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三つ巴の恐怖症

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 なぜ、この診療所が、国家機密扱いになっているのかというと、
「血液銀行」
 の場合と違うからであった。
 それがどういうことであるかというと、その病院の幹部になった男が、
「7361部隊の幹部ではなかった」
 ということからだった。
 しかも、その男は、それを偽って幹部になり切ろうとした。
 そのことが国家に分かってしまった。
 最初は、そのことを、
「まるでなかったかのようにしようではないか?」
 ということを考えたのだが、そうもいかない。
 何と言っても、
「我々は敗戦国なのだ」
 ということである。
 そんなことが、相手にバレると、せっかく、独立国家としての復興を目指しているのに、すべてが水の泡になってしまうということは許されないことだった。
 何と言っても、幹部ということが、何かあった時に、
「簡単に抹殺できる」
 という考えが、相手国にあったのだ。
 幹部でなければ、相手にバレたからといって、簡単に抹殺することはできない。
 幹部であれば、
「やつは、731部隊の幹部だったということが分かったので、秘密裡に処分した」
 という言い訳も立つというものだ。
 しかし、
「幹部ではない」
 つまりは、
「幹部としての祥子がない」
 ということであれば、表向きは、
「一般市民なのだ」
 もう時代は、
「治安維持法が存在した時代」
 というわけではなく、あの頃というのは、基本的に、
「国民全員が一つの方向を向いている」
 という状況であった。
 つまりは。
「立憲君主」
 ということであり、
「憲法の範囲内」
 であれば、国民の権利を制限できるという時代だったのだ。
 法律というのは、今も昔も同じで、
「憲法という骨格になる法律があり、後の私法と呼ばれるものは、その憲法の範囲内で作られる」
 ということである。
 要するに、
「憲法の下で決まった法律なのだから、国民にとって理不尽であっても、従わなければいけない」
 というものだ。
 つまり、治安維持法というのは、
「国家の方針に従わない個人や団体は、検挙されるものだ」
 ということだ。
 だから、
「当局から眼をつけられた人物に対しては、国家が合法に、盗聴、盗撮が許される」
 ということだ。
 それが、首相であっても同じことで、下手をすれば、
「陸軍の、参謀総長」
 であっても、例外ではないかも知れない。
 大日本帝国における、
「陸軍の参謀総長」
 というと、軍の中では、
「天皇に次ぐ第一人者」
 ということであり、実質、
「軍のトップ」
 ということである。
 つまり、有事においては、
「一番従わなければいけない人物」
 ということになる。
 有事、つまりは、戦争中ということである。
 だから、宣戦布告の詔には、一般臣民とは別に、わざと、
「陸に海において」
 といって。
「目的完遂、つまり、戦勝という目的のために邁進する」
 ということを定めているのだった。
 日本という国は、国家の代表が、実際の戦争指導者ではない。
 大日本帝国の仕組みを知らない人は、
「政府が、いわゆる首相が戦争指導者だ」
 と思っているかも知れないが、実際にはそうではない。
 戦争責任者というのは、あくまでも、天皇であり、天皇直轄の軍というものが、その遂行を行うということだ。
 大日本帝国憲法には、
「天皇の統帥権」
 というものがある。
 これは、
「天皇は、陸海軍を統帥す」
 という言葉に書かれていることであり、つまりは、
「軍というのは、天皇直轄に存在している」
 というわけだ。
 明治時代からの慣例として、
「天皇は、政治に口出しはしてはいけない」
 ということを言われている。
 実際に、上奏してきた首相に対して、
「お前の言っていることはさっぱりわからん」
 といって、中座し、せっかく上奏してきた首相に、それ以上会おうとしないということをしてしまったことで、首相は責任を感じ、すぐに、内閣が総辞職してしまったということがあったのだ。
 この事件は、満州事変が起こる数年前に起こった、
「張作霖爆殺事件」
 と呼ばれるもので、その事件を聞いた首相が、上奏し、
「関東軍が関わっていないということを確認し、もし関わっているようであれば、即刻、調査して、ご報告します」
 といって、天皇は納得したのだったが、
 それからしばらくして、また首相が上奏した時、天皇に、
「どうなったのか?」
 と聞かれると、
「我が軍は関わっていない」
 というと、何か言い訳めいたことを並べて、天皇を、まるで、
「煙に巻こう」
 としたかのような態度だったことで、天皇もいらだちを覚えたのか、
「お前の言っていることはさっぱりわからん」
 ということになったのだ。
 本来であれば、政府の要人にこのようなことを言ってはいけないと分かっていたのだろうが、我慢できなかったのだろう。
 これが、
「昭和天皇と、田中義一首相」
 とのやり取りだったのだ。
 内閣総辞職になってしまったことを、天皇はかなり憂いていたという。
 だから、その後の御前会議などでも、あまり発言することなく、特に開戦前夜なども、その気持ちを、
「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」
 という、明治天皇の句を読み上げ、自身の気持ちは、
「平和愛好にある。外交努力に邁進せよ」
 と言いたかったのだろう。
 と言われている。
 これも、天皇の、
「ギリギリの考えによるものだった」
 といってもいいだろう。
 だが、不幸にも戦争になってしまった。
 それも、きっと、軍の考えに一理あると思ったからではないだろうか?
 というのも、
「戦争が始まって、まず、初手で大勝利を重ねて、ある程度のところまでいけば、講和条約を持ち掛けて、都合のいいところで戦争を終わらせよう」
 という考えだったのだろうからである。
 戦争というものに限らず、
「問題は、始める時よりも、終わらせる時の方が難しい」
 ということだ。
 戦争に突入することはできても、いかに終わらせるかということが難しいのだ。
 特に、日本は、
「資源の少ない国」
 特に、満州国の建国も、
「人口問題」
 であったではないか。
 それを考えると、日本が戦争に突入したというのは、無謀といえば無謀だったともいえるだろう。
 天皇が、この時、田中内閣総辞職を考えて、政治に口を出したというのは、ある意味。この時の、
「開戦前夜の句を詠んだ」
 という時と、終戦における、
「玉音放送の時だ」
 と言えるだろう。
 それ以降は、天皇は象徴ということなので、口を出すことはしない。
 だが、それはあくまでも、
「政治に対して」
 ということである。
 では、
「226事件の時はどうだったのか?」
 ということを聞く人がいるかも知れないが、これは、あくまでも、
「政治」
 というものではなく。
「陸軍青年将校におけるクーデター事件」
 ということなので、逆に、大元帥として。指示を出すのは当たり前ということだ。
 この時は、天皇も分かっていたのだろう。
「君側の奸」
 と見なした連中を、クーデターで暗殺していくというもので、そのほとんどが、
「昭和天皇の頼りにしている人」
作品名:三つ巴の恐怖症 作家名:森本晃次