生きてはいけない存在
そんなことは大橋巡査も分かっているが、さすがに、轢死隊というのは、想像していたよりも、壮絶なもので、身体の部分、特に顔の部分は、
「あるべきところに顔の部分がなくなってしまっている」
ということであった。
それでも、顔を確認することはできた。明らかに。そこで横たわって死んでいるのは、自分が知っている、
「横山惟子」
その人であった。
顔をそむけたその時、大橋巡査は、思い出したように、
「確か、犬飼さんは、身体が悪くて、一人では出歩いてはいけないはずだったんだけど、一人だったということなんでしょうか?」
と大橋刑事がいうと、横で聞いていた竹下巡査が、
「いやいや、一人だったよ、確かに言われてみれば、線路の方に向かって、彷徨っているかのように入っていったんだよな、泊めようと思って飛び出そうとしたんだけど、もう遅かったということでした」
と説明をした。
それを聞いて、吉塚刑事は、初動捜査に来ている捜査員に、
「おい、誰か、ここに他にいたかどうかということは確認できるか?」
と言われたので、
「防犯カメラを確認してきましょう」
といって、まずは、鉄道会社に、事件捜査の協力のため、鉄道会社の本部に赴き、防犯カメラの映像を借りてくるよう、出かけていった。
「防犯カメラ」
というのは、今では、至る所にあるので、
「こういう時も、どこかにあるはずだ」
ということで、
「すぐに誰かがいたかどうかが分かるだろう」
ということで、そのあたりを気にすることは吉塚刑事には、なかったのだった。
犯罪捜査というものを、いかに探ればいいのか、巡査でも、少しくらいは、立ち合っているので、まったく知らない、大橋巡査よりも、想定できる範囲だということになるのであろう。
犬飼佐和子を探すのに、そんなに時間はかからないと思っていた警察だったが、意外とその存在が見つからない。
犬飼佐和子は、民間の介護施設から派遣された人で、女性ではあったが。ベテラン介護士として、男性にも負けないだけの働きをしていたということだった。
介護士施設でも、
「犬飼さんは、今までも、介護をしていた患者さんからも人気があったんですけどね」
といっていたので、警察も、それ以上、捜査はしなかった。
だが、行方不明になったという意識は、介護施設にはなかった。
「体調が悪いので休みます」
という報告もちゃんと入れていたので、いまさら疑う余地もなかったということであった。
「今までにも、時々休まれることがあったんですか?」
と聞いてみると、
「ええ、これは、彼女だけではなく、こういう仕事をしていると、体力的にも精神的にもきついですからね。定期的に休んでくれて、リフレッシュしてくれた方が、こちらもありがたいと思っているんですよ」
ということであった。
だから、介護施設で、彼女が普通に休暇を取っていると思っている以上、誰も何も感じないのだろう。
同僚にも聞いてみたが、皆答えは似たり寄ったりで、悪口をいう人は一人もいなかったが、褒める人も誰もいない。
「それだけ、彼女は誰からも気にされていないということかな?」
と思われた。
そう思って、施設を見てみると、ほとんどのスタッフに表情がないのが見て取れた。
「これが、一つの職場なんだろうか?」
と感じられた。
もう少し活気があってもいい気がするのだが、様子だけを見ていると、
「ただ、仕事をしに来ているだけだ」
という、味気無さのようなものが感じられたのだった。
事務所のホワイトボードには、スタッフの行動予定が書かれていて、なるほど、犬飼佐和子の場合は、ちょうどあの事故の日から、横棒が引かれていたのだ。
「ん? ということは、その日、犬飼佐和子は、休みだったのかな?」
と思った。
それを事務長に聞いてみると、
「ええ、そうですね、あの日は、お休みのはずです」
という。
「あの日?」
という言葉に刑事は違和感を感じた、
その日というのは、昨日のことだったはずだ。
昨日は、防犯カメラ、あるいは、近所の聞き込みに忙しく、今日からは、被害者の人間関係と、介護施設の聞きこみを行っていたのだが、今のところ、
「事故なのか、事件なのか?」
ということを決めかねているところであった。
行方不明
昨日の防犯カメラからは、新しい情報が出てくるわけではなかった。
ちょうど、彼女が踏切に入ったあたりは、死角になっているようで、踏切に入った様子がハッキリと見て取れるわけではなかった。
鉄道会社に確認すると、
「さすがに踏切からあれだけ離れたところを映す防犯カメラのようなものをたくさん設置はしていませんからね、どうしても、死角はできてしまいます」
ということであった。
「これじゃあ、防犯カメラの意味はないじゃないか」
ということを考えているようだったが、それも、仕方のないことだとしか思えない。
実際に、防犯カメラからは、新しい事実が出てこなかったのは仕方がないとして、後は目撃者ということだが、
その目撃者というのも、正直出てくるわけではなかった。
実際にあの時間というと、家にいる人も、昼食を終えて、テレビを見たり、ゲームをしたりという、
「まったりタイム」
の人が多いということであった。
表が騒がしいということで、人が出てきたというのがやっとで、ということは、
「事故現場を見ていた人は誰もいない」
ということだった。
さらに、あの時踏切待ちをしていた車も、営業車が多く、一台に運転手が一人乗っているだけという車が多く、そのため、皆、踏切に注目していたようだ。
電車が来るかどうかは、マンションで見えないので、静かに電車がやってくる感覚を研ぎ澄ませるようにしていたので、他を見るという精神的余裕はなかったのだった。
ということは、実際に線路に入ったのを見ていたのは、竹下巡査だけだということになる。
そうなると、警察としても、その証言だけを元に捜査するしかないのだが、いくら、田舎道で、人通りも車通りも少ないところで、時間帯として、目撃者がほとんどいないとはいうのも、おかしな話だった。
もし、これが事件だとして、犯人がそれを狙っていたというのは、あまりにも都合がいいことであろうか?
ただ、それは、あくまでも、竹下巡査の供述をまともに信じればのことである。
しかし、ここまで他の人の証言が得られなければ、
「竹下巡査の勘違い」
ということだってありえるだろう。
いくら、巡査歴が長く、警察としての同僚の証言なので、
「信じてあげたい」
というのは、当たり前のことである。
そのことを考えると、
「やっぱり、警察は警察を信じてしまうというのは、昔からあることなのに、どうして、縄張り意識のようなライバル心が出たりするんだろ?」
と感じるのだ。
むしろ、
「縄張り意識が強い中で、どうして、警察が警察を信じることの方が、おかしな気もするのだった」
と言えるだろう。
そうなると、
「警察は、人間を信じる」
というよりも、
「警察の人間が警察を信じない」
作品名:生きてはいけない存在 作家名:森本晃次