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表裏の「違法性阻却」

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 というのは、この話が出てくる、昔の探偵小説があり、その作家を、同僚は、
「陶酔している」
 といってもいいかも知れない。
 その作家の小説に、サスペンスタッチの作品があり、その作品では、最初に、この緊急避難の話が出てくるのだった。
 もちろん、同僚も読んでいないわけはないだろう。その証拠に、同僚は、この話のことを、このプロローグ部分ではなかったが、話をしていたのを、ハッキリと覚えている。
 だから、
「あの話は読んでいない」
 というと、明らかにウソになる。
 ということは、
「忘れてしまっていたんだ」
 ということになるだろうということは分かり切っていることであった。
 だから、ここで敢えて、その小説の話を思い出したかのように話すのは、少し考えどころであったが、串木野は、思い切って話してみることにした。
「何もそんなに、気にすることもないのかも知れない」
 ということだったのだ。
「今の緊急避難の話だが」
 と、言って少し言葉を切り、同僚を見た。
 すると、同僚は、別に顔色を変えることもなく聞いていたので、
「別に意識することもないか」
 ということで、
「それでは」
 と、話を始めた。
 この時になると、マスターも、仕事が一段落したのか、話に興味を持って聞いていた。どうやら、マスターも、この手の話を聴くのが好きなのか、それとも、
「客との間の話題に使えるかも?」
 と感じたのかのどちらかであろう。
 もっとも、スナックではないのだから、そんなに話術や話題を気にする必要もないのである。
「これは、実際にあった話がモチーフなのか、お知れないが」
 といっておいて、
「ある豪華客船が、座礁したか何かで、転覆してしまったとしよう。その時、救命ボートを使って数人が助かろうとするのだが、そのボートは、定員が、4名だったとしよう。するとそこに、もう一人が泳ぎ着いたとして、必死にその男も助かりたい一心で、ボートに乗ろうとする。しかし、すでに乗っている人は、その人が乗ってくれば沈んでしまうということが分かったので、自分が助かるには、相手が死ぬと分かっていても、助けてはいけないのだ。何といっても、一人を助けてしまうと、一人のために、全滅することになる。しかし、一人を犠牲にすると、他の四人は助かる可能性が高くなるのだということなんだよね。もちろん、ここで助かっても、餓死による死と、目の前に大量にある水を飲むわけにはいかないので、そのまま喉の渇きに苦しみながら死んでいくという苦しみが待っているかも知れないが、とりあえずは、命が繋がったということになる」
 と、串木野は言った。
 さすがに、ここまでくると、状況を想像しているのか、二人とも、寡黙になってしまった。
 話をした串木野も、喉がカラカラになってきて、
「なんと恐ろしいことを口にしているんだ」
 とばかりに、震えが来ていることにびくついているようだった。
 三人の間に、不穏な空気が流れ、しばし何も言わない時間が流れた。
 しかし、最初に口にした手前、この空気を断ち切るのは、串木野しかいないだろう。
「最後まで言わなくても、分かりますよね?」
 というと、二人は、凍り付いたように、頷くのだった。
 これほどの、緊迫した時間はないだろうということを想像しているのであった。

                生殺与奪の権利

 そんな緊急避難の話だったが、小説では、緊急避難のことを書いているわけではなかった。
 その生きのこった男が、実は大悪党であり、性欲と金銭欲、さらに、それらを総合した征服欲というものに塗れ、主人を死に追いやって、まるで善人でもあるかのように、綺麗 な奥さんを我が物にして、同時にすべてを手に入れるという、
「紙も仏もあるものか」
 という話だった。
 それまでは、主人に対して、
「忠実な犬」
 であったが、それを男は、自分が助かることが、自分が主人に取って代わるという状態になり、その奥さんとの間に自分たちの子供を設けたのあ。
 実は、夫との間にも子供がいて、その子が邪魔だということで、葬ろうとしたのを、召使の起点で、何とか、それを逃れ、同時に化けの皮が剥がれたことで、家にもいられなくなり、自分の息子と、どこかにいってしまったという話だった。
 結局は、その父親が違う義兄弟が、
「正義と悪」
 に別れて戦うという、サスペンスタッチの話だったのだが、そこに、緊急避難のたとえになりそうなことを、プロローグとして、しかも、緊急避難には触れずに、話を振るということになるのだった。
 そんな話であったが、話をしている串木野も、それを聞いている同僚も、今度は、その小説のことを話すわけではなく、
「緊急避難のたとえ」
 として話しているのだった。
 この話は、ある意味、実に気持ち悪い話でもある。
「自分が助かるために、他人を犠牲にしてもいい」
 ということなので、小説のように、
「ひょっとすれば、皆助かったかも知れないものを、助かる確率を高めるということで、敢えて主人を葬り去った」
 ということである。
 ただ、あんな極限状態になると、精神状態もまともえはないだろう。ボートに乗っている方も、必死に泳ぎ着いた方も、
「相手のことなど考えている暇はない。とにかく自分だけでも助かりたい」
 と思うに違いない。
 しかし、ボートに後から泳ぎ着いた方、圧倒的に不利である。決定的に自分に勝ち目はないのだ。
「俺は、死にたくない」
 と思い必死になってすがってくる姿を見ると、ボートに乗っている人たちも、必至で、男を振り払おうとする。
 一度でも、その行動を起こしてしまうと、相手は、こちらを完全に敵だと思うだろう。普通の精神状態であれば、その恐怖の形相にたじろいでしまうことだろうが、そうなると、逆に、その様子に急に冷静になることもあり。
「ここで一度でも相手をボートに乗せないような態度を取ってしまうと、相手がもし助かった場合、自分はただではいられないかも知れない」
 と考えるのだ。
 相手の男は、
「明らかに自分を殺そうとしている相手を覚えているだろう」
 と思い込んでいる。
 この極限状態で、自分が冷静になったように、相手も冷静に見ているとすれば、
「皆助かった時、自分は、一生、この男の恐怖を感じながら生きなければいけない」
 と考えるのだ。
 そうなると、
「この男は、今ここで死んでしまっていてほしい」
 と考えるのは当たり前だ。
 この場にいる連中は、水の中にいる相手以外は、皆自分と同じ立場だ。
 つまり、犯罪において、
「一蓮托生」
 誰かが裏切れば、その人もただでは済まされない。要するに、
「溺れている男以外の皆が助かるか? あるいは、溺れている男もろとも、皆が死んでしまうか?」
 ということであり、結果として、結局、実質的な状況においても、皆助かったという場合において、その後としても、結果は同じなのだ。
 もし、復讐をしようとしても、復讐をする相手は、犯罪者ではない。
 状況から考えると、
「誰かが犠牲にならないといけない状況であれば、あの時、復讐されるようなことが起こっていたとしても、罪になるわけではない」
 ということだ。
作品名:表裏の「違法性阻却」 作家名:森本晃次