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ゆずは

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 ただ、それをうまく扱えるわけではないので、時間軸は、
「今の世界では、軸となることはできない」
 という発想から、
「架空の世界である、四次元の世界だ」
 と認識されるようになったのではないだろうか?
「タイムパラドックスが解明されない限り、時間軸というものは、三次元にあらずで、四次元という、さらなる超次元の創造を待たなければいけない」
 ということになるのだろう。
 そんな怪しい夢の世界を自分で創造してみる。
 これは、きっと板倉だけでなく、誰でも同じことを試みたかもしれない。結局、夢を見ても、覚えていないことが多い。
 そう思っているくせに、
「夢というのは、見る時と、見ない時がある」
 という結論に至るのだ、
「確か、最初緒、夢は、覚えている夢と、忘れてしまった夢がある」
 ということから始まったはずで、
「それが、なぜなんだろう?」
 というところから始まっていたのに、気がつけば、
「睡眠における夢は、見る時と見ない時がある」
 というような、そもそもの結論を曲げて考えるようになったような気がするのであった。
 それを思うと、
「夢のメカニズムを考えようとすると、どちらでも辻褄が遭うという発想から、その流れとして、
「どちらが、原因で、どちらが、結果なのかということが分からない時、片方から疑問を照らした時、結果として、その反対側が照らされることで、結局、原因と結果が曖昧となり、何も求まらない」
 ということになってしまうのではないだろうか?
 そんなことを考えると、夢の世界を考える板倉としては、最近考えているのが、
「正夢」
 というのは、本当に存在するのだろうか?
 ということであった。
 また、もう一つ考えるのは、この、
「正夢」
 というものが、
「予知夢」
 と呼ばれるものと、同じものなのか?
 それとも、違うとするならば、
「どう違うというのだろうか?」
 ということであった。
 なるほど、予知夢というのも、正夢というのも、
「見た夢が現実になる」
 ということで同じである。
 しかも、夢を見るのは、もちろん、現実に起こる前のことではないといけない。ただ、あくまでも印象としてイメージすることとして、
「予知夢というのが、正夢の中に含まれるのではないか?」
 という考えであった。
 しかし、よく考えてみると、
「逆も真なり」
 というイメージもあるのだった。
 つまり、
「正夢というものが、予知夢の中に含まれるのではないか?」
 ということである。
 板倉が考えるのは、後者であった。
 一般的には、前者の方に思えるのだが、板倉が考えたのは、
「どちらかの夢は、起きていても見る夢ではないか?」
 と思ったのだった。
「それでは、どちらなのだ?」
 と考え時、浮かんできたのは、
「正夢」
 のほうだったのだ。
 自分でも、正直。どっちがどっちなのか自信がない。
 ということは、ひょっとすると、
「自分が正夢だと思っていることが、他の人には、予知夢だと思っているのではないか?」
 ということであった。
 それを考えると、どこまでが、自分の考えなのか分からなくなってくる。
「予知夢」
 と
「正夢」
 果たして、どっちがどっちなのだろう?
 ただ、一つ言えることは、
「予知夢」
 というのは、あくまでも、
「これから起こること」
 ということであり、
「正夢」
 というのは、
「これから起こることも、すでに起こってしまっていることであっても、本人の意識の中でなければ成立する」
 ということになるであろうか。
 いわゆる、
「虫の知らせ」
 というようなことが夢で起こったとすれば、それが、
「正夢だった」
 と言えるのではないだろうか?
 その正夢なるものを、板倉は見たのだ。
 自分の元カノだった、
「新宮ゆかり」
 との仲良かった頃の夢を見ていたと思うと、急に目が覚めてしまった。
 本当であれば、
「ああ、もうちょっと見ていたい」
 と思うような夢だったはずなのに、目が覚めてしまうと、
「あれ? 何か、少し違う」
 と考えながら、次第に意識が現実に近づいていくのだった。
「何か気持ち悪いな」
 と思いながらも、完全に目が覚めてしまうと、すっかり、ゆかりとのことが、
「過去のことだった」
 と思えるくらいまでになっていたのだ。
 その過去のことというのも、
「本当に過去のことだ」
 と思わせるようなことだった。
 つまり、
「あの夢は、そう思わせるために、意識して見せられたかのように思える」
 というものであった。
「一体何が過去のことだというのか?」
 それを、少ししてから思い知らされることになるのだった。
「夢に賞味期限があるとすれば、どれくらい?」
 と思いたくなるほどであった。
 そもそも、
「夢などというのは、目が覚めてしまうと、その時点で、ほぼ過去の話」
 ということになるであろう。
 そういう意味では、目が覚めてしまうと、
「夢の効力は失せてしまう」
 と言ってもいいのではないか?
 しかし、その日に見た板倉の夢は、2日ほど、賞味期限があったのだろう。
 いや、実際には賞味期限は切れていたが、話を聴いたことで、実際のその瞬間まで夢の効力が遡ったのかも知れない。
 いや、もっといえば、
「時間そのものが、さかのぼって、そこから一気に、下ってきたのかも知れない」
 と、そんなことまで考えるほどであった。
 その知らせを持ってきたのが、大学の同級生で、大学時代、彼女と別れた後も、仲良くしてくれていた、親友だった。
 そもそも、ゆかりとの出会いは、その親友を通じてのことであった。
 いつも、三人一緒にいたのだが、そのうちに、ゆかりが、板倉のことを好きになってしまった。
 それまでは、板倉も親友も、ゆかりを意識していたが、親友という関係上、なかなかそれを口にする感じではなかった。
 ゆかりが、自分の気持ちを表明しなければ、それぞれにけん制し合うというような、
「三すくみの関係」
 になっていたかも知れない。
 しかし、ゆかりが、
「板倉のことが好きだ」
 と表明したことで、明らかなる三人の関係性が崩れてきた。
 後で聞いた話だったが、実は親友が、ゆかりに対して、露骨な態度を見せだしたのだという。
 なぜかその時、板倉は、親友の態度を分かりかねていた。まるで、親友が自分の身体を盾にして、後ろから見ている板倉に、自分の行動を見せないようにしているかのようであった。
 それを思うと、
「板倉は、ゆかりに興味がないのか?」
 と親友が聴いてきたことがあったが、その時が、彼にとって、ゆかりへの気持ちが、絶頂にあった時だったのかも知れない。
 そういう意味でいくと、
「その時すでに、三人の間にあった、三すくみの関係というのは、すでに崩れていたのではないか?」
 ともいえるのではないだろうか。
 そして、そのことが分かってくると、
「大学時代のうちに、どうなるかは分からないが、ゆかりに告白はしたいな」
 と思うようになっていた。
 それも、就活が始まる前ということで、
「三年生の間までにはしておきたい」
 と思うようになっていたのだった。
 そう思うようになったことで、
作品名:ゆずは 作家名:森本晃次