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三つ巴の恐怖症

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「可もなく不可もなく」
 という状況であれば、それでよかった。
 この程度の街といえば、都会から見れば、さほど変わったところがない、おとなしく見えるところであった。
 だからこそ、このあたりの風光明媚なところを、街としても誘致することに、はばかりはなかった。
 何といっても、お金が何もしなくても、土地を貸すというだけで転がり込んでくるわけだし、都会に働きにいかなくても、療養所が、人数的には少ないが、一定数を雇ってくれるというのはありがたかった。
 保養所の方でも、
「お手伝いさん」
 という形で、世話をする人を募集しているところもあったりで、こちらも、職にはこまらない。
 それが、
「この街に療養所や、保養書の誘致に成功した」
 ということになるのだろう。
 いちかが、母親と一緒に、この街にやってきて、いちかが、一番不安に感じたのが、
「街の雰囲気」
 だった。
「どうしてなの? この街は静かでいい街じゃない」
 と母親がいうのだが、いちかは、完全に毛嫌いしているようだった。
「何が怖いというの?」
 と聞くと、
「夜が来るのが怖いのよ。真っ暗で薄気味悪いわ」
 というではないか。
「確かに、お母さんも、夜の暗闇は、寂しさを誘うようで嫌いだけど、慣れてきたつもりよ。あなたもそのうちに慣れてくるんじゃないの?」
 と、母親は、自分の経験からその話をした。
「そうかも知れないけど、私は嫌なの」
 と、半分ヒステリックになるのだった。
 どうやら、母親が自分の気持ちをまったく分かっていないかのように話すことに、苛立ちを覚え、さらに、こちらの言っていることの意味を理解しようとしないことがさらなる苛立ちを覚えるのだった。
 それを感じると、
「お母さんには、何を言っても無駄だわ」
 ということになったのだ。
 母親とすれば、
「きっと、この子は、おかしくなったんじゃないかしら?」
 と考えたのではないか?
 と、いちかは感じた。
 それはあくまでも、お母さんに対して、
「自分が下に見られている」
 と感じるからで、それが、
「親子の関係の、それではない」
 と思ったからだ。
 確かに、親子関係であれば、母親が子供に対して、
「自分が上だ」
 と思うのは当たり前で、そこには、子供に対しての、
「子育てを行う上での、権利と義務が存在している」
 ということである。
 普通であれば、
「子育てというのは、義務感が強くなる」
 と思うものだが、実際には、権利というのも存在しないと、親とすれば、きついだけである。
 それを子供の立場では分からない。
 子供の頃であれば、いろいろ言われるのは、
「親が義務を果たしてくれているから仕方がない」
 という、
「大人の理屈」
 というものが分かるような気がするのだった。
 だが、今度は子供が成長するにしたがって、次第に分からなくなってくる。
「大人になるにつれて、分からなくなるなんて」
 と思うかも知れないが、
「子供が大人になる」
 というためには、必要なことがあり、それが、
「思春期」
 であり、親や大人に対しての、
「反抗期」
 というものではないだろうか?
「大人になると、子供の頃のことを忘れたように、子供に対して、苛めのような感覚になる」
 と言われるが、それは、この、
「思春期」
 であったり、
「反抗期」
 というものを忘れてしまうのではないだろうか?
 といちかは、今考えていた。
 しかし、彼女は大人の立場というのは分かる気がするが、自分のことがよくわかっていない。
 だから、身体がどうして弱いのか?
 ということすら、自分で分からないことに、苛立ちを覚えるのだった。
 いちかは、実際に、
「頭が悪い子ではない」
 確かに、身体が弱いというところはあったが。それは、裏を返せば、
「繊細である」
 ということであった。
「気温や湿度の変化に対して、弱い」
 ということであり、さらには、
「喘息などの場合は、アレルギーに弱い」
 ということから、この保養所というところを進めてくれた医者は、
「ファインプレーだった」
 といってもいいだろう。
 そのことは、いちか自身も自分で分かっているのだが、何か苛立ちがあるのは、
「思春期の弊害があるからなのかしら?」
 と思うのだった。
 彼女の思春期は結構早かった。
 小学生の5年生の頃から、身体が発達し始め、初潮もその頃だった。
 さすがい、ビックリしたが、話には聞いていたので、
「ちょっと早いわね」
 というだけで、ただの儀式として、通り越えただけだった。
「身体の成長が早かったのは、お母さんも同じだったので、あなたには、ちょっと早いかと思ったけど、初潮の話はしておいたの」
 というのだった。
 そういう意味では、
「お母さんは、私のことをよくわかってくれているんだわ」
 と思ったのだが、逆に、
「それだけに、怖い」
 と思うのだった。
 そう考えると、いちかというのは、
「自分のことも、母親のことも結構よく分かっているのだが、その分かっているという自分に、いまいちの自信が持てない」
 ということになるのだろう。
 これは、誰にだってあることだろうが、早熟ないちかには、少し早すぎるのだ。
 だから、本来の年齢で感じなければいけないことが、少し早い時期で感じてしまうので、その分、自分の身体に負担が来ているというわけだ。
 医者はある程度のことが分かっているので、
「下手に薬を使うよりも、自然治癒できることなので、そっちの方がいい」
 と考えるようになったのだった。
 いちかというのは、それを考えた時、医者が考えていることも、少しは分かっていた。
 要するに、いちかのこの状態は、
「マイナス部分というよりも、それを補って余りあるだけの、プラス部分があるということになるので、それを生かす方がいい」
 と考えたのだ。
 だから、一番いいのは、
「最適な環境に、身体を慣らさせる」
 ということであった。
 しかし、それでひょっとすると、
「プラス部分が、消えてしまうかも知れない」
 という思いを、医者は抱いていた。
 それでも、
「どうすることが彼女のためにいいのか?」
 ということを考えると、
「これが一番いいに決まっている」
 と思ったのだ。
 しかし、まさか、彼女のこの感覚が、いや、彼女の中にある、
「密かな性格」
 というものが、秘密組織に利用されるなどということは思いもしなかった。
 もっとも、
「彼女の本質に近い性格」
 いや、
「その奥にある強い力」
 というものを、実は医者も分かってはいなかったのだ。
「何かある」
 とは思っていたが、それがどこまでのことなのか、それを思い知るというところまでは行っていなかったに違いない。
 いちかが、この病院を訪れたのは、偶然街で知り合いになった女の子が、この療養所に入院しているということを知って、お見舞いに来た時だった。
 この病院は、特殊な患者を受け入れてはいるが、だからといって、特別扱いをしているわけではない。
 だから、彼女としては、
「普通にお見舞い」
 に来たのであるし、病院側も、
「普通にお見舞い患者を受け入れた」
 というわけだ。
作品名:三つ巴の恐怖症 作家名:森本晃次