石ころによる家畜の改造
大友ゆいかが、勤めている会社は、
「昔は慰安旅行もあったが、最近はなくなった」
という他の会社と一緒だった。
ただ、忘年会だけは、毎年やっていたのだが、ここ数年の、
「世界的なパンデミック
の影響で、忘年会も、できなかったりした。
しかし、それを最初は、
「中止になったら、お金を返す」
ということであったが、
「会社としては、給料を若干下げたいとやっていけない」
ということで、給料を下げられたのだが、積立金だけは、取られていた。
「それじゃあ、困る」
という人がいたが、会社の説明で、その人も納得することになったのだが、そお説明というのが、
「ボーナスも大幅にカットされるということになると思うが、ボーナスを見越して、ローンを組んでいる人が困ると思うので、その分を、会社が貸し付ける」
ということだったのだ。
その分の資金が足りないということで、
「積立金から充当する」
ということを話すと、皆、しぶしぶではあったが、納得はしたようだ。
何と言っても、
「明日は我が身」
ということである。
「そもそも、積立金というのは、忘年会だけではなく、会社の冠婚葬祭などがあった場合の、お香典であったり、結婚式の時のご祝儀など、会社からお金が出るのと一緒に、部署一同ということでの見舞金としての役目のために、積み立てているという側面が大きいだろう」
それを考えると、
「会社から、ボーナス払いで困っている分」
と言われると、従わざるを得ないだろう。
自分もいつ同じことになるか分からない。
そういう意味で、会社への積み立ては、実に大切なことだと思うのだった。
そういう意味で、今の時代、政府おいい加減さから、
「老後は絶望的だ」
と言われている。
「自分たちが老後を迎える時は、年金などない」
と言われている。
つまりは、
「死ぬまで働け」
ということだ。
確かに、今の60代というのは、昔とはまったく違っている。
しかし、だからといって、全員が全員、同じだといえるだろうか?
特に今の世の中、
「すべてにおいて病んでいる」
という状況から、若い人でも、精神疾患や障碍者認定などにおいて、
「障害者年金」
というのを受給していたり、
「生活保護」
という聞こえはいいが、最低限の生活しかさせてもらえないほどの金しかもらえないということを、ずっと続けなければいけない人もいる。
それでいて、
「ある一部の特権階級は、金に胡坐をかいて、好き放題に生活をしたり、金だけもらって、仕事場に出てこない国会議員もいる」
ということを考えると、
「世の中というもの、勝てば官軍」
ということなのだろう。
そんなことを考えると、
「政府のいうことは、まともに聞いてはいけない」
と誰もが思っていることであろう。
そんな世の中なので、自然と、社員旅行というのは、
「慰安にも何にもならない」
ということで、次第にやらない会社が増えてきたのだ。
もちろん、
「バブルのための、社内留保によって、なるべく社員を切らずに、できるだけ、会社が損をしないようにするための、一種の保険のようなものだと思えば、いいということであろう」
という考え方が一番納得がいくだろう。
しかも、社員の側からすれば、
「忘年会でも嫌なのに、社員旅行で、何を好き好んで嫌な人と呑まなければいけないのか?」
ということである。
そうなると、
「社員旅行がなくなるのは有難い」
ということで、今の若い人は、
「社員旅行」
と言われても、ピンとこないだろう。
また、
「何が慰安なんだ」
といっても、意味が分からないはずであった。
ひょっとすると、今の若い連中は、中には、
「慰安旅行か、行ってみたいな」
と思っている人もいるかも知れない。
というのも、
「今の時代は、コンプライアンスの問題には、非常にシビアなので、会社では、完全に、上司の方が立場が弱い」
ということである。
だから、昔のような、
「俺の酒が飲めんのか?」
などという態度に出れば、その時点でアウトだということも分かっているので、下手に、
「無礼講だ」
などというと、本当に、
「部下が上司を苛める」
というような信じられない状況になるかも知れない。
何と言っても、上司が、
「何だ、その口のきき方は」
と部下に行ったとすれば、
「パワハラですか?」
と一言いえば、上司も黙ることだろう。
それで文句を言ってくれば、
「こっちから、問題にしてやればいいんだ」
ということになり、世間の風潮から考えれば、まず間違いなく、上司の負けということになるに違いない。
そんな状態で、
「慰安旅行を行えば、まず、部下が苛められるということはないだろう」
ということだ。
実際に、忘年会でも、そんなに大きなトラブルは起こっていないのではないか?
「あの延長だ」
と思えばいいだけで、会社の組織がどうであろうと、
「時代の風潮」
というものには逆らえないということであろう。
さらに、最近では、その慰安旅行というのが、復活しているところもあったりするらしい。
というのも、
「パンデミックの時代に、テレワークなどといって、会社に来ない時が長く続いたりして、福利厚生という意味で、社員同士のコミュニケーションもうまく行っていない」
ということで、
「社員旅行の復活」
をするところが増えてきたということであろう。
そんな、社員旅行を、ゆいかの会社でも、計画された。中には、
「いまさら社員旅行なんて」
といって、参加しない人もいた。
もちろん、昭和の頃と違って、参加を強要するわけではないが、その代わり、積み立てたお金が返ってこない。
それは当たり前のことであり、
「行きたくない」
といって人も、それは、承知の上だった。
家族がいる人は、
「社員旅行にいくくらいなら、家族サービスをする」
という人もいたが、実際には、
「家事や育児を協力してやっているので、社員旅行などに行っているわけにはいかない」
という切実な人もいる。
ただ、それでも、そんな人は数人で、全体として、
「社員旅行が成り立たない」
というほど、ひどいものではなかった。
確かに社員旅行など、ほとんどの人が未経験だったので、何をどうしていいのか分からない。
何しろ、最後に行われてから、30年以上も経っているのだから、経験者というと、もう50歳以上の人くらいであろうか?
それでも、
「忘年会の延長だ」
と思えばいいんじゃないか?
ということで、実際に、宿を決めるのも、そのあたりを考えてのことであった。
そして、アンケートを取ったところ、
「観光地などで、観光をするよりも、寂れていてもいいから、温泉旅館のようなところで、ゆっくりできる方がいい」
ということであった。
その理由としては、
「観光などは、家族で行けばいい」
という意見と、
「観光地などは、学生時代までに、一人で大体のところは行っているので、必要ない」
という人もいた。
そういう人は、
「どうせ、社会人になったら、どこにもいけないだろうから、学生時代に行っておく」
作品名:石ころによる家畜の改造 作家名:森本晃次