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ステルスの村

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 と思われていたので、向こうの世界では、
「難しくて、専門分野の学校にでも行った人にしか教えない」
 ということであったが、ここでは、高校レベルで、しかも、
「一般常識の範囲」
 ということで教えていた。
 この村では、高校を出る頃には、大学レベルの教育がなされていると言われてきたのだが、だから、他の土地のように、
「高校生活は、三年」
 ということではない。
 他の土地では、しかも、
「大学受験のために、3年生を、そして、人によっては、2年生から棒に振る」
 と言われている。
 確かに、そうなると、
「高校生活は3年しかないのに、その半分近くは大学受験のために棒に振る」
 というのは、可愛そうだ、
 ということで、ここでは、
「高校を六年」
 として、その間に、一般的な大学の知識を身に着けさせるということをしていた。
 だが、高校を三年で卒業ということも許された。そこから、他の土地への大学受験も自由だったからだ。
 そういう意味でも、少し前まで行っていた、
「鎖国政策」
 のようなものが、まったくの有名無実であるということになるのであろう。
 それをわかっているので、
「この村は、他の村とは、完全に異なるところである」
 と言われるのだが、
「それを自由だ」
 と考えるのかということは、結局、
「その人それぞれの感性」
 なのである。
 それを考えると、
「この村のいう自由というのは、本当に正しいものなのだろうか?」
 ということは誰にも分からないし、分かる必要もないのだ。
 それが、この村にとっては真実であり、事実なのだ。
 事実と真実が絶えず一緒というわけではない、つまりは、
「事実の中にある真実がいかに内容を占めているかということで判断できるのは、その信憑性というだけのことであり、それを証明するにも、事実と真実が近いということを使うしかないのだ」
 ということであった。
 そんな中によって、
「自由というものを、いかに考えるか?」
 ということを考えると、
「この村においての自由が、正義だ」
 と考えているのは、幹部だけかも知れないが、それを洗脳する形になるというのは、幹部たちの、
「仕事」
 ということであろう。
 幹部の仕事というと、それだけではなく、
「まわりの村との隔絶」
 というものも、一緒に考えないといけない。
 さらに、
「血の交わり」
 というものを、この村では、非常に意識をする。
「他の村の人間と結婚」
 というものを許さないわけではないが。そのかわり、結婚すれば、
「村を出なければいけない」
 ということを言われていたのだ。
 それだけ厳しいともいえるが、本人の意思に任されているということで、それほど、厳しいということではないのだ。
 村を出た人のほとんどは、この結婚問題だった。
 それ以外では、
「商売をしよう」
 として、他の土地に行くということは、
「この村のモノを持ち出されてはこまる」
 ということであろう。
 農産物を持ち出されると、農産物の、秘訣を知ることで、十分、商売になあると踏んでいるのだろう。
「村では、それを許さない」
 何といっても、そんなことをすることで、村の治安が乱れるのは分かっていることだった。
 特に商売ということで金が絡んでくると、ロクなことはない。下手をすれば、殺し合いにならないとも限らないと、大げさかも知れないが、考えられているようだった。
 この村は、あくまでも、
「自由な村」
 ということであるが、その自由をはき違えてしまっている人も、時代が進めば、少しずつでも出てくるということになるだろう。
 それを考えると、
「村というものがどういうものなのか?」
 ということ、そして、その中での治安を、どうやって守るかということの問題が、大きく立ちふさがってくるものだといえるだろう。
 この村においての、自由というのは、
「事実と真実というものを、なるべく、同じ部分を多くする」
 ということに終始するといえるのではないだろうあ?
 そのことを考えると。
「この村の正義は、どこにあるのだろう?」
 と考え、
「正義が、真実、事実というものに、いかに重なってくるかということが、この村の存在意義といってもいいのではないか?」
 という、大げさなことを考えるに至るのだった。

                 戻ってくる行方不明者

「この村で、行方不明になった人が戻ってくる」
 ということを、この村では、さほど大きなことだとは思っていなかったが、近隣の村の人は、
「何か、気持ち悪い」
 という発想になっていた。
 しかし、それ以上に近隣ではない市町村の方が、この村に興味をもったようだ。
 しかも、それは、
「霊界スポット的」
 な発想であり、言い方は悪いが、
「興味本位でしかない」
 ということなのだ。
 少し前に流行った、
「パワースポット」
 と似ているところがあるのだが、そのスポットというのは、
「半分、その霊界スポットとは、背中合わせ」
 ともいわれていた。
 確かに妖怪が出たり、幽霊のウワサもあるが、それは、あくまでも、ウワサであり、逆に、
「パワースポットだ」
 と言われれば、妖怪が出たとしても、
「そこはパワースポットとして、言われるようになる」
 というのが、この村だったのだ。
 そんな中で、この村において、最近、いろいろなところから観光に来る連中が結構いたりする、それを、
「何とかしないといけない」
 ということを、村でも真剣に対策を考えようとしていた。
 時々会議を開いて、その対策本部のようなものが立ち上がっていたのだ。
 まさか、村を閉鎖するわけにもいかない。
 しかも、
「もし、やったとしても、効果はないかもですよ」
 という人がいた。
「どうしてですか?」
 と議長が聞くと、
「今の時代の若者を、いや、若者だけではなく、いい歳の大人でさえも、ネットのSNSというものに掛かると、とんでもないことをやらかしてしまうことが多い」
 という。
「例えば、映像がバズるとか言って、何か悪いこと、スピード違反などをわざと警察の前でやらかして、警察に追われているところを他の人が動画に納めて、それをネットで公開したりしているんですよ」
 という。
 それを聞いて、
「それの何が楽しいというのですか?」
 と、どうやらこの議長には、ネットというものを、よくわかっていないようだ。
 この人は、あくまでも、
「法律や規範が絶対であり、その中で合法的に行うのが、最低限のルールだと思っているのだ」
 そう、これは当たり前のことなのだが、他の人は、その当たり前のことが分かっていない。
 だから、こんなおかしなことをしたとしても、それは、本当は
「犯罪だ」
 ということで、誰もが、犯罪者を見るような感覚になるだろうと思うのだろうが、実際には。
「楽しければそれでいい」
 ということであり、それがどういうことなのかというと、
「どうせ、他人事だ」
 ということなのである。
 警察が捕まえようが、犯人が逃げせようが、自分たちに関係ない。
「楽しければそれでいい」
 というだけのことなのである。
 それを思うと、
「なんと理不尽な世界なんだ」
作品名:ステルスの村 作家名:森本晃次