力の均衡による殺人計画
「ええ、寝息も聞こえないし、近づくにつれて、顔色が悪いのが分かり、よく見ると机の上が、何か濡れていたんです。水でないことは分かりましたが、電気をつけて見てみると、真っ赤なドロッとしたものだったから、それが、血だと思ったです」
という。
「それで、救急車と警察に?」
「ええ、どうしていいか分からないので、すぐに連絡して、ご主人様を起こそうとしましたが、冷たくなっておられたので、内線を使って、家政婦室に連絡を取って、他の人に来てもらったというわけです」
という、
「なるほど、その時、あなたが、もうご主人が亡くなっていると思ったんですか?」
と聞かれ、
「できることなら、目覚めてほしいとは思いましたが、冷たくなっているところに、口から、血が流れていたので、正直、もうダメだと思いました。それで、駆けつけてくれた家政婦仲間の人に、救急救命士の視覚を持っている人がいたので、見てもらうと、首を横に振ったので、その時、もう無理だと悟りました」
というのだ。
「ご主人様には、何か、基礎疾患のようなものがありましたか?」
と聞かれ、
「ええ、胃潰瘍のようなことは言われていたので、ひょっとすると、それが原因かとも思ったんです。ここで、お酒を飲むことも結構あったので、夜はまだ冷えたりするので、急に体調を壊されたのかとも思ったんですよ」
ということであった。
そうすると、近くに薬のような瓶が置いてあり、その向こうに何粒か落ちているのが分かった。
すでに、鑑識がそのあたりを調べていて、鑑識がいうには、
「瓶の中身が同じかどうか分かりませんが、そこの瓶に書かれているラベルは、睡眠薬ですね」
ということであった、
「睡眠薬を飲んで、血を吐いて死にますかね?」
と聞かれて、
「分量を間違えると、死ぬことはあります。ただ、実際に血を吐くかどうかは、その睡眠薬によって違ってくると思います。また、その服用者の体質であったり、体調なども影響してくるでしょうね」
と言われたが、
「そうですね、これは、今回に限らず、薬の服用というのは、ちゃんと身体を調べて、合う薬と処方したものを服用するのが当たり前ですからね。下手に市販の薬などであれば、怖いですよね。でも、それも、処方箋があれば、こういう瓶の睡眠薬というのもありの場合もあるでしょうね」
と、鑑識は言った。
鑑識は、薬剤師でも医師でもないので、ハッキリとは言えないが、あくまでも、
「考えられること」
ということで、話をすることくらいはできるだろう。
それを考えると、
「とにかく、鑑識の結果を見ないと分からないが、今は何ともいえないことだけは確かである」
といえる。
それでも、分かることも中にはあって、
「死亡推定時刻ですが、今晩未明の、たぶん、1時から2時の間くらいでしょうね」
ということであるから、死後、4時間か、5時間というところであろうか?
「机の上の血は、間違いなく吐血であり、死因は、毒物だということで、いいのではないか?」
ということであった。
争った形跡はないが、首に、掻きむしった後があることから、
「結構苦しんで死んだのではないか?」
と言えるのかも知れない。
第一発見者の話は、とりあえず、そのくらいにしておいて、今度は家族の話になるのだった。
その時集まったのは、長男夫婦と、奥さんの三人だった。奥さんというのは、相当年が離れているのか。奥さんが、息子の嫁と言ってもいいくらい若かった。
家族構成としては、まず、死んでいたのは、
「神里譲二」
奥さんは、
「なるみ」
息子夫婦は、
「孝弘、幸恵」
ということだった。
「このたびは、御愁傷様でした」
と、刑事が、礼儀を通し、お悔やみをいうと、
「あ、ありがとうございます」
と、息子夫婦は、神妙に、そう答えた。
「ところで、お父様は、何か悩みのようなものがありましたか?」
と聞いてみると、
「ああ、いえ、それがよく分からないんです」
と息子が言った。
「分からないというと?」
と刑事が聴くと、
「親父は、極端な秘密主義者なんです。もちろん。情報共有が必要なことは、皆に話をしますが、個人的なこととなると、本当に、疑心暗鬼になるようで、誰にも言わなかったりするんです。だから、何かに悩んでいたとしても、それはきっと誰も知らないと思います。それに、どちらかというと、悩んでいるような姿を見せようとはしないんです。だから我々も厄介なんですよね」
と、本当に困った様子でいうではないか。
長男の話を聴いていると、どこか、
「他人事」
というようにしか聞こえない。
そうなると、
「父親が死んで悲しい」
というようには聞こえないのだ。
それよりも、
「こんなことで煩わされてたまったものではない」
とでも言いたげであった。
奥さんの方も、夫の話を聴いているだけで、何も言おうとしない。
「私はそんな家族のことには無関心」
という様子で、それは、
「関わらないようにしよう」
という態度が、ありありだった。
それも、
「清純さ」
から来ているわけではなく、明らかに、
「面倒なことは御免」
と言いたげであった。
ということは、
「この奥さんに聴いても、何も得られないだろうな」
ということであった。
さらに、今度は、後妻だと思うが、若奥さんに聞いてみると、彼女も同じようなことをいう。
一応話を聴くのは、まず息子夫婦。その次に、若奥さんということで、それぞれに、個別に話を聴いた。
一緒に聴いてもよかったのだが、これが殺人事件とかであったら、話を合せる可能性もあるので、
「最初の掴み」
ということで、この刑事は、捜査方針として、
「まずは、別々に聞く」
ということにしているのであった。
実際に、分かれて話を聴くことで、
「分かるかも知れない」
ということもあったのだった。
二組の話を聴いていて、共通している部分と、それぞれの部分が聞かれた。
それは、普通に考えて当たり前のことだった。
「同じ家にいるのだから、行動などは、共通点があっても当たり前のことだ」
と言えるが、
「立場が違うのだから、その見え方は違うだろう」
という考え方である。
もっと言えば、
「同じ家にいても、見え方は違うので、結果、見え方が違うように見える」
という考え方であったり、
「立場は違っても、同じ角度からしか見えないことで、見え方は同じだ」
と言えるようなこともあるだろう。
二組の場合は、そこまでは分からない。
「今年の選挙について」
ということで話を聴いてみると、行動に関しては、同じような話をしていたが、方針であったり、方向性に関しては、どうも食い違っているようだった。
二組から話を聴いた、それぞれの刑事が話をして、
「どうも、二人はまったく違うことを、被害者から言われていたんだろうか?」
ということを一人がいうと、
「いや、そうではないかも知れないぞ」
と一人の刑事がいう。
「言い方を少しでも変えるだけで、まったく違った発想の言い回しになるんじゃないかな?」
という。
この刑事は頭の中で、
作品名:力の均衡による殺人計画 作家名:森本晃次