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生きてはいけない存在

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「はい、あの人は、一人でスルスルと踏切の方に向かっているようでした。老人が、間違って入り込んだという感じでした」
 というので、刑事は、
「おかしいな、被害者はそんなに年には見えないんだが」
 と言いながら、被害者の方を振り返った。
 様子を見ていると、救急車の方に、誰も被害者を載せようとはしていない。それを見ると、
「ああ、即死だったんだ」
 と状況から考えても、
「助かっているわけはない」
 と思える。
「ああ、助からなかったんですね?」
 と竹下巡査が聞くと、
「ああ、即死のようだな」
 と刑事が答えた。
 竹下巡査はそれを聞いた時、
「苦しみながらの死ということではないんだから、ある意味、まだよかったのかも知れないな」
 と思った。
 ただ気になったのが、フラフラと踏切に入っていったのを見た時、一瞬、
「自殺ではないか?」
 と思ったが、いきなりフラフラ線路に入るというのは、やはり、そこかおかしな雰囲気ではないだろうか?
 まさか、酒に酔っていたという印象はないし、白い服装は、ワンピースのようだったので、
「女性ではないか?」
 と感じた。
「踏切に向かって、一人でフラフラ歩いていた」
 ということなのだろうか?
 真昼間から、女性が酒に酔って、フラフラ歩いているというのもおかしい。もし、そんな様子が見えたのであれば、大橋も竹下の、両巡査のどちらも気付かなかったというのであれば、それは問題である。
 そもそも、もし他に気付いた人がいれば、こちらに、
「おまわりさん」
 と大きな声を掛けるくらいがあっても不思議はない。
 ただ、一つ言えば、もし。大きな声を出して、本来救わなければいけない相手を脅かしてしまい、逃げようとする一心から、踏切に飛び込むということだってないとは限らない。
 それはまるで、ネコが人に驚いて、道に飛び出して。急に車が走ってきたのをよけきれず、轢かれてしまったようなものではないか。
 この場合は、運転手からすれば、
「いきなりネコが解ひだしてきた」
 ということになるだろう。
 いくら相手が猫だからと言え、
「轢いてもかまわない」
 などと思う人はいないだろう。
 車が傷つくかも知れないし、汚れるくらいはあるかも知れない。
 しかも、そのまま車で撥ねてしまうと、車が安定感を失い、対向車に突っ込んでしまったり、もっとひどい時には横転してしまい、車数台を巻き込む大事故になりかねないし、そうなってしまうと、数人の犠牲はが出るという大惨事になりかねないだろう。
「猫が飛び出してくる」
 というのは、そういう大事故を引き起こす場合も十分に秘めているわけであり、どうしようもなくなってしまうだろう。
 そういう意味でも、道路や交差点において、車などの凶器となりえるものが近くにある場合は、うまくやらないと、大惨事を引き起こしてしまいかねない。
 それを考えると、
「事故につながりそうな大きな声は、よほどの場合ではないと出してはいけない」
 ということになる。
 この時も、何やら耳鳴りのようなものを、竹下巡査は感じていたので、踏切に入ろうとするところまでは気づかなかったが、踏切に入ってしまうと、その先が想像できただけに、本当は助けに入らなければいけない状況であったが、正直。
「もうどうにもならない」
 と思ってしまったことで、まわりを意識する暇すらなかった。
 確かに、見た瞬間は、完全に空気が凍り付いてしまったようで、一瞬。
「この間にどうにかできる」
 と思ったのだが、それは、まるで子供の発想で、
「もし、本当に時間が凍り付いてしまったのであれば、その凍り付いた状況は自分だって同じではないか?」
 ということが分かるはずである。
 いかに自分が、
「都合よく考えているのか?」
 ということが分かっているかのようであり、その様子を思わず、気にしていないかのようであった。
 そうなると、後は他力本願であるが、他力本願しようにも、まわりの空気が凍ってしまっていた。
 誰も助けることのできない状況で、頭の中では、
「この状況が、どこまで続いているのだろうか?」
 という、その時は関係のない発想をしたのだったが、よくよく考えてみると、
「電車が来ることさえ止められれば、何とかなるのでは?」
 とも思った。
 下手に、線路に入った人を助けようものなら、自分もろとも、一緒に轢かれてしまうことになり、二人とも死んでしまうというのは、実にうまく行かないということになってしまうのだった。

                 理不尽な世界

 この時点では、事件か事故か分からず、とりあえず、どちらからも、捜査を行うことになった。
 もちろん、現場では隅々まで目撃者を探したり、当然のことながら、二人の警官の話も聞かれたりした。
 二人の警官は、見たまますべてを話したが、二人はそれぞれ見ていたものが違ったのも、無理もないことだった。
 運転手であった大橋巡査とすれば、ほとんどその状況を把握はしていなかった。逆に竹下巡査の方が、事件現場を見ていたので、主観、客観合わせて、いろいろ感じていたようだ。
「客観的な話をしないと、主観から入ってしまうと、先入観がすべてになってしまって、誤った目で見てしまうことになる」
 というのが、竹下巡査の見方であった。
 だから、
「冷静な目で見るには、客観的に見るしかない」
 という思いが強かったのだが、そう思うようになると、却って、その時には感じなかったことを感じていたのではないかと思い、それが、事実なのか、自分でも分からないとして、言おうか言うまいか悩んでいた。
 しかし、見た目での記憶であることは間違いないので、逆に、辻褄が合っていないようなことであれば、
「それはおかしいんじゃないか?」
 と刑事の方が分かるだろう。
 こちらも警官なので、どうしても、自分で見た以上の状況を、
「膨らませて見ている」
 ということも、考えられるということを理解しているのではないだろうか。
 今回、二人を尋問したのは、K警察刑事課の、吉塚啓二という人だった。
 大橋巡査は、初であったが、竹下巡査は、何度か会ったことがあったので、吉塚刑事のことは知っていた。
 竹下巡査が感じる吉塚刑事の印象は、
「実直なところがあり、生真面目な性格で、ただ、猪突猛進なところがある、性格的には竹を割ったようなところがあるが、その分、融通の利かないところがたまに傷」
 というところがあると感じていた。
 もちろん、
「勧善懲悪なところが強く、それが、どこか、大橋巡査とかぶって見えるところがあり、竹下巡査にとっては、吉塚刑事は、まだまだ若いところが、大橋巡査と似ていて、その勧善懲悪の強さが安心できるところでもあるが、怖いところでもあった」
 というのだ。
「下手に事件にのめりこみすぎて、自分を見失ってしまうと、下手に恨みを買ったり、相手の感情が分からなかったりと、自分のマイナス部分が大きく見えてくるのではないだろうか?」
 とも感じていた。
 今日は、今回の踏切事故は、時間的にも、電車をストップさせて捜査を行っていることで、
「今日中にダイヤの乱れが解消される」
 ということはないだろう。
作品名:生きてはいけない存在 作家名:森本晃次