答えを出してくれる歴史
逆に、過去の歴史を否定し、すべてがなかったことのようにでもしているかのようなこの国に、どんな未来があるというのだろう?
中学時代は、そんな歴史を、いかにも、教科書通りのカリキュラムでやっていたので、
「歴史自体は面白い」
と思っていたのだが、どうにも納得のいかないところがあった。
それで、高校受験の気分転換に、一日の間の一時間くらい、
「歴史の本」
を読んでいた。
特に、明治からの歴史に興味があり、まずは、幕末から読み始めていたのだ。
時代が、進むにつれて、結構面白かったりする。
きっと、
「今の時代と比較してみることができるからだろう」
ということであった。
前述の考え方も、この頃に読んでいた本を元に、考えるようになった考え方だった。
さすがに、こんな話をクラスメイトにすると、引かれてしまうというのは分かり切っていることなので、何も言わなかった。
しかし、高校に入ると、とたんに歴史の授業が面白くなった。
それは、歴史の先生である。
「山口小五郎先生」
がいたからだった。
山口先生の授業は分かりやすく、先生の時々、入る自分の考え方が、いかに、うまく聞こえるのかということが分かった気がしたのだ。
そんな歴史の授業を受けると、
「私は、それまでの考えがすべて変わりそうな気がするのだった」
と感じたのだ。
あれは、先生と何時代について話した時だっただろう?
たぶん、覚えてはいるはずなのだが、あの頃は毎日のように、先生と放課後、教室に残って、歴史の話を続けていたので、ハッキリと、
「いつの時代だったのか?」
ということは、分かってはいなかった。
だが、最初に先生と意気投合したのは、分かった気がする。
ちょうど、
「乙巳の変」
の話をした時だった。
みずきが、
「皆、あれを、大化の改新というけど、大化の改新というのは、クーデターが起こった後の、新しい政治体制を組みたてる段階を、大化の改新というのであって、あれは、違うわよね」
と、みずきが言った時だった。
このあたりの時代は、山口先生には、どちらかというと、
「専門外」
の時代だった。
先生の専門というのは、もっと、現代に近い時代で、幕末くらいから、明治、大正、昭和の前半。
つまりは、
「大日本帝国」
と言われる時代が専門だった。
だから、みずきも幕末から、こっちの時代が好きになったのであって、それも、
「先生と話を合わせたいから」
というのが理由だった。
実際に、勉強してみると、結構面白い。
さすがにこの時代に興味を示さなければ、ここまで先生を好きになることもなかったであろう。
みずきはそんなことを考えていると、
「どうして、大化の改新についての話になったのか、今でも思い出せなかった」
ただ、先生が、
「たまには、違う時代もいいな」
と後から言っていたことを思えば、先生の方も、専門外だった方が、却って気楽だったといってもいいかも知れない。
確かに、
「大化の改新」
と似た言い方をする時代も他にはないでもない。
しかし、その時は、クーデター自体をそういうわけではない。
その時代というのは、
「建武の新政」
であった。
鎌倉幕府を倒した後に、後醍醐天皇が、
「天皇中心の政治」
という理想を感じて始めたことだったのだが、そもそも鎌倉幕府の傾きは、武士に対しての、褒美がなかったことでの不満だったものを利用した形にはなるのだが、実際に幕府を倒してみると、鎌倉幕府成立以前の、
「武士が虐げられる」
という悪しき時代に逆戻りするのであるから、武士としては、たまったものではない。
そこで足利尊氏が、
「武家中心の時代を作る」
ということで、足利幕府を成立させたことで、朝廷が二つに割れる、
「南北朝時代」
となったのだ。
「大化の改新」
は、律令国家の建設を目指したものだったのだが、なかなかうまくいかず、中途半端な状態であったことから、
「蘇我氏の方がマシだったのではないか?」
と歴史認識が変わってきた。
それが歴史というものであり、その楽しさを、みずきはその時知ったのだった。
そんな時代の話を、疑問のように先生にぶつけると、先生も、
「そうなんだよね。なかなか目の付け所がいいよ」
といってくれたのだった。
中学時代までは、歴史というと、好きではあったが、完全に暗記科目ということで、どうしても、それでは面白くないではないかということで、その話も先生にしていたところであった。
気になっているところも、歴史という学問への考え方も、よく似ている。それが、
「みずきを、先生との距離を縮めることに作用したのだろう」
といえる。
さすがに、山口先生も、
「女生徒と仲良くなるのは、百害あって一利なし」
と思っていた。
二人きりになったというだけで、何を言われるか分からない。特にこの学校は、共学なだけに、
「もし、その女生徒を好きな男子生徒がいて、彼女を狙っているのだが、なかなか声を掛けられないような小心者だったりすれば、もし、女生徒と先生が密かに二人きりになっていたりすれば、本当は何もなくとも、二人はできているなどというウワサを立てられるかも知れない」
というものだ。
男子生徒も、
「彼女に嫌われたくない」
という思いから、思いとどまるかも知れないが、だが、そういう生徒は、どうしても、孤立してしまう。
孤立してしまうと、好きになった彼女であっても、どこか裏切られた気がして、
「可愛さ余って、憎さ百倍」
とばかりに、怒り狂うようになると、先生だけではなく、彼女も憎くなり、
「二人の地獄を見たくなる」
というのも、ありではないだろうか?
そんな時、たいてい。女生徒の方は、
「その男子生徒に好かれている」
などということを、分かっていないだろう。
どうして、そんなひどいことをするの?」
と思って当然である。
先生も、せっかく気を付けていたのに、まさか、他の男子生徒の嫉妬のために、人生を壊すことになるとは思えない。
大体の場合、先生は、よくて。
「左遷」
ということになるだろう。
ただ、その場合は、その男子生徒が、
「俺も、このままではダメになる」
ということが分かってくれば、
「死なばもろとも」
という感じで、皆道連れにして、心中覚悟というところであろう。
その時、
「俺をこんな風にした二人に、復讐してやる」
というまったくの勘違いで、人生を壊される、先生と女生徒もたまったものではない。
だが、先生というのは、ウワサが立てば、
「待ったなし」
ということになるだろう。
「俺は、気を付けていたのに」
と言ったとしても、まわりは、
「その注意が足りなかったんだ」
としか思わないだろう。
完全に他人事だということになるか、
「自分も気を付けないといけない」
ということでの、
「反面教師」
ということになってしまうのかということであった。
ただ、高校教師には、そんな危険性が、絶えず見舞われているということになるのであった。
みずきとしては、自分がそんな先生を好きになるとは、最初から思ってもいなかった。
作品名:答えを出してくれる歴史 作家名:森本晃次