悪魔への不完全犯罪
と感じさせないほどに、坂下にも分からせておいて、その上での自由にさせているというのは、教育係としても、少し考えるところがあってのことだろう。
その話は、先代も分かっていることで、
「わしも、同じようにしてもらったものだ」
といって、笑っていたのだった。
そのようなこともあり、次第に彼らは離れて行った。
しかし、それは、あまりにもしつこい坂下の誘いに、
「何かおかしい」
という思いがあったのも事実で、実際に気持ち悪いと思えることもあり、それは仕方のないところでもあった。
そんなこともあり、坂下は諦めたのか、話をすることもなくなったが、そのうちの一人、河村と、数年後に再会することになるとは思っていなかった。
社会人になると、二人は、もう立場的には、大きな差はなかった。
時代のせいもあったかも知れない。
河村の方も、一社会人、坂下も同じだった。阪下が、いくら、
「俺は坂下財閥の御曹司だ」
といっても、関係会社であれば、それなりの影響力もあっただろうが、そうでもなければ、そこまで影響はない。ただ、二人は、学生時代のわだかまりはなく、出会うことができたというだけであった。
ただ、この頃になって、坂下は、よく飲み歩くようになった。
最初は、懐かしさから、
「坂下が自分の知り合いの店」
ということで、スナックなどに誘ったのだ。
それは、あくまでも、
「懐かしさから」
などという理由ではなく、
「自分がマウントを取りたいから」
ということが一番の理由であった。
だから、お店に連れていったのは、一軒だけではない。数軒のお店を梯子した。その中で、河村は、一人の女性を見て、
「何となく見覚えがあるかな?」
と感じた。
しかも、その女は、やけに、坂下に接近していた。
そこで、河村は、
「さっきの店の女の子だけど、坂下君の彼女なのかい?」
と河村は、
「普段なら聞かないようなこと」
と聞いてみた。
すると、坂下は、
「いいや、そんな彼女だなんて、そんなことはないよ」
というではないか。
河村も坂下が性格上、
「特定の彼女を作らずにいるので、寄ってくる女は、遊びの女が多いというだけで、いわゆる、セフレしかいない」
というのが、坂下だと思っていた。
実際にそのようだったので、河村は、少し安心した気がした。
ただ、この時は、河村も、
「なぜ、自分が安心したかということまで、よくわかっているわけではなかった」
しかし、そのことを考えると、何となくその頃に、
「自分の行く末」
というものが、分かってきたような気がしてきたのだった。
河村も、坂下をいまさら大学時代のような利用の仕方をしようとは思わなかったが、厄介なことは、
「これを機会に何とかしよう」
と考えるようになった。
坂下としても、河村との再会がどういうことになるのか、その時はわかっていなかった。だが、坂下自身は、今だ自分の立場が上で、河村を、
「自分のマウントの中に入れてしまおう」
と思っていたに違いない。
ただ、そこに、何ら根拠のようなものがあったわけでもなく、
「俺にとって、河村は、パシリのようなものだ」
という感覚が、河村を、本気にさせたといっても過言ではない。
河村も、今までの中で、初めて、
「何かを決心するターニングポイントだった」
といってもいいだろう。
誘ってくる女
河村と再会してから、河村は、前述のように、
「いろいろと計画がある」
と、自分の中で思うことがあるようだった。
しかし、それを隠して、表向きには、坂下に、
「マウントを取らせている」
というようにしながら、あくまでも、
「従順な青年」
を演じていた。
だから、店の女の子たちの中には、河村に対して、
「賛否両論」
があったようだ。
「あの人は、金のある男にヘコヘコして、気持ち悪いわ」
という、
「河村否定論者」
と、逆に、
「健気に相手を立てるようにして従っているところ、まるで営業の鏡のようだわ」
と自分たちの仕事と重ね合わせるようにして、見つめているという、
「河村擁護論者」
という、
「両極端な二つ」
に分かれているようだった。
ただ、後者の、
「河村擁護論者」
の方が、圧倒的に多いようで、それは、河村自身が、まわりに、
「そのように感じさせる」
というように演じているからであった。
だから、河村も、決して坂下に逆らうようなこともなく、実に自然に付き合っている。
ただ、ここが彼のテクニックなのか、
「賛否両論」
に見えるのは、
「見えている」
というからではなく、
「見せている」
といった方が正解ではないだろうか。
特に、スナックなどの女の子であれば、賛否両論であろうが、これが、
「キャバクラ」
などになると、
「河村擁護」
は、少し減るかも知れない。
それだけ、嬢たちは、自分の営業に自信を持っているのかも知れないと、河村は自分で感じていたのだ。
だから、河村は、
「キャバクラには行こうとはしない」
といえるだろう。
それは、坂下にしても同じで、
「河村と行くとすれば、スナック」
と最初から決めているようだった。
河村は、坂下の損な考えも最初から見抜いていて、これに関しても、
「計画通りだ」
と思って、ほくそえんでいるのかも知れない。
河村が、坂下と再会してから、どれくらいの月日が経ったのか、河村は、すでに、
「毎日の日課」
と思うくらいに、
「俺は、いつも河村と一緒にいるな」
と感じていた。
これだけずっと一緒にいると、最初の頃に思っていた、
「マウントを取ってやる」
と思っていたことも、半分、
@どうでもいい」
と思うようになっていた。
マウントを取るということがどういうことなのかということを、どうやら、自分の中で忘れてしまっているようだった。
というよりも、
「感覚がマヒしてきた」
といっても過言ではないだろう。
「坂下は、河村を、今の時点でどう思っているのか?」
あるいは、逆に、
「河村は坂下をどう思っているのか?」
ずっと二人を見続けている、いつもの店の女の子も、よく分からなくなっていた。
それだけ、
「いつも来る二人」
ということで、常連の枠に完全にはまり込んでいるので、あまり、余計なことを感じなくなっているようだ。
だが、それはあくまでも、
「見た目」
というだけで、そこに、
「河村の計画」
というものが潜んでいるなど、誰が分かっていることであろうか。
河村はその頃、一人の女の子に近づいていたのを、誰も気付いていなかった。
これだけ一緒にいる坂下にも分からなかった。
それだけ、二人は親密になるまでに、それほど時間もかからなかったのだ。
その女の子というのは、前述の、
「坂下に、必要以上に近づいていた女」
ということで、名前を、
「ひめか」
とい。
ひめかが、いつ頃から、河村と親密になったのかというと、実は、河村が店に来て、三度目には、すでに、肉体関係ができていた。
「二人は、相思相愛なのか?」
といえば、実際にはそうではない。