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マトリョシカの犯罪

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 確かに、今は会社も大変な時で、いちいち一人一人をかまっているわけにはいかない。
 というのは、分かり切っていることだった。
 それでも、支店長の言い方は、そっけないものでしかなく、
「いちいち、面倒臭いことを聞くな」
 とでも言いたげであった。
 そんな相手に、いろいろ聞いても、
「どうせわかるわけはない」
 ということで、
「そんな面倒だと分かり切った時間を過ごすというのは、ムダでしかない」
 ということが分かっているので、それ以上聞くことはなかった。
 とにかく、
「本部へ転勤」
 ということはハッキリしていて、
「断ればクビ」
 というのも、間違いのないことだった。
 とにかく、言われた通りのするのがサラリーマン、
「ある意味、心機一転と考えるのもいいかも知れない」
 と思ったのだった。
 本部への転勤といっても、住まいが変わるわけではなく。家から通えるところであった。
 これまでの自家用車通勤から、今度は都心部への通勤となるので、電車通勤となり、スーツにネクタイといういで立ちでの出勤となった。
 電車は、相変わらずの満員電車。学生の頃までは、
「就職したら、こういう通勤になるんだろうな」
 と思っていたことを思い出した。
 最初は、憧れのようなものがあったくせに、今は、複雑な気持ちだ。
「何をさせられるのか分からない」
 あるいは、
「こんな中途半端な年数で、本部に行くなんて」
 という思いからだった。
 もし、本部勤務ということになるのであれば、入社すぐから、本部でいいと思ったからだ。
 そんな状態において、さっそく本部に顔を出すと、一つのフロアに、営業部から、総務部と、ひしめいているところであった。
「管理部は、別のフロアにある」
 ということは、事前に聞いていたので、分かっていた。
 ただ、最初は、当然のことながら、総務部に顔を出すということは言われていたので、総務部を訪ねてみた。
 行ってみると、そこに、女子社員がいて。
「森山さんですね? お疲れ様です」
 と明らかに待ってくれていた雰囲気だった。
「今から、情報システム部へご案内しますね」
 ということであり、彼女が連れて行ってくれた。
「あの、情報システムって何をするところなんですか?」
 と聞いてみたが、
「さあ、私にはハッキリとは分からないですね」
 という。
「知ってはいるが、変な先入観をあたえてはいけない」
 ということなのか、それとも、
「まったく知らないので、向こうで聞いてほしい」
 という額面通りの話なのかということであった。
 どちらにしても、それ以上聞くわけにもいかず、森山の方としても、
「とりあえず聞いてみた」
 というだけのことだったので、それ以上、何かがあるというわけではなかったのだ。
 そんなことを考えていると、すぐに、情報システムという名前の書かれた部署の前にやってきた。
 彼女は、扉をノックする。
「どうぞ」
 と中から返事がするので、彼女は先に入り、頭を下げると、
「寺崎です。森山さんをお連れしました」
 と言った。
 どうやら彼女は、寺崎さんというらしい。

                 無慈悲な異動命令

 寺崎さんは、そのまま、少しの間一緒にいてくれた。
 さすがにこの部屋に入って、彼女に何を聞くというわけにもいかず。ずっとまわりを見ていたが、奥の方で、キーボードを叩く音が聞こえてきた。
 最初は、
「あれ? そんなに早い音ではないな」
 と思っていたのだが、それも無理もないこと、自分が知っているキーボードを叩く音というと、それは、
「伝票を入力する音で、基本的には、数字を打っているからだ」
 ということであるのに対し、ここにいる人は、ほとんど、アルファベットを入力していたのだ。
 そういえば、伝票入力する時というのは、まず、数字のキーとエンターキーか、矢印キーくらいしか使わない。要するに、
「右側のテンキーと呼ばれる部分しか使うことはない」
 といってもいいだろう。
 それを思うと、
「こんな大きなキーボードでなくて、電卓のようなキーボードでいいじゃないか?」
 と思ったのだ。
 本当に、アルファベットのキーを打つことがあるなどということを想像もしていなかっただけに、余計におかしな感覚に思えたのだ。
 しかし、後ろから、
「先輩社員が、叩いているのを見ると、
「キーボードをいっぱいに使って打っている」
 というのを見ると、
「俺も、あんな風にならないといけないのか?」
 と、まず、最初の課題が見えた気がしたのだ。
 ただ、もう一つ今までと違ったのは、支店の朝の業務というと、電話が鳴らないだけで、結構慌ただしいものだった。
「ボーっ」
 と立っていれば。
「何やってんだ。邪魔になる」
 と言わんばかりになるだろう。
 しかし、システム室と呼ばれるところは、邪魔になるというよりも、皆端末の前に座って、画面だけを凝視している。
 つまりは、
「まわりが何をしていようと関係ない」
 という状態で、
「逆に、ウロウロされる方が、気が散って仕方がないと言わんばかりであった。
 要するに、支店では、
「何かを自分からしないとダメであり、とにかく、行動が先にくる」
 という、まるで、
「昭和の考え方」
 のような感じで、
「肉体労働が伴ってこその仕事だ」
 という雰囲気が、醸し出されていた。
 しかし、
「システムというところは、個人個人が黙々と仕事をするところだ」
 ということはよくわかったのだ。
 じっと見ているだけで、背中にオーラが滲み出ていて、見ている限りでは、
「俺にできるのだろうか?」
 ということであった。
 確かに、今までの自分から考えれば、まったく違う仕事なので、できるだろうか?
 というのが一番の考えだった。
 ハッキリとその時に分かったのは、
「今までとはまったく違う仕事で、それなりの覚悟をしておかないと、やっていけない」
 ということであった。
 そのうちに、システム部長がこられ、会議室に、寺崎さんと森山の二人を発見し、
「ああ、君が森山君ですね?」
 と、眼鏡の奥から優しそうな視線を向けてくれたことで、森山は安心したのだった。
「はい」
 と森山がいうと、その後すぐに、寺崎さんが、森山に、
「この方が、システム部長の、宮本部長となります」
 と傷害してくれた。
 森山のことは、部長自らが聴いたので、それに対して答えることがなかったということで、
「暗黙の了解」
 ということになるのだろう。
 それを考えると、
「寺崎さんの仕事は終わったな」
 と思っていると、寺崎さんは、二人を覗き込むようにして、
「それでは私は、自分の部署に戻らせていただきます」
 というので、森山は、軽く会釈をしたが、宮本部長は、
「わざわざありがとう」
 と、席を立って返事をしていた。
 かなりキチンとした人なのだろう。
 それだけ、システム部長としては、
「できた人だ」
 ということになるだろう。
 部長が説明してくれたのも、ありきたりのことであり、
「実際に、細かいことは、明日から、先輩たちが、業務の合間に、それぞれの強い部分を教えてくれるから安心していいよ」
作品名:マトリョシカの犯罪 作家名:森本晃次