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ゆずは

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「笑顔以外のゆかりの顔を見たことがない」
 というほどに、仲がよかったはずである。
 それが、いつの間にか笑わなくなり、目の前の遺影のような表情で、いつも板倉を見ていた。
「もう、そんな顔しないでくれよ」
 と言いたかった。
 遺影のゆかりを見ていると、責められているような気がする。
 何に対して責めているのか、それが分からない。そのことが怖かったのだ。
「きっと、この俺に何かを言いたかったんだろうな」
 と思うと、
「もう、彼女が帰ってこない」
 という感情とともに、最後まで、別れた理由を聞かなかったこと、いや、聴けなかったことに業を煮やしていたのだった。
 線香の匂いが、いかにも、
 「人の死」
 というものを思い知らせてくれる。
 しかも、今まで、
「誰かの死」
 というものを感じたことがなかった。
 一度、祖父の死に立ち合ったことがあったが、大往生だということで、家族は悲しんではいたが、その時に言っていた言葉が頭に残っていた。
「苦しまずにいけたのは、幸せだったのかも知れない」
 とであった。
 その頃、高校生だった板倉は、
「人が死んだのに、幸せだったというのは、どういうことなんだ?」
 と思ったものだ。
 しかも、悲しんでいる様子はあるのに、実際の遺体に対しては、
「苦しまずにいけて、よかったね」
 などと声を掛けて、さらに、そこで嗚咽しているのだ。
 その光景が、まったく理解できずに、板倉は、
「不思議な光景だ」
 ということで、その様子を見ていたのだった。
 だから、今回の、ゆかりの死に対しても、あの時の祖父に対して、まわりの人が言っていた言葉を思い出したのだ。
「苦しまずにいけて、よかったね」
 声をかけるとすれば、それしかなかったのだ。
 かといって、家族の前で、そのことを口にできるはずもない。
 家族は、自分が、ゆかりの元カレだということを知っているのかいないのか、たぶん知らないだろう、
 何しろ、葬儀から数日経ってやってくるのだから、少なくとも、元カレだとは思えないのではないか。
 だが、板倉の方も、親友に対しては、最初、
「どうして、もっと早く教えてくれなかったんだ?」
 と聞いたが、本当は、
「今くらいのタイミングが、ちょうどよかったのかも知れない」
 と冷静になると考えるのだ。
「葬儀の場にいたとしても、どのような気分で列席しなければいけないのか?」
 と思うと、耐えられないかも知れないと思うのだった。
 葬儀というと、大体どこも一緒のようなものだと思っているので、祖父の時を思い出していた。
「あの時間、ずっといなければならないのはつらい」
 と思った。
 確かに。後になって一人で彼女の遺影に手を合わせるもの、辛いものがあった。だが、それでも、さすがに葬儀の場に比べれば、何ぼか気が楽だったに違いない。
 ゆかりの母親は、
「今日はありがとうございました」
 ということで、礼を言ってくれたが、
「いいえ」
 というのがやっとで、何とか後は、お悔やみの言葉しか言えなかった。
 ゆかりの家を後にして、少し行ってから、ゆかりの家を見てみるが、何となく小さくなったような気がしていた。
 付き合っている時、何度となく、家の前まで送ってきた時、いつも見た光景であったので、今でも、その光景は瞼の裏に残っている気がしたのだ。
 その時の感覚に比べて、確かに小さくなっているような気がしているので、それを思うと、
「やっぱり、どうしても、小さく見えてくるんだな」
 と思えて仕方がなかった。
 そんなことを感じていると、後ろを振り返ることもなく、踵を返すと、いつになく早歩きで、家路を急いだのだ。
 少しでも、早く、ゆかりの家から遠ざかりたかった。
「これで、禊は済んだということか?」
 と自分に問うてみたが、答えは見つからない。
 そもそも、
「禊というのは何なのだろう?」
 ということである。
「何か、ゆかりに悪いことをした」
 という思いだけが残ってしまった。
「こんなことなら、最初から聞いておけばよかった」
 という思いである。
 自然消滅なのだから、
「悪いことをした」
 というわけでもない。
 しかし、板倉に、ゆかりと別れるという感覚があったわけではない。
 いきなり別れを言い出したのは、ゆかりだった。
 彼女が言い出した時点で、
「自然消滅ではない」
 と言えるはずなのだが、今でも、板倉は自然消滅だと思っている、
 ゆかりは、最初、本当に自然消滅をもくろんでいたのかも知れない。
 しかし、ぎこちなさを指摘されて、ゆかりは、別れを切り出さなければいけなくなってしまったのだろう。
 ただ、あの時、板倉は、
「まさか、ゆかりが別れを考えているなど、思ってもみなかった」
 と言っても過言ではないだろう。
「別れるなんて、本当は思っていなかったのに」
 と今でも、ゆかりが感じていたのではないかと思えてならない。
 ちょっとした不満が、くすぶっていて、それを何とか板倉に気付いてもらおうと、考えていた矢先、板倉の方から、
「まさか、別れようなんて思ってるわけじゃないよな?」
 とズバリ聞いてきたことで、自分の中でくすぶっていた、板倉への疑念に火がついたのかも知れない。
「どうして、そんなこというの?」
 と言いたかったに違いないが、声に出さなかった。
 言ってしまえば、きっと、そこで言い争いになったはずだ、
 ゆかりはその時、
「言い争いがしたいわけではなく、今は一人で考えたい」
 と思ったことから、板倉を煽ってはいけないと思ったのだ、
 だから、
「いいえ」
 と一言だけ言って、それ以上は何も言わなかった。
 板倉としては、
「まさかそんなことあるわけはない、それを自分で納得したくて、念のために聞いてみたのだ」
 ということであったはずで、結局、お互いに考えていたのとは違う方向に向いてきた。
 二人は確かめ合いたかっただけなのに、歯車が少し狂ってしまったことで、その時に、別れるということが確定してしまったかのようだった。
 それを思うと、別れというものが、いかにもろくのしかかってくるのかということを思い知らされたのだった。
 その時の二人の恋愛度というのが、どれくらいのものだったのか?
 正直、ゆかりは分からなかった。
 自分にとって、相手がどれほどの存在か?
 ということを、板倉は、付き合っている時も、別れてからも、ずっと考えていた、
 しかし、付き合っている時も、別れてからも、そこは変わらなかった。
 だとすると、
「この別れは、間違いだったのではないか?」
 と思えてきた。
 しかし、
「帰らぬ人」
 となってしまうと、
「あのまま、付き合っていれば、もっともっと苦しい思いをしたのかも知れない」
 と思うと、死んでしまったゆかりには悪いが、
「死んでくれたおかげで、吹っ切れるかも知れない」
 と感じたのだった。
 これほど、
「失礼で罰当たりなことはない」
 と言ってもいいくらいであるが、正直なところ、今の心境は、
「それ以上でもmそれ以下でのない」
 と言っても過言ではないだろう。
 ただ、一つ言えることは、
作品名:ゆずは 作家名:森本晃次