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三つ巴の恐怖症

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「ホロコースト」
 と呼ばれる、国家ぐるみでの、
「民族壊滅計画」
 という恐ろしい計画が催されていた。
 そこでは、
「ユダヤ人であったり、政府に対して批判的な人間を送り込んで、虐殺を繰り返していたのだ」
 ということであるが、本当にそれだけのことであろうか。
 旧日本軍、特に、関東軍が進めていたのは、
「民族壊滅計画」
 というものではない。
 なぜなら、日本における、
「満州国」
 というものの存在意義、
 さらには、
「大東亜戦争」
 の先頭意義というのは、一貫して、
「東アジアファースト」
 であったといってもいいだろう。
 満州国の建国理念の中に、
「五族共栄」
 というものがあった。
 これは、
「漢民族、満州民族、モンゴル民族、朝鮮民族、さらには、日本民族」
 という、これらの民族が、
「手に手を折り合って、新しい国、満州をともに、経営していこう」
 というものであった。
 しかも、そこにもう一つの、
「王道楽土」
 というスローガンがあり、
「満州族の国家である、清朝のような、満州人の国家」
 ということでの、帝国主義によって、進められる、
「あくまでも、日本の傀儡ではない」
 ということを言いたかったのだろう。
 しかも、満州国の建国というのには、大きな理由があった。
 それは、
「中華民国による、反日に対しての抵抗」
 というのもあったが、それ以上の問題としては、
「日本という国の、人口問題」
 というのが大きかった。
 当時日本は、凶作と、昭和恐慌によって、大きな打撃を受けていた。それによって、農民などは、
「娘を売らないといけない」
 というところまで追い込まれていて、それによって、人民の不満が大きくなっていたのだ。
 さすがに、実際に、領土が少ない日本ではどうすることもできない。
 そこで、満州鉄道の敷地付近に権益のある日本としては、クーデターを計画し、そこで一気に、満州を占領するという計画を立てたのだ。
 それが、日本における、
「満蒙問題」
 と、
「人口問題」
 を一気に解決するということにつながるのだ。
 満蒙問題とは、
「ソ連の脅威」
 であった。
「今は、ソ連がまだ、国内で混乱が続いているので、まだいいが、そのうちに、朝鮮や満州に食指を延ばして、念願の、不凍港というものを手に入れようとして、南下してくるに違いない」
 ということを防ぐための計画だったのだ。
 それを懸念した関東軍が起こした、
「満州事変」
 ただ、問題は、
「完全に占領してしまう」
 ということになると、
「日本における侵略行為」
 として、世界から攻撃を受けるということは当たり前のことであった。
 さすがに、欧米列強が、そんな日本の事情を知らないわけもなく、この作戦行動というのは、あくまでも、
「日本の自衛行動」
 でなければいけない。
 そのためには、占領し、植民地ということにしてしまうと、欧米列強が行っている植民地計画に、遅まきながら、乗っかるということになるのだ。
 だから、このままでは、欧米列強を刺激するということになるので、それをしないように、日本はそれらの計画を、
「欧米を刺激してはいけない」
 ということで、
「傀儡国家」
 という形にしたのだ。
 だから、
「清朝のラストエンペラーである、愛新覚羅溥儀を擁立し、彼をまずは執政ということで、満州国を建国し、そして、皇帝にすることで、満州帝国という、独立国家を作ったのだ」
 ということだ。
 その満州国の中に存在したのが、この、
「731部隊だ」
 ということである。
 この部隊は、満州国でも、2番目くらいの大都市である、
「ハルビン郊外にあった」
 とされる。
 ここで、本来の存在意義として言われている、
「建前」
 というのは、
「兵士の感染症予防や、そのための衛生的な給水体制の研究を主任務とすると同時に、細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発機関」
 というものであった。
 だが、実際には、
「人体実験や、生物兵器の実戦的使用を行っていたとされる」
 と言われているのだった。
 つまり、彼らの目的は、
「民族壊滅のための虐殺」
 ということではなく、
「あくまでも、戦争に勝利するための、兵器開発のために、人体実験が行われていた」
 ということであり、どちらが、人道に反していたか?
 ということを考えると、
「単純に比較対象できるものではない」
 と言えるだろう。
 だが、あくまでも、ドイツにおいての、国際軍事裁判では、
「A級戦犯」
 ということで、裁かれた。
 しかし、日本でも、
「人道についての罪」
 ということでの
「A級戦犯」
 としては、
「731部隊」
 というものが問題ではなく、
「南京における虐殺事件」
 というものを中心に裁かれたものだった。
 これこそ、
「でっちあげだ」
 という話はある。
 確かに、
「南京事件」
 というものは、存在したことであろう。
 それが、どれほどの影響をもっていたのかということを考えると、
「日本を裁く」
 ということでは大きな意味があっただろう。
 しかし、本当であれば、
「731部隊」
 というものが裁かれるはずなのに、それが、
「連合国側の都合」
 ということで裁くことができないのだ。
 ということになると、やはり、ターゲットは南京事件ということになるだろう。
 そうなると、
「7人の処刑者」
 というのは、どういうことになるのか?
 あの裁判は、
「満州事変にさかのぼって」
 ということで裁かれているのであれば、
「石垣征四郎」
 という人物は、満州事件だけではなく、他でも罪状が明らかだっただけに、しょうがないとしても、
「計画、立案」
 という意味での最高責任者ともいうべき、
「石原莞爾」
 が裁かれなかったのは、おかしいという人もいるだろう。
 だが、これは、戦争犯罪人を裁くということで、一番の問題である、
「戦争を始めた内閣」
 ということで、
「東条内閣の面々」
 が、被告とされ、逮捕されている。
 となると、東条英機と犬猿の仲だったとされる、石原莞爾を裁くのは、
「本末転倒だ」
 ということになるのではないだろうか?
 そう考えれば、石原莞爾が起訴すらされなかったのも、分かる気がする。
 さて、そんな、極東軍事裁判であったが、今でも、その正当性が疑われている。
 というのは、C級戦犯としての、
「平和に対する罪」
 というのが、どういうことなのか?
 ということである。
 これはそもそも、事後に成立したものであり、司法において、そんなことは許されないといってもいいだろう。
 しかも、
「平和に対しての罪」
 ということであれば、戦争をしたのはお互い様であり、それを裁くのが、戦勝国だというのが、理不尽であった。
「では、無差別爆撃を行ったり、原子爆弾を投下し、一発で、数万人という人を虐殺し、大都市を、粉砕してしまうだけの悪魔の兵器を開発し、使用した方には、何の責任もないというのか?」
 ということである。
「こんな理不尽なことが、本当にあってもいいのだろうか?」
 日本は、平和のための、捨て石にされてしまったということになるのだろうか?
作品名:三つ巴の恐怖症 作家名:森本晃次