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洗脳と洗礼

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 とすぐに感じた。
 電流が走った」
 といっても、過言ではないだろう。
 少しずつ、浴衣がはだけた様子が見えていた。
「ゴクッ」
 と、思わず生唾を飲み込んだ。
 あまり飲んでいないが、酔いが一気に回ってきた気がした。
「これはヤバイ」
 あまり酒には強い方ではないと自覚をしている山岸は、酒に酔っているわけではなく、彼女に酔ってしまった。
 甘い香水の香りの、ほんのりと酔いが回っている彼女の身体から、少し、酸っぱい臭いがする。
 基本的に、酸っぱい臭いは苦手だったが、その臭いを感じたその時、自分の鼻が敏感になったかのようで、
「鼻が詰まっているはずなのに」
 と、酒が少しでも入ると、鼻の通りが悪くなることを分かっていながら、感じてくる匂いに、悪い気はしなかった。
「酸っぱい臭いと、甘い匂いが、混ざり合っている」
 というのを感じると、
「酔っていないと思っていた自分が、酔ってしまった」
 と感じたのだ。
「しまった。酔うはずではなかったのに」
 と、ここで酔ってしまうと、自分が、不利になるということを分かったのだろう。
「しょうがない、酔いを醒まさないと」
 と思い、彼女に、
「トイレに行ってくる」
 と告げて、まずはトイレに行き、その後、夜風にあたりに、一旦、宿の表に出たのだった。
 表は誰もおらず、ひときわ明るい部屋から、笑い声が聞こえる。さっきまでいた部屋からだった。
「さて、これで酔いは冷めるかな?」
 と、ベンチに座って、夜風に当たっていると、その夜風が、無性に気持ちいいではないか。
 すると、玄関から、誰か小柄な女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「山岸さん」
 といって寄ってくるではないか。
 正直。第一印象は、
「ただの驚き」
 だったのだが、次の瞬間には、
「喜び一色」
 に変わり、
「喜び」
 がいつの間にか、
「悦び」
 に変わっていたのだ。
「喜び」
 というと、気持ちの上で、うきうきしてきたりすることなのだろうが、
「悦び」
 になると、気持ちよりも身体が感応するということで、
「ドキドキ」
 に近いのかも知れない。
 酔い覚ましのために表に出てきたのに、また先ほどのもたれかかってくる身体の暖かさを思い出し、さらに、ドキドキが増してくるのだった。
「つかささん、どうしたですか?」
 苗字は、
「安藤」
 という名前であったが、その時にはすでに、
「つかささん」
 と呼ぶようになっていた。
 というのは、事務員の人は皆、敬意を表し手、
「つかささん」
 と呼んでいたことと、彼女の方から、
「年齢も近いし」
 ということで、
「つかささん」
 と会社で呼ぶことをまわりからの公認としても許されていた。
 しかし、社員旅行で、二人きりになって、口にすると、どうにも恥ずかしい。
 思わず、顔がほてってくるのを感じると、手で押さえてみたり、それだけでは気が済まず、顔を叩いて、ごまかそうとしているのであった。
「山岸さんは、私のことを気にしてくれているでしょう?」
 と言われ、いきなり核心を突かれたことに、ビックリしていると、
「そういえば、彼女のことで、聴いたウワサがあった」
 というのを思い出したのだった。
 それは、転勤してから、一週間くらい経った時のことだった。
 ちょうど、昼休みに、パートのおばさんたちと一緒に食事することになった。
 その時間ちょうど、事務員は、昼過ぎの一番忙しい時間であり、山岸は、午前の営業からちょうど帰ってきていた。
 他の営業の人は、表で食べてくる人が多いので、事務所でコンビニ弁当というのは、彼くらいだった。
 昼休みの時間ともなると、パートのおばさんの時間がほとんどだった。
 事務員さんは、もっと遅い時間になるのは、会社のシステムの関係上、
「仕方のないこと」
 ということだったのだ。
 それは、他の支店でも経験したことで、大体事務員は、
「午後二時過ぎくらい」
 というのが普通だった。
 その日、ちょうど一緒になったパートのおばさんたちから、
「山岸君は、安藤さんのこと、好きなんだろう?」
 といきなり言われた。
 そう、この土地の人は、思ったことをすぐに口にしないと気が済まないタイプなのだろう。
 つかさにいきなり核心を突かれた時に感じたのだった。
 だが、その時のおばさんたちは、
「いいことじゃない。おばさんたちが応援してあげよう」
 と、相当前のめりともいうべき状況になっていた。
 だが、そのうちに一人が、
「山岸君には言っておいた方がいいかも?」
 と一人が言い出すと、急にその場が少し重苦しい空気に包まれた。
 これが、知り合って半年以上くらいの相手であれば、
「どうしたんですか?」
 と気軽に聞けるのだが、まだ数日くらいしか経っていないので、すぐに聞けるというわけにもいかなかった。
 黙っていると、おばさんたちの間で、
「どうすればいいか」
 という、
「評定」
 が始まった。
「結論が出ない会議を、果てしなく行う」
 ということを、戦国時代に、秀吉が、小田原征伐の時に、小田原城に籠城した、
「後北条氏の家臣たち」
 が行った会議のことを表して、
「小田原評定」
 というのだそうだが、それを聴くと、
「まるで小田原評定のようだ」
 と思ったが、実際の結論は、すぐに出たのだった。
「とりあえず、耳に入れておいた方がいいいということなので、もしショックを感じたくないということだったり、自分で彼女に直接聞きたいというころであったら、言ってくれれば、私たちは何も言わない」
 ということであった。
 どうやら、おばさんたちは、山岸に、
「その結論をゆだねる」
 ということにしたのだった。
「いや、今聴いておきましょう」
 と思ったのは、
「彼女に聞く勇気はない」
 ということと、何よりも、
「すぐに知りたい」
 と感じたことであり、その理由のどちらも、
「男としては、どうなのだろう?」
 と感じることであった。
 だが、
「聞いておかないと、実際に話をした時、何かがあったということだけを聴いてしまった中途半端な状態であれば、何を話していいのか、分からなくなる」
 ということであった。
 そう思って、自分のその顔を見た時、おばさんたちは、
「ええ、分かりました。お話しましょう」
 ということで、お互いに、
「覚悟」
 というものが決まったのであった。
 おばさんたちは話始めた。
「実は、彼女、前にお付き合いをしていた人がいてね」
 ということであった。
「なるほど、それくらいなら、分かる気がする」
 と思った。そして次の言葉が、
「その相手というのは、この間までこの支店にいた人でね、結局転勤で、他の土地に行ったんだよ」
 ということであった。
 それを聴くと、何となく流れが分かった気がした。
 皆にも分かるような社内恋愛をしていて、
「何かの原因でうまくいかなくなり、ひょっとすると、会社の人に迷惑を掛けたか何かして、転勤になった」
 ということなのではなかっただろうか?
 それを考えると、
「なるほど、つかさに影があるというように感じたのも、無理のないことだったのかも知れないな」
 と感じた。
作品名:洗脳と洗礼 作家名:森本晃次