洗脳と洗礼
さらに、いろいろ妄想もしてみた。
「そっか、彼女は、恋愛をするのが下手なのかも知れないな」
とも思ったが、その男性のことも気になっていた。
お互いに不器用だけど、純粋な愛を育んでいたのだとすると、
「その男に、無性な嫉妬心を抱いたとしても、それは無理もないことである」
と思えてならないのだった。
「その人、どんな人だったんですか?」
と聞くと、
「真面目な人だったけど、真面目過ぎたのか、仕事と彼女の間で何か悩んでいたんじゃないかしらね」
ということだった。
「ああ、だから彼女は、そういう人を好きになったんだ」
と思うと、
「俺は、彼女にとって、どんな風に写っているんだろうか?」
と感じた。
ただ、その男性のことを直接知らないし、おばさんたちに聴いてもいいが、あくまでも、まわりから見ていた先入観だったりする。
それを思えば、
「余計なことを聴かない方がいいだろう」
と思っていたが、
「あの人、山岸君に、似ているところがあるわ」
と言い出したのだから、もう、聴かないわけにはいかなくなった。
完全に、前のめりになってしまい、聴く体勢が整ったといってもいいだろう。
「似ていたというと?」
と探りを入れるように訊ねたが、
「ハッキリとは分からないけど、全体的にそう感じるのよ」
あくまでも抽象的な答えだった。
そんな話を聴いたうえでの、つかさとの、
「二人きりの時間」
ということだったので、つかさに、今までの話を聴いたということを話しておいた方がいいのかどうか、普通であれば、思案することだろう。
しかし、山岸は、
「考える以前の問題」
だったのだ。
彼の性格からいけば、
「清廉潔白」
と言えばいいのか、
「隠し事は嫌いだ」
という性格の人間であり、隠し事をするくらいなら、
「最初から話を聴かない」
と思う方だった、
だが、
「清廉潔白だというのであれば、最初から聞かないのが正論ではないか?」
と聞かれるであろう、
しかし、聴いておきたかったのは、間違いのないことで、その理由は、
「話をしていいかどうかというような話があることをほのめかされていて、それを聴かないというのも、却って失礼な気がする」
というものだった。
これは、完全に
「山岸側の勝手な理由だ」
と言われればそれまでなのだが、そうなれば、自分が、つかさという女性に、どこまでお勘定を持っているかということい掛かってくる。
もう絶対に離したくないと思うのであれば、最初から、まったく聞かない方を選ぶだろう。
「話は、本人から聞く」
という考えで、そこまで真剣だということだ。
しかし、それ以外であれば、
「話を聴こう」
と思うだろう。
思ったその時の感覚で、
「どうでもいい相手」
と思うのであれば、最初から深入りしないように自分から、縁を切るという感覚になるだろう。
しかし、つかさい関しては、そこまではなかった。
むしろ、
「彼女の口からも弁明が聴きたい」
と思ったからで、その時、自分と性格的に合うのかどうかということを考えたところで、この先をそうするか、考えることにするであろう。
自分の中で、
「本当に好きでたまらない女」
あるいは、
「どうでもいい女」
それ以外の女性を考えるとすると、ほとんど、9割5分くらいまでにはなるだろう。
じゃあ、
「後はどっちが多いのか?」
と聞かれると、
「どうでもいい女」
の方が多いような気がする。
そんな女に限って、自分の方では、そんな女だということに気付かずに、結果としては騙されるということになるのではないか?」
と思うのだ。
「俺のことを騙す女」
そんな女も、今までには、何人もいたのだった。
騙すといってもいろいろある。
「親切心を踏みにじる」
「浮気をしていて、正当性を訴える」
「こちらを金ずるにする女」
といろいろであった。
つかさが、自分のところまで来てくれた時、
「つかささんは、誰かと以前お付き合いをされていたんですか?」
と聞くと、さすがに一瞬ビクッとしたつかさだったが、それを見て、山岸は少し嬉しかった。
「核心を突く質問で、相手が動揺してくれたということは、脈があるということだ」
ということであったが、次の瞬間には、別の意味で、少しビビったのだ。
「そのお話、誰かから聞かれたんですか?」
と聞いてくる。
この質問は、
「案の定」
ということであり、最初から分かっていたことだった。
その時に、
「ああ、聴いたよ」
と答えるのは、自分の中で確定したことだった。
「誰に聞いたの?」
と聞いてきたので、
「それは言えない」
と答えると、ちょっとションとしていたが、これも、分かってのことだろう。
しかし、相手としても、誰からの情報かということで、支店内の勢力分布が分かっているのであれば、対応の使用があるということであろう。と言えばいいのか、そのあたりも、計算するのが普通だろう。
「もうすでに駆け引きは始まっている」
と言ってもいいのだが、だからと言って、
「露骨に攻めるということはできるはずがない」
と言えるだろう。
彼女は結局は、意を決しなければいけない。
山岸が考えることとすれば、
「彼女は、正直に話すしかないはずだ」
と思った。
というのも、
「ここで、変な小細工をしても、すぐにバレることである」
ということだ。
その人の心情は別にして、事実関係だけは、
「動かしがたい事実なのだ」
ということである。
彼女は意を決したのか、話始めた。
「私が、入社して5年目目くらいのことだったかしら?」
という。
彼女は確か高卒で入社してきたのだから、入社年齢を18歳とすると、その5年後というと、23歳ということになる。
となると、その男とずっと付き合っていたのだとすると、
「4、5年の付き合い」
という計算になるだろう。
「この年数というと、結構なものではないか?」
と考えた。
彼女もおらずに、一人で過ごす期間と、彼女がいて、
「波乱万丈」
あるいは。
「ラブラブな期間」
どちらにしても、時間的にはかなり違っていたことだろう。
それに、おばさんたちの話を聴いている中江は、
「波乱万丈」
と言った方がよさそうだ。
と感じていた。
「だから、俺だったら、結構長かったような気がするのではないか?」
と、勝手に想像したのだった。
「別れたのが去年だというから、それからの数か月は、かなりの精神状態だっただろう。今でもまだしこりは残っているはずだ」
と感じていた。
「どこまで聞いたの?」
とつかさは聴くので、
「同じ会社の営業の人で、結局ごちゃごちゃあって、結局別れてしまい、彼は、別の支店に転勤になったと聞きました」
というと、
「そう」
と短く言って、つかさは、少し黙りこんでしまった。
何かを考えているのだろうが、それは、
「話を聴いたところまでを、思い出している」
というのか、
「その後の展開をどのように話せばいいのか?」
ということになるのか、正直、次に出てくる言葉の想像がつかなかった。