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可能を不可能にする犯罪

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 という考え方である。
 数字が小さいと、その分、プラスマイナスが複雑に入り組んでいるという場合があるので、その数字がピッタリと合わせるには、下手をすると、また頭からということになる。
 しかし、逆に、三浦刑事の場合は、
「減算法」
 という考え方だったのだ。
 この考え方は、最初が百で、そこから、少しずつ、
「余分な部分」
 であったり、
「辻褄の合わない部分を削る」
 ということになる。
 また二人の関係性を示すものとして、貸借勘定帳というものがあるが、左右で、
「マイナスとプラスが入り組んでいる」
 だから、余計に数字を合せるのが難しいのだが、この二人のコンビはまるで、この貸借勘定帳というものの、左右のような関係になるのだった。
 ある意味、お互いに、
「凸凹コンビ」
 といってもいいだろう。
 門倉刑事はそんな風に感じていたが、三浦刑事は、そんなことは思っていない。
 やはり、三浦刑事の勧善懲悪性というものは、融通の利かない性格のようで、その、
「抑え」
 として、門倉刑事を当てたのは、正解だったといえるだろう。
 この署での捜査権を握テイルのは、桜井警部で、大体事件が起こると最初にできる捜査本部では、本部長と勤めることになるのだった。
 桜井警部もキャリア組ではない。地道に刑事畑を歩んできて、やっと最近、警部に昇進し、あっという間に、捜査本部長に就任するようになった。
 そこには、管理官の強い薦めがあったのだが、桜井警部は、それに十分に答えているといってもいいだろう。
「K警察の刑事課」
 では、今回の捜査本部もできていて、今回の事件の初動捜査で分かったことが、話し合われていたのだ。
「今回の事件というと、まず、被害者の死因は、ナイフによる刺殺で、出血多量によるショック死ということでいいんですか?」
 と、門倉刑事が聴いた。
 捜査本部の会議となると、積極的になるのが門倉刑事で、三浦刑事の方は、普段と同じで、
「書記役」
 に徹底していたのだ。
 というのは、
「最初の捜査本部というのは、まずは、状況報告がほとんどで、そこではまだわかっていることが少ないので、その情報だけを忘れずにメモしておくことが先決だ」
 と、意外と冷静にその状況を捉えていたのだった。
 それを考えると、門倉刑事も、何も言わない。逆に、
「キチンとメモを取ってくれているのはありがたい」
 と考えていたのだった。
 桜井警部も、初動捜査は、
「今後の捜査の足掛かりだ」
 という風に思っているだけで、それ以上でも、それ以下でもないと思っている。
「あのあたりはよく通り魔が出没するところだと言われているけど、通り魔の犯行ではないのかね?」
 と、桜井警部は聴いた。
 桜井警部としても、事前に、
「通り魔のようにも一見見えますが、どうも違うようですね」
 と聞いていたのだ、
 その理由を、門倉刑事は、
「我々の見解では、通り魔は、左利きではないか?」
 と言われていることを桜井警部にいうと、
「いかにも」
 と桜井警部は答えたが、
「鑑識がいうには、確かに、左手で刺したようではあるけど、それは、右手を添えたか何かをしてわざと左利きであることをアピールしているようなところがあるんですよ」
 というのだ。
 それを聞いた桜井警部は、
「それはどういうことだい?」
 と聞かれて門倉刑事は、
「どうも、犯人が左利きということにこだわっているのが気になるんですよ」
 という。
 桜井警部補は、なぜそんなに門倉刑事がこだわっているのかは、分かっているような気がした。それでも、
「どうしてなのかな?」
 と聞くと、
「今回の通り魔犯の共通点に、左利きの男というのが、キーワードになっているということは、まだ公表されていないことなんですよ。週刊誌にも新聞にも発表されていないことで、それを今回の犯人が知っていて、まるで、自分が右利きのくせに、左利きに見せかけようというのは、どこかがおかしいと思うんですよね?」
 と門倉刑事が言った。
「なるほど」
 という桜井警部に対してそういうと、
「ええ、そうなんですよ。私は、初動捜査の中で、他のどのことよりも、このことに対しての方が興味をそそるんですよ。犯人が一体何を考えているのか。そして、犯人は何がしたいのか? ただの殺人ではないのか? ということですね」
 と、門倉刑事は、不謹慎ではあるが、目を輝かせていたのだ。
 ただ、その気持ちは桜井警部にも分かるというもの。
 お互いに、刑事畑を歩んできて、出世を願っているわけではないが、上にいくほど増してくる責任であったり、さらに、キャリア組との確執などを考えると、自分がどうしていいのかということを考えさせられる。
 警察という組織と、官僚という組織は、他の会社とは違う。
 まずは、公務員であるということ、
「国民の税金で食っている職業」
 ということで、しかも、公務の間は、他の自由な権利を持っているはずの人の権利を、捜査上のことということで制限できる権利がある。
 逮捕、拘留、さらに、家宅捜索と、裁判所に申請することで、その権利を得ることができ、逮捕拘留している一定期間、自由を拘束して、取り調べができるのだ。
 昔とは、かなり様変わりしたようだ。
 大日本帝国時代の、特高警察というのは、本当にひどかったようだ。
 何といっても、その時代には、
「治安維持法」
 というものがあり、
「政府にとって、反対の意見を持った組織を取り締まったりできた」
 というものだ。
「社会主義であったり、アナキストなどの、無政府主義であったり、天皇制を否定する」
 というような主義主張と言っている人間を拘束し、拷問に掛け、そういう組織を、まるで、国家に対する反逆として捉え、検挙に邁進したものであった。
 さらには、戦時中などでは、
「戦争反対」
 という意見を徹底的に、
「非国民」
 として弾圧するのだ、
 時代としては、
「仕方のないものだった」
 と言えるかも知れない。
 何しろ、大日本帝国というのは、
「立憲君主国」
 であり、憲法では、
「主権者は、天皇」
 ということになっていて、確かに、
「君臨すれど統治せず」
 という言葉があるが、
「主権者としての特権があるが、自分からの統治ではなく、政府であったり、軍、さらには警察組織というのが、統治のために、国民を取り締まることができるというのが、
「治安維持法」
 だったのだ。
 何といっても、戦争中というと、
「戦争がこれからという時、一致団結して、目的完遂を目指す」
 というのが、そもそもの、
「宣戦布告の詔」
 ではないか、
 これは天皇によって起草され、発表されたものであり、そこには、
「臣民」
 という文字が書かれている。
 今の時代には、馴染みのない、
「臣民」
 という言葉であるが、この言葉は、
「平時には憲法で認められる自由や権利であるが、これが、戦争などの有事ということになると、その権利が一部制限され、戦争であれば、大本営というものを中心に、戦争を勝利に導くために、国民が一丸となってことに当たる」
 というのが、臣民という意味である。
 一種の、
「戒厳令」
 のようなものである。