ゆずは
その気持ちは、学生時代からあったのだが、学生時代には、近くにいい店というのも見当たらなかったし、就活などが、思うようにいかなかったので、
「呑みに行こう」
という気にならなかったのだ。
「呑んで忘れる」
というのは、ストレスが溜まっている時であろうが、この時は、ストレスだけではなく、リアルに悩んでいたので、そんな時にアルコールに走ると、自分でもどうなるか分からないと思うようになっていたのだった。
そんな馴染みのバーで、時々一緒になる女性がいた。
彼女は、板倉のことを意識しているようで、最初は分からなかったが、さすがに、その視線を感じるようになった板倉も、彼女を意識するようになった。
というのも、
「何か誰かに似ているような気がするんだよな」
という思うがあったからだ。
それは、雰囲気を感じるというよりも、顔が何となく似ているという感じであった。
むしろ、雰囲気が違っていることで、すぐには誰に似ているのかが分からない感じだったのだ。
「一体誰に似ているというのだろう?」
と思っていたが、何度か会っているうちに分かった気がした。
「そうだ、つかさに似ているんだ」
と思ったが、何かそれだけではないような気がした。
そう思ってみると、
「ゆかりにも似ている」
と感じるようになった。
もっとも、ゆかりとは、相当会っていないし、何よりも、もう二度と会えない相手ではないだろうか?
それだけに、一度、
「ゆかりに似ている」
と思ってしまうと、その思いを拭い去ることはできない。
なぜなら、その思いを拭い去ろうとするならば、それは、
「ゆかりとも再会」
でしかないはずだ。
しかし、そんなことは、もうありえない。
だとすると、ゆかりへのイメージを一掃することはできないということで、
「ゆかりに似ている」
という印象を消すことはできない。
そのイメージの中で、それでも、最初に感じた、
「つかさに似ている」
という思いは、さらに強くなってくる。
なぜなら、消せない思いがある中でも、消えない印象なのだから、それは、相当なものであることは分かり切っているようなものだった。
彼女がなぜこちらを意識するのか分からなかったが、
「もうそんなことは、どうでもいい」
と思うようになった。
この思いは、
「徐々に膨れ上がってくる、自分の中の想いのたまもののようなものだった」
そのうちに、
「俺は、この人に会うために、今ここで存在しているのではないだろうか?」
とまで思うようになっていた。
話をするようになったのは、いつからだったのか、店で会うようになって、一度話しかけようと思ったが、勇気がなく断念したのだが、すぐに、その気持ちが解消され、今度は普通に話しかけることができたのだ。
普通であれば、一度勇気が出ずに、引き下がったのであれば、次の機会まで、しばらくかかるはずだ。
それは、まるで、
「賢者モード」
に近いのではないか?
と思ったのだ。
一度、自分の中で、絶頂の気分に達した時、それが成功してもしなくても、その後に訪れる倦怠感は、ハンパではない。
これは、女にはなく、男特有のものだった。
この性欲に関しては、
「男が圧倒的に損だよな」
と感じるものだった。
ただ、中には、この賢者モードをほとんど意識することもなく、快感を保ったまま、復活も結構早い人はいるだろう。
どちらかというと、板倉もそのタイプだった。
「ひょっとすると、つかさのおかげかも知れないな」
と思っていた。
実際に、彼は、女性というとつかさしか知らない。
いわゆる、
「素人童貞」
だったのだ。
つまりは、ゆかりとも、結局一度もしていなかった。そのことが、自分にとって、
「よかったのか、悪かったのか?」
どっちなのか、自分でも分からない。
「下手をすると、一度でもしていて、心の中に、そのゆかりとの快感が忘れられないでいたとすればどうだったのか?」
そんなことを考えると、複雑だった。
もう、二度と会うことのない人のことを考えても、仕方がないということは分かり切っているはずなのに、何か、板倉のなあで、どこかおかしな気分になっていたのだった。
「確か、ゆかりという女は、何かコンプレックスのようなものを抱いていたような気がするんだよな」
ということを思い出していた。
「そうだ、確か、ゆかりには姉がいて、姉と比較されることを嫌っているというようなことを言っていた」
のを思い出した気がした。
それが、どんなコンプレックスだったか、聴いたような気がするが、思い出せなかった。
すると、ゆかりのことを思い出しながらカクテルを呑んでいると、何か、鼻腔をくすぐるような感覚があった。
思わず、鼻がムズムズして、くしゃみが出てしまった。
すろと、一回だけでなく、何度も出るのだった。
「誰かが、板倉さんのことをウワサしているのかも知れませんよ?」
とマスターは言ったが、板倉は苦笑いをするしかなかった。
なぜなら、
「俺のウワサをするのが、ゆかりだったら、そのゆかりは、もうすでに、この世の人ではない」
ということなので、
「ありえない」
のであった。
というのは、
「揺るぎようのない事実」
ということであり、
「むしろ、ウワサをするのはこの自分で、ゆかりではない」
と言ってもいいだろう。
ただ、ウワサではなく、
「自分が抱えていた思い」
というものを、弾き出しているという感覚だったのだ。
そういえば、最近は、時々何か夢を見ていると思う時がある、
「夢を見た」
という感覚はあるのだが、目が覚めたその時には、
「どんな夢を見ていたというのだろう?」
ということを忘れてしまっているのだ。
というのは、
「夢は目が覚めるにしたがって忘れていくものだ」
という意識があるので、別に、いまさら驚くようなことではない。
だから、
「お約束」
と言ってもいいことなのだろうが、それよりも、
「その夢が怖い夢だということではない」
ということだった。
そして、思うこととして、
「そのうちに、覆い出せそうな気がする」
という、根拠のない感情であった。
一度見た夢で、起きてしまったことで忘れてしまう夢は、
「思い出すことはない」
と思っている。
というのは、
「思い出した夢」
というものは、
「いつ見た夢だったのか?」
という関連がまったく分からないからだと思っている。
それが、夢というものの、
「関連感覚」
と言えるのではないか?
と思っているのであって、見た夢が、印象が浅かったり、怖い夢にあらずの場合は、
「この関連感覚は、薄いのではないだろうか?」
と感じるのであった。
だから、
「ゆかりと一緒にいた時の印象が、今では完全に薄れてしまっている」
ということを思うと、
「俺は本当にゆかりのことが好きで付き合っていたのだろうか?」
とも思うのだ。
別れた原因は、ずっと、
「自然消滅だった」
と思っていたが、いまさら、ゆかりのことを考えると、
「それが、ウソだったのではないか?」