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表裏の「違法性阻却」

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 自分の身体にのしかかっていた男の身体が動かないようだ、二人はそれぞれ、同じ出来事に対して、それぞれ別のことを考えていた。
 いや、思考能力があったのかどうか分からないが、とにかく二人とも次の行動に移るだけの精神状態ではないようだった。
 しばらくすると、警察と救急車がやってきた。どうやら、後の二人が通報したようだ。
 警察が倒れている男が瀕死の重傷であることを確認すると、後からきた救急車で、とにかく、病院に運ばれた。
 警察も状況を見ると、何が起こったのかということは理解できたような気がした。
 急いで、もう一台の救急車を呼び、彼女を病院に搬送した。外観を見ていても、明らかにケガもしている。暴行を受けたことは間違いなく、問題はケガだけではないということも分かっていた。
 そして、今だ、茫然自失の加害者と思える男も、
「このままでは、事情聴取どころではない」
 ということで、とりあえず、本人を抜きにして、現場検証は行われた。
「こういう事件で、しかも、こんな場所なので、犯行は一人で行われたのではないだろう」
 と考えると、通報者が、共犯の疑いもあることは分かっていた。
 そう思う方がよほど、状況に対して辻褄が合っていて、状況に理解はできるのだが、さすがに刑事としても、その心境は複雑だった。
「たぶん、女がここで一人でいるところを、男たち数人が、暴行目的にオンナを蹂躙し、それを目撃した男が、石を持って男を殴り、女を助けたということであろう」
 ということだった、
「そして、そこに、もう一人か、あるいは複数人の共犯がいて、いや、三人とも、共同正犯だったのだろうが、石を持っている男を見てなのか、後ろから石で殴られたのを見て、一目散に逃げ出したのだろう。しかし、そのまま放っておくわけにもいかないと思ったのか、それとも石で殴った男憎しなのか、警察に連絡を入れた」
 その時、男たちが自分の立場をわかっていたかどうか分からない。冷静に考えれば、
「通報すれば、自分たちも暴行犯の一人だということが発覚するだろう、何といっても、暴行の相手である女は生きているのだから、女に喋られれば一環の終わりだった」
 ということが考えられる。
 そういう意味では、共犯連中の行動は不可解であった。
 だが、実際に事件は起こった。
 共犯連中もすぐに捕まった。
 それはそうだろう、気が動転しているとはいえ、自分のスマホで、非通知にせずに、警察に連絡したのだから、
「電話をしたのは私です」
 といっているようなものだ。
 録音も警察に残っていて、声紋の比較をすればm、さらに間違いないことが判明する。
 問題は、殴られた男だった。どうやら、病院に着く前に、死亡が確認されたということで、死因は、頭を殴られたことだということで、警察は彼を、一応、
「殺人罪」
 で逮捕したのだ。
 男は、襲われていた女性の彼氏で、彼女を救おうとしての、衝動的な犯行だった。
 ただ、これを衝動殺人とするのは気の毒である。動機は間違いなくあり、復讐だったのだろう。
 しかし、問題は、人を助けるためだということであっても、自分に危害がないということなので、
「これを正当防衛だといえるだろうか?」
 ということであるが、そもそも、正当防衛というものは、
「急迫不正の侵害に対し、自分または他人の生命・権利を防衛するため、やむを得ずにした行為をいう」
 ということになっている。
 つまりは、
「切羽詰まった状況は、自分だけでなく他人であっても同じなのだ」
 ということだ。
 明らかに男が女を襲っている。
「権利や自由を束縛されているのは間違いなかったが、果たして生命の危険まではあっただろうか?」
 ということであれば、加害者が死んでしまったのだから、そこまでは分からない。
 そういう意味でいくと、この場合を、
「正当防衛ではなく、過剰防衛なのではないか?」
 ともいわれるかもしれない。
 しかし、裁判では、
「正当防衛」
 が認められ、
「無罪」
 ということになった。
 もちろん、この場合は、
「無罪」
 ということになったというだけのことで、毎回こういう場合は、無罪になるということではない。
 過剰防衛と認められれば、何等かの情状酌量はあるだろうが、罪に問われることは仕方がないことだ。
 しかし、無罪となったが、
「ああ、よかった」
 ということには決してならない。
 暴行を受けた彼女の方は、深刻な精神疾患に見舞われ、彼女自身も、自分を助けてくれた人にかまっていられなくなったのだ。
 彼女の方でも、裁判に無理矢理に近い形で証人にさせられたりするのだから、精神が病んでしまうのも当たり前だった。
「私が、どうして、こんな目に遭わなければいけないのか?」
 ということで、自分を責めながら、状況がいまだにわかっていない様子に、家族も、
「しばらく、静かなところで静養させよう」
 と考えたが、静かすぎるところでは、
「事件を思い出すのではないか?」
 ということで、その場所の選定も難しかった。
「現場が山だったので、海の近くで静養させよう」
 ということで、海辺の静養所に彼女を、匿いことになったのだ。
 そんなことがあったので、二人は別れることになったのだ。
 男の方も、少なからずの精神疾患を持ってしまったようだ。いくら無罪とはいえ、
「人を殺した」
 という罪悪感が抜けないのだ。
 完全に自分の中に、
「引き思ってしまって、どうすることもできない」
 という感覚に陥ってしまったのだろう。
 それからどれくらい経ったのだろうか? 警察に通報した二人は、実際には、婦女暴行未遂ということで、若干の罪に問われ、服役から、出所となったが、この二人は、ムショに入っている間、まったく違った性格になってしまったようだ。
 片方は、完全に更生して、真面目な生活をしようと思っていた。
 しかし、もう一人は、ムショ内では、何事もないかのように過ごしてきたが、出てくると、自分が世間に受け入れられないことを感じ、すぐに悪の道に戻ることになった。
 そう、
「もう俺は、尋常なシャバに戻ることなんかできないんだ」
 という考えであった。
「いくら、前科者だということを誰も知らないところに就職できたとしても、元来から、俺の悪の性格から考えて、どうしようもないことなんだ」
 と思わされるに違いない。
 実際に、優しい刑事がいて、職を紹介され、いくことになったが、更生できたやつは、真面目に働いていたが、更生できない方は、
「俺にできるわけないじゃないか」
 ということで、すぐに辞めてしまったのだ。
 さすがにそうなると、刑事の方も、そういつまでも、構っているわけにはいかない。
「真面目に更生しようとしているやつなら、いくらでも面倒は見てやるが、そうでもないやつの面倒なんかできるわけはない」
 ということで、
「俺は、どうすることもできない」
 と考えてしまうのだった。
 結局、あの時の、共同正犯で、警察に通報した二人は、それぞれに、元々の性格が違ったということからか、結局、
「どうすることもできない」
 というほどに、まったく違った道を歩むことになるのだろう。
作品名:表裏の「違法性阻却」 作家名:森本晃次