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バタフライの三すくみ

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 しかも、かなりの疲労困憊の状態で、電車に乗ったりすると、椅子の上に置き忘れるということも十分にありえると思うと、
「忘れてしまうことだって、十分にありえる」
 と考えられる。
 そうなってくると、会社に泊まって仕事などということも出てくると、完全に、ストレスによって、身体や神経をやられるということも当たり前に出てくることである。
 会社とすれば、
「人件費は抑えられる」
 ということで、
「よかったよかった」
 ということなのかも知れないが、実は、知らない間に、社会問題となってくることが、徐々に押し寄せてくることを、誰が知るというものだろうか?
 確かに、派遣やバイトというと、給料は安いし、
「いつでも首が切れる」
 ということで、雇う側にとっては、ありがたいということが多いように見える。
 しかし、パートや派遣というと、最初は、主婦の人が多かったりしただろう。
「共稼ぎをしないとやっていけない」
 ということである。
 そうなると、問題なのは、
「子供がいる場合」
 である
 特にその子供が小さかったりすると、保育園や幼稚園から、電話が掛かってきて、
「お子さんが熱を出したみたいなので、急いで病院に連れて行ってください」
 ということになる。
 保育園には、数人の保母さんがいるのだろうが、一人だけが熱を出しただけならいいが、数人一緒に熱を出してしまったりすると、病院に連れていくのも、大変で、人が足りなくなる。
 そうなると、親御さんに来てもらわないと、保育園が回らなくなる。
 ということで、
「すみません、子供が熱を出したと保育園から連絡があったので今から、行きますので、今日は、これで上がらせてください」
 ということになる。
 正社員であれば、またちょっとは違った言い方をできるのだろうが、相手が派遣やパートであれば、強くはいえない。
「自分が大変なことになる」
 ということは分かっているとしても、ここで、
「それはダメだ」
 と言わるわけもないし、そこまでの立場でもない。
 ただ、それでも、まだまだ派遣やパートがそんなに流行り出す前であれば、言い出す方も、かなり遠慮気味だったことだろう。
 会社の人の目もかなり、偏見の目を持っていたに違いないからだ。
 そんなことを考えていると、
「パートや派遣というのは、それぞれの現場の立場とすれば、これほどやりにくい」
 というものもないだろう。
 それでも、共稼ぎの子持ちの奥さんとすれば、この制度は、
「働き口がある」
 という意味ではありがたいのだろう。
 そのうちに、どんどんと、そういうシステムが確立していき、いよいよ、世間では、
「派遣や、パートが、会社の事務をこなす」
 という時代がやってくるのだった。
 それに伴って、
「コンビニや、ファーストフードの店員」
 などに増えてくると、街のスーパーやいろいろなところに、広がってくるのだった。
 そんな時代を経て、今度は、アメリカで、
「リーマンショック」
 などという問題が起こり、今度は、企業が、
「派遣切り」
 などということをし始めたのだ。
 確かに、派遣先の都合で簡単に、派遣社員の派遣を、3カ月くらいの期間で契約を更新するようになっているが、派遣先から、
「次は更新しない」
 と言い渡されると、派遣元とすればどうすることもできず、そこにいた派遣社員を、どこか他で募集しているところがあれば、そこに回すということもできるのだが、この時は、何といっても、
「ほとんどの会社が、契約解消」
 といってくるのだから、他に回すところか、そうなると、派遣社員には、
「契約をしない」
 と言い渡すしかないだろう。
 これも、契約書で、
「一か月前に、更新の意思のないことを言っておけば、お互いに契約を無理強いすることはできない」
 ということになるのだ。
 それを考えると、
「派遣切り」
 というのは、ものすごく、理不尽ではあるが、
「会社が生き残るためには、仕方がない」
 ということになるのだろう。
 さすがに、ここにいたって、
「今までの日本企業の特徴であったことが、完全に崩壊してしまった」
 と言えるのではないだろうか。
 それは、二つあり、一つは、
「年功序列」
 というものだ。
 基本的に、何か重大な失敗などがなければ、年齢とともに、給料や階級が上がっていくという制度で、アメリカやヨーロッパなどの
「実力主義」
 ということではないという考えである。
 もう一つは、
「終身雇用」
 という考え方である。
「一つの会社に就職すれば、定年まで勤め上げる」
 というのが、日本の昔からの考え方だった。
 しかし、
「実力主義」
 ということを考えると、アメリカなどは、
「たくさんの会社を経験した方が優秀な社員だ」
 ということになる、
「引き抜き」
 というのもあるからだ。
 しかし、年功序列であれば、
「いろいろな会社を渡り歩いたというのは、その会社では人間関係であったり、なかなか我慢できない性格だったりして、それで、たくさんの会社を渡り歩いている」
 と考えられるのだ。
 それだけ、まったく欧米と日本とでは、会社、社員というものに対しての考えが違っているということである。
 それを思うと、今は、どんどんと日本も実力主義の会社も増えてきているが、
「それでいいのだろうか?」
 と思わずにはいられないのだった。
 そんな時代になると、結局、企業側も、
「使える人材」
 を抱えていたいという気持ちも当たり前だろう。
 昔のように、
「年功序列」
「終身雇用」
 ということであれば、
「新卒で優秀な人材を取ってきて、会社で育てる」
 ということが当たり前だった。
 だから、会社でいろいろな部署を経験されるために、部署替えも頻繁に行ったり、転勤もたくさんさせるというのが当たり前だった。
 特に、大企業で、
「海外支店などを展開している」
 というようなところの社員が、
「2、3年の海外勤務」
 と言われると、
「戻ってきたら、出世コースまっしぐら」
 ということで、まわりからは、
「エリートコースじゃないか? 栄転だよ」
 と羨ましがられたものである。
 特に、昭和の高度成長期など、海外勤務というと、ほとんどの社員が、憧れたものだっただろう。
 その頃のドラマというと、
「海外勤務=出世街道」
 というのが当たり前で、
「せっかく、大企業に入ったのだから、出世街道に乗るのは当たり前」
 という時代であった。
 学校も、大卒か、高卒か?
 ということで、その頃は、専門学校というのは、あまり多くはなかった。
 もちろん、専門的な知識や技量を持つためには、専門学校というよりも、専門の大学というレベルの、例えば、
「看護学校」
 などが存在するくらいだった。
 今では、職業も、多種多様で、最初の頃の専門学校というと、
「システムスクール」
 などが主流だっただろう。
 しかし、そのうちに、介護や、語学、さらには、タレント養成スクールのようなものまで、専門学校ということで認知されていることであろう。
 中には企業によっては。
「大卒よりも、専門学生」
 というところもあり、ハッキリとは分からないが、
作品名:バタフライの三すくみ 作家名:森本晃次