後味の悪い事件(別事件)
「今までの昭和時代にあったような、落ち着いたたたずまいの喫茶店が、残っていてもよかったのではないか?」
と言えるだろう。
店の入り口に観葉植物が飾っていたり、入った瞬間、サイホンで作る。コーヒーの香りが漂ってくるようなお店の佇まいに、感動を覚えるのを思い出してしまいそうになるのだった。
「木造の建て方が懐かしい」
というものである。
そんな喫茶店が、明らかに最近減ってきたのだが、実際にまだあるのを見つけると、実に嬉しいものだ、
それまでは、喫茶店というと、カフェばかりになってしまったことが悲しいばかりでで、一番悲しいと感じたのは、
「昔のオーニングサービス」
というものを食べられなくなったことだ。
ということであった。
今のモーニングサービスは、その形に似せてはいるが、何か物足りない。
それが何かと考えていると、それは、
「タマゴ料理」
であった。
今のタマゴ料理というと、ほとんどが、スクランブルエッグか、ゆで卵が主流で、目玉焼きのようなものがない。
よく考えてみれば、それも当たり前のことで、スクランブルエッグにしても、ゆで卵にしても、
「どこか、工場で作ってきて、それを配送し、冷凍しているものを出しているだけではないか?」
と考えたからだ。
もちろん、勝手な想像なので、分からないが、少なくとも、タマゴの焼けたりする、甘い匂いがしてこないではないか。
そう、
「モーニングサービスの愉しみ」
というのは、このタマゴが焼ける匂いが、空腹を揺さぶるというのが、楽しみなのではないか?
さらに、店内に漂っている、コーヒーの香ばしい香りがしてこない。それが、まったく楽しみにつながらないのだ。
だから、
「昔懐かしの昭和の喫茶店がよかった」
ということになるのだ。
そういえば、昔のことであったが、人に聞いた話として、九州ラーメン。つまり、とんこつ味というのが、全国に広まる前のことであったが、その人は、元々吸収の人で、博多ラーメンを懐かしいと思って食べてみたのだという。
すると、どうにも、味がいまいちだったという。
「確かにおいしいんだけどな」
と思いながら、
「何かが物足りない」
という気持ちでいると、店主がそれを察したのか、
「どうしても、本場の味が出せないんですよね?」
というではないか、
「どうしてんですか?」
と聞くと、
「匂いが出せないんですよ。本場であれば、あの臭いが、ラーメンの味ということで、大っぴらに出せるんですが、他の土地では、まだまだ認知されていないので、近くにブティックなどの店があると、臭いを出されると困るというようなクレームが来たくらいなんですよ。だから、味の命と言ってもいいくらいの臭いが出せない。これは、九州ラーメンにとっては命取りですからね」
と言ったというのだ。
しかし、
「でもですね。まだ認知されていないというのが幸いしてか、皆さん物珍しいということで、食べに来てくださる方は、一定数いるんですよ。でも私としては、これを本場の味だと思われるのは、実に寂しい限りで、自分の中で、本場の味を出せないことに、ジレンマを感じているのも確かなんですよ」
というのだった。
その時の聴いた話を思い出していた。
昔懐かしの、昭和の喫茶店と、今のカフェとの一番の違いは、
「あの香ばしい匂いを出すことができない」
ということであった。
「カフェもそれなりのコーヒーの香りがしてくることもあったが、そもそも、コーヒーの質が違うのか、食欲を誘うあの匂いがしてくるわけではないんだよな」
と感じるものだった。
「ただ、今カフェというと、昔とは利用方法も違うだろう」
と感じる、
昔の喫茶店にはなかったが、今のカフェにあるというもの、そして、そっちの方が今は需要が高いというもの、それが、
「テイクアウト」
というものだった、
昔の喫茶店というと、基本的には、その場で出して、お店で食べていくのが、当たり前のことだった。
そもそも、テイクアウトができる喫茶店など、聴いたこともなかった。
なぜなら、お店は店長を中心に従業員が、その場で調理し、出しているものだったからである。
その場で作るから、匂いがしてくるものであり、
「味を追求していた」
と言ってもいいだろう。
しかし、今のカフェというと、テイクアウトを前提にして考えられている。
だから、店で飲んでいくコーヒーも、最初から、テイクアウトと同じような、紙コップだったりするではないか。
さらに、お持ち帰りということで、おいしいスイーツが、ショーケースに並んでいる。
それが、若い常連客にとっては有難いものであり、昔の喫茶店にはないものだったのだろう。
それに、今の朝の客は、
「店内でゆっくりというよりも、会社に持って行って、会社で食べるという人も多くなっている。特に、OLは、そういう人が多い」
ということであった。
今は、ほとんどこちらになったので、昔の喫茶店を知らない人がほとんどで、知っている人からすれば、
「可愛そう」
という感情になるのではないだろうか?
実際に、ほとんどがカフェになってしまっていて、昔の喫茶店というと、まず見かけることすらなくなってきた。
天真爛漫
だが、それでも、実際に経営している人はいるようだった。
その場所は、昭和の終わり頃、住宅街としてできたあたりにあるお店で、バブルの頃にできた住宅街ということで、そこに住んでいる人は、どこかの会社の社長とかいう人が多かった。
バブル崩壊という事態が起こった時、破産したり、吸収合併されたりした会社も多く、ここから退居していった人の多かったようだが、それでも、何とか営業もできているようで、何とか、住宅街としての面目は保っていた。
その街はずれにあるのが、この喫茶店で、意外と、このあたりのマダムからは、人気があり、特に午後になると、マダムというか、セレブの奥様達が、やってくるのが、日課のようになっているという。
ここで、昔からサブカルチャーのようなことをやっていて、それが今でも続いているという。
マスターも、昔から営業していて、今では、マスターの娘が、
「看板娘」
として、お店の人気者になっていた。
彼女は、男性客からはもちろん、女性客、特に、
「セレブな奥さんたち」
から人気があるようだった。
その理由としては、何といっても、その明るさであった。
たまに、トンチンカンなことを言って笑わせるところがあり、それが、ウケているようだった。
男性客というと、朝のモーニングを食べていく人が多かった。その人たちは、ここの喫茶店の位置しているところが、昔からの商店街の並びの奥にあることから、商店街の店主をしている人が多いのだという。
ほとんどの人が、親から受け継いだ店だというが、バブル崩壊であったり、それよりも、「郊外型商業施設」
といわれる、
「大型スーパー」
の出店が多くなってきた時の方が、打撃だった。
しかし、何とか持ちこたえたのは、
「近くの家庭が、セレブが多かった」
ということである。
作品名:後味の悪い事件(別事件) 作家名:森本晃次