後味の悪い事件(別事件)
そんな先端恐怖症の娘が、殺された。
そこにちょうど佇んでいたのは、かずみと、清川だった。
清川は、この店に来て、かすみのことを気にしていたようだった。そのことは、かすみはもちろん、娘も知っていたのだ。
娘も、そんな状況を見て、
「二人を応援しよう」
と言っていたようだ、
そんな娘が殺されて、そこに二人で佇んでいる男女。その状況を発見したのは、娘の父親でもあマスターだった。
とりあえず警察に通報した。
娘の方は、見る限り、明らかに死んでいるのが分かっていた。娘を揺さぶっても、まったく返事がないし、完全に硬く、そして冷たくなっていたのだ。
「お前たちどうしてここに?」
その場所は、店の厨房に入ったところで、娘は胸を刺されて絶命していたのだった。
警察がやってきて、状況を見る限りでは、
「何か言い争いでもしていたのか、誰かが殺意を抱いて、ナイフを取りに行ったのかな?」
ということを考えたが、その動機とすれば、やはり考えられるのは、
「三角関係ではないか?」
ということであった。
ただ、この三人の三角関係というのは、ちょっと考えにくいところもあった。
被害者である娘は、別に、清川のことを、好きだったということもないようだ。
彼女が誰にも、
「清川のことを好きだ」
といっているわけでもないし、清川の方も、
「この店の客の一人であることには違いないが、誰か女の子を目的で来ているわけでもない」
ということだった。
ただ、
「かすみちゃんって。いつも明るくて、気持ちがいいよ」
と声を掛けると、かすみが、必要以上な喜び方をしただけに、
「清川が好きだったのかどうかまでは分からないが、彼女のことを気に入っていたのは、間違いないだろうな」
といっていた。
「俺は、天真爛漫な子が好きなんだ。明るくない女の子と一緒にいるというのは、俺にとっては地獄でしかないからな」
といって、その目が、娘の方を向いていたのを、誰か気づいた人がいただろうか?
嫌いというわけではないが、何か引っかかるところがあるようだった。
「虫が好かないというのは、こういうことなのかも知れないな」
と、言っていた。
かずみにとって、どうやら、普段から友達がいないことで、
「やっとできた友達だ」
ということを、まわりにも言っていたようだ。
それが、どうもしつこい感じがしたので、娘の方も少し気にはなっていたが、元々が天真爛漫で、どこか、天然っぽいところがあるかすみとでは、
「これが普通なんだ」
と思うと、娘の方も、
「それほど嫌だ」
という感じでもなく、お互いに、次第に仲良さをひけらかすようになっていた。
最近は、娘の方が大っぴらに、かずみを褒めるようになり、
「この間までの彼女とは大違いだ」
と思っているところに、
「逆に、最近では、かすみの天真爛漫さというものが、あまり目立たなくなってきたな」
とばかりに、本来であれば、
「ホッとしてしかるべき」
ともいうべき娘は、
「大丈夫かしら? かすみさん:
と真剣に心配しているようだった。
普段から天真爛漫なので、落ち込んだ時が分からない、だから、
「今の私が分かる範囲の天真爛漫さが、彼女の性格だといってもいいだろう」
ということであった。
殺された人間を目の前にして、二人の男女が佇んでいた。
手に包丁を握っていたのは、男の方であり、その包丁には、握っていた本人はもちろん、隣にいたかすみの指紋もついていた。
さらにおかしなことに、柄の部分に被害者の指紋もついていたのだ。
この状況を考えれば、
「最初にナイフを握ったのは、殺された娘ではなかったのか?
娘であれば、厨房のどこにナイフがあるのか知っていても不思議ではない。そこでマスターに、
「アルバイトの新宮かすみさんが、厨房に入るということはありますか?」
と訊ねてみると、
「いいえ、それはないと思います」
と答えた。
「じゃあ、ナイフがある場所を知っている可能性は?」
と聞かれ、
「いいえ、それもないと思います。何しろ、厨房に入るには、それなりの衛生面でキチンとしておかないと入れないようになっていますからね」
というではないか。
「じゃあ、店が終わった後に、入るというようなことは?」
と聞くと、
「それもないと思います。彼女はあくまでもアルバイト、時間から時間で、しかも、彼女の場合はいつもすぐに店を出て帰っていたので、ここに入るということはありえません」
というくらいに言い切っていたのだ。
その前に、そもそも、凶器に使われたナイフが、この店のものであることは、確認済みであった。そのうえで、あのナイフが凶器に、しかも、愛娘を殺す凶器になったのだから、父親としてのマスターも、精神的には大きかったであろう。
しかし、あの状態にはさすがに、刑事だけでなく、マスターも驚いていた。しばらく、立ちすくんでいる二人の男女を見ていて、変な気分になったことであろう。
刑事は、マスターにいろいろ聞いてみたが、まず、かすみのことであった。
「新宮さんは、いつも明るくて、天真爛漫なところがありました。時々、天然なんじゃないか? と思うほどに、明るさの絶えない子で、私どもも、いい子が来てくれたということで喜んでいたんです。娘と二人、看板娘が二人できたようで、喜んでいました。娘は特に喜んでいたように思います」
それはどうしてですか?
「娘はいろいろコンプレックスを持っていたことで、引きこもり気味だったんです。新宮さんは、持ち前のあの明るい性格が、娘に勇気を与えてくれたようで、娘も次第に明るくなってきたので、そういう意味でも新宮さんには、感謝をしていたんですよ。よく二人で、ショッピングに行くといって出かけていました。表で食事をすることも増えてきて、私は安心していました」
と、マスターは、あの状況を見ても、かすみに対して、今のところ、恨み言一つ言わなかった。
マスターからは、そのような話を聞いた中で、今度は、二人の取り調べとなった。
二人は、それぞれに、
「自分たちはやっていない」
と言い張った。
さすがに、殺された人間のそばに佇んでいたのだから、状況は二人にとって、圧倒的に不利だった。
しかも、清川の方は、凶器を握って立ち尽くしていたので、一番の、最重要容疑者であった。
しかし、だとすれば、後の二人の指紋がついているのは不思議だった。
そして、調べが続いていくうちに、
「被害者の娘さんは、先端恐怖症だ」
ということが分かった。
父親のマスターがまったく知らないということだったので、ごく最近のことであり、
「何か精神的に、先端恐怖症になる」
というような、何かが彼女の中にあったのかも知れない。
それを考えると、
「少なくとも、殺された娘がナイフを持ち出すということはない」
と言えるだろう。
「では、あのナイフはどうしたのだろう?」
何かそこに事件の謎の一旦が隠されているのではないか?
と考えるのであった。
娘が先端恐怖症になった理由。それを実は誰も知らなかった。彼女の友達や親友、さらには、親も知らなかったのだ。
作品名:後味の悪い事件(別事件) 作家名:森本晃次