点で、
「逃げることはできなくなった」
ということで、密室殺人の犯行がバレるまでに、
「俺は犯行を犯さなければいけないということか?」
と考えてしまうのだった。
ただ、この事件で、一つ以外だったのが、
何と、佐久間のところに、死んでほしい人間が死んだことで、佐久間に対し、脅迫状を追ってきた男がいた。
内容とすれば、
「死んでほしい相手に死んでもらってよかったな」
と書かれていた、
これを誰にも相談できるわけもない。
もちろん、警察に相談など、本末転倒であるし、事件の性格上、足柄に相談することの方が、警察に相談するよりも、もっと無理なことであろう。
ただ、この脅迫が誰によるものかというと、
「死んだはずの男からのものだった」
ということである。
死んだことに変わりはないのだが、それなのに、脅迫状が来るということは、
「死人からの脅迫状」
ということで、本当に恐怖が募るのだった。
それが、本人からの手紙だと、どうしてわかるのかというと、その手紙に挟んであったものが、
「佐久間に対しての借用証書のコピー」
だったのだ。
ただ、それを見て、佐久間は、もう一つ、
「自分がこの犯行に加わる必要はない」
と思った。
その理由であるが、脅迫状の中に、もう一枚の紙が入っていた。それは、今度はコピーではなく、元本だった。印鑑もあるからだ。そしてその内容というのは、まさに借用書であり、その相手が、
「足柄だ」
ということだったのだ。
「どういうことだ? 俺は、足柄の借用書を持ったということは、俺はやつよりも立場が上になったということか?」
と思ったのだが、これは、どうやら、
「二人を混乱させる計画だった」
ということであった。
というのは、
「足柄にも同じことをしている」
ということで、足柄にも、信長のデスマスクを送り、自分の借用書のコピーと、佐久間の借用書の原本を送っているようだ、
だから、お互いに死んでほしいと思っている相手は生きているわけで、というのは、本来は交換殺人などというのは、フェイクであり、殺したと言っておいて、佐久間に犯行を起こさせる、そして、その佐久間の黒幕として、借用証書を持っている男をあてがえばいい。
そうすることによって、二人の犯行は、
「連絡を取り合っていない」
ということで、疑心暗鬼から、自分が殺したいと思う相手を、自分で殺すことになるというものだ。
これが、心理的な相手へのプレッシャーであり、
「お互いに死んでほしい相手が一緒だ」
ということを、最後まで隠し通して、最後には、自分が姿をくらますことで、事件が迷宮入りするまで、ほとぼりを冷まそうと思っていたのだろう。
それが、足柄の考え方で、佐久間を、
「いかに脅すか?」
ということが目的だった。
しかし、最後の脅迫は余計だった。それで、佐久間は事件の骨格が見えてきたのだ。
それを考えると、
「交換殺人というのは、順序も大切だが、いかに相手をトラップに掛けるかということが大切で、デスマスクを使い、お互いを知らないものとするということが、肝だったはずなのに、脅迫によって、事件の計画性がずれてきたのだ」
という。
「そうだ、精神的なプレッシャーは、人的に作るのではなく、事件のストーリーの中で、自動的にできるものだ」
という、自然発生を考えていたのだ。
だから、そこで疑念がわき、佐久間は犯行を犯すことはなかった。
佐久間が事件を犯さないということで、今度はプレッシャーが、足柄にかかり、足柄が犯行を犯すことになった。
これは、時間的になのか、感情的になのか、
「紙一重」
であって、それが、事件にどんな影響を及ぼすかというのは、
「密室にしなければ、完全犯罪が成立していたのに」
という、事前の偽装工作が却って、事件をややこしくしているといえるのではないだろうか?
それに、本来なら最初から、おかしいと思わないといけない。
なぜなら、デスマスクは信長だったのだ。
「信長を送れば、佐久間が犯行を犯すはずがない」
ということを分かってのことだったはずなので、足柄は計画をっしていたが、信長はありえないのだ。
家康もありえないと考えると、秀吉しかない。
ただ、秀吉というのも、信長以上にありえないことだ。そもそも、交換殺人が成功しないと思っているのに、それをさせようとするからだ。
ということは、あのマスクは、
「足柄が作って、よこしたものではない」
といえるだろう。
誰が何の目的で送ってきたのかは分からないが、
「この事件には、何かが暗躍している」
ということが分かっているのだった。
それを考えると、
「足柄は、すでにこの世のものではない?」
と考え、また別の犯罪が、自分たちを中心に巻き起こっているということだろう。
「ひょっとすると、足柄はもうこの世にいないのかも知れない」
ということを考えたが、それは佐久間にとっては都合のいいことかも知れない。
「いざとなると、何かの犯罪が起きれば、足柄に罪を擦り付けることができる」
と考えたからだった。
しかし、それはあくまでも、
「うまくいく犯罪とはほど遠いものに感じられた」
しかし、動き出した計画であることに変わりはない。佐久間は、次の指示がくるのを待つしかなかったのだった。
この佐久間が書いた作品が、世の中に出るかどうか分からない。最後は、曖昧な感じで出たのであるが、それが、本として出版される時、どのような形で、大団円を迎えているというのだろう?
「作者が、足柄に代わっているかも知れない」
というものだったのだ……。
( 完 )
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作品名:小説の書かれる時(後編) 作家名:森本晃次