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生きてはいけない存在

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 助手席でシートベルトを締めて乗っていると、次第に、身体が横着な座り方になるのも無理もないことで、扉を開ける時に使う取っ手のようなところに肘を置いて、そのまま、
「頬杖をついていた」
 のであった。
 上司がこんなところを見れば、注意されるくらいであろう。
 しかし、
「こうも毎日、何も変わらない毎日は疲れる」
 と思っていた。
 とはいえ、
「何か事件でも起きてほしい」
 などと思っているわけではない。
 そんなバカなことを思うほど、
「俺は情けないわけではないのだ」
 と、自分でも感じていた。
 その時、
「あっ」
 と思わず、竹下巡査が叫んだ。
「えっ」
 とそれを聞いて大橋巡査もビックリして、少し遅れる形で叫んだのだが、大橋巡査には、何が何だか分からなかった。
 普段から、あまり何にも感じることのない、言い方を変えると、
「もの動じしない」
 というタイプで、どっしりしているように見えた竹下巡査が、
「そんな奇声を上げるなんて」
 という感じの声を出したのだから、大橋巡査の驚きは、きっと反射的なものだったことだろう。
 その日も相変わらず、このあたりは静寂につつまれた場所で、聞こえてくるとすれば、遮断機の警報音くらいであろう。
 しかも、ここの警報音は、他のところと違って、少し甲高い音が聞こえている。それは、普通のかん高さではなく、その大きさから、
「今日は空気が乾燥しているんだな」
 と思わせるほどであった。
「空気の乾燥に合わせるかのように、まわりを見ていると、特に最近は、黄砂なのか、それとも、某国からの異様な空気なのか、全体的に、まわりの空気が黄色く見えてくるから、その分、身体のダルさが増してくるのだろう」
 と感じるのだった。
 今年の空気は特に、ひどいようで、特に最近は、某国から発生した、
「世界的なパンデミック」
 に始まっているので、少々のことでは、某国から何かがあっても、
「今までのように驚かなくなってしまった」
 といってもいいだろう。
 それだけ、感覚がマヒしてしまっているということになるのではないだろうか?
 そんな空気を、何も考えずに、ボーっと、当たりを見渡していた竹下巡査だったが、
「何も、警察官としての任務としてあたりを見渡していたわけではない」
 と思いながら眺めていると、却って、普段気づかない違和感を感じていたのだ。
「何か嫌な予感めいたものがある」
 と感じた。
 それがどこからくるものなのか、竹下巡査にも分からなかったが、一緒にいた大橋巡査は、竹下巡査が、
「普段と違っている」
 ということは分かっているつもりだった。
「竹下巡査はどうしちゃったんだろう?」
 と、こんな様子を見るのが初めてであれば、気にかかるのだろうが、普段から時々違和感のようなものを感じているということに気付いていただけに、大橋巡査も、
「いつものことか」
 と思っていただけに、余計に、竹下巡査の
「奇声」
 というものには驚かされたのだった。
「違和感を感じる」
 ということが分かっていて、その人が奇声をあげたのだから、何か本当にまずいものを見つけたということを感じたのだった。
 それは間違いのないことで、次の瞬間の、竹下巡査の表情は、
「これまでに見たことがないほどの驚愕さ」
 だと感じたのだった。
「どうしたんですか?」
 と、大橋巡査が声を掛けると、竹下巡査は、震えながら、踏切から少し入った線路の方を指さしていた。
 その手は明らかに震えていて、
「大丈夫ですか?」
 と声を掛け、その指の先を見詰めていると、今度は、大橋巡査の方が、
「あっ」
 といって、ビックリする番だった。
「急いで助けないと」
 と、大橋巡査が、シートベルトを離すやいなや、今にもパトカーから飛び出しそうになっている。
 さすがに、若いからなのか、それとも、彼の運土神経が抜群だからなのか、その行動に一切の無駄はなかった。
 しかし、悲しいかな。
「もう間に合わない」
 ということは、誰の目から見ても明らかだった。
 もちろん、急いで車を飛び出した大橋巡査が一番分かっていることだろう。
 しかし、
「そうしなければ気が済まない」
 ということなのか、彼の中にある、
「勧善懲悪」
 のような、正義感なのか、分からないが、車を飛び出した瞬間、
「もうダメだ」
 ということが完全に分かったのだろう。
 大橋巡査は行動をやえたのだった。
 その根拠となるものが、こちらからは、踏切横に建っているマンションでその姿は見えないが、迫ってきているであろう電車の警笛が鳴り響いたからである。
 それは、遮断機の警報音など簡単に蹴散らせるほどで、明らかに、電車は近づいてきていた。
 そして、目視したところで、線路上にある何かに驚き、警笛を鳴らしたのだろう。
 もちろん、そこで急ブレーキをかけたのは間違いのないことで、
「キー」
 という耳を塞ぎたくなるような嫌な音が響いたのだが、時すでに遅しということか、列車は、その侵入している、
「障害物」
 を、
「轢いてしまったのだった」
 その瞬間、恐ろしい静寂の時間が流れた。
 一瞬だったはずなのに、
「いつまでも、この静寂が続きそうに感じる」
 というほどの状態は、当たりの空気を金縛りの状態にしているかのようだった。
 実際に、少しの間誰も車から出てこようとはしない。そもそも、何とかしようとパトカーを飛び出し、途中であきらめた大橋巡査も、凍り付いたように、身動き一つできなかったのだ。
「あたりの空気が凍り付いたようだ」
 という状態になり、
「誰もが動けなくなる」
 ということを聞いたことがあったが、まさに今日、この時が、そういう時だったのである。
 凍り付いた空気は、熱くも冷たくもあるだろう。
 暑い時期には、熱風として風が吹いてくるようで、寒い時期には、冷たさの風が吹いてくる。
 余談であるが、
「暑い」
 という体感に対し、
「熱い」
 という状況の言葉があるように、
「寒い」
 という体感には、
「冷たい」
 という状況をあらわす言葉がある。
 つまり、体感には、状況をあらわす言葉として、それぞれに存在しているということだろう。
 当たり前のことではあるのだろうが。改めて感じるのは、きっと、今回のような、
「時間が凍り付いたような世界」
 というものを感じた時だといってもいいだろう。
 そんな状況に陥ったのを見た時、
「これが、空気が固まった」
 あるいは、
「時間が固まった」
 という時を、自分で味わっているということなのだろう。
 そんな状態を感じていると、問題は、
「最初に誰が動くか?」
 ということである。
 当然、警察が動くのは当たり前であるが、もし、ここに警察がいなかったとすれば、そして、
「もし自分が、この場に居合わせたとすれば」
 と思うと、自分から率先して動くことができるだろうか?
 ということを、こういう場面に居合わせた時に感じるものなのだろう。
「俺が、一般市民だったら、しないだろうな」
 と、最初に感じるのは、やはり大橋だろう。
 彼はそれだけまだ経験もなく、若いということだ。
作品名:生きてはいけない存在 作家名:森本晃次