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自己バーナム

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 日下部が彼女の家に行くと、彼女は自分の部屋に引きこもって出てこない。
 母親はさすがに説得に向かうのだが、それでも、願として出てこない。
 リビングで、父親と差し向えで待っていると、次第に緊張していく。てっきり、歓迎されるかと思っていたところ、父親は、腕を組んで目を瞑ったままだったからだ。
「何だ、これは? 想像していたのと違うぞ」
 と感じ、まるで自分が、
「まな板の上の鯉状態」
 にあるということを、思い知らされたのだった。
 母親もさすがに娘の殻が硬いということを思い知ってか、階下に下りてきた。
「はぁ」
 といってため息をついているが、父親は、それでも微動だにしない。
 まるで分かっていたかのようではないか?
 それを考えると、
「俺はとんでもない勘違いをしているのではないか?」
 ということに、やっと気づいたといってもよかった。
 すると、急にこの場にいるのが、恐ろしくなり、
「消えてしまいたい」
 と思った。
 確かに、最初この家に来るのに、覚悟のようなものは決めていたつもりだった。
「もし万が一ということもあるからな」
 という思いであったが、そんなものは、本当の万が一であり、
「ただ、心の準備として、しておくだけでいいんだ」
 と思っていた。
 だが、事態は、その最悪の場面へとまっしぐらだったようで、まるで四面楚歌の状態に、一人で乗り込んでくるという、まるで、
「ドン・キホーテ」
 のようなものではないか?
 と考えさせられるのだった。
 そんな心の大きな変化だったが、まわりから見れば、
「そんなこと、分かりっこない」
 と感じていた。
 しかし、やはり、この緊張の糸に張り詰められたこの場面で、気付かれないわけはないだろう。
「四面楚歌だ」
 と思った瞬間、さっきまで、微動だにしなかった義父が、
「ピクリ」
 と動いたような気がした。
「娘は、君にも分かっていると思うが、こうと決めたら動かないところがあるからな。それは私たち親であっても、どうすることもできないことも往々にしてあった」
 と言い出した。
 日下部は、
「えっ? 何をこの場面で?」
 と感じた。
 まさか、想像もしていなかったことだからだ。
 もし、彼女がすぐに帰らないとしても、まずは何があったのかを聴かれると思っていたからである。
 きっと、彼女は、
「両親には、自分の気持ちを話している」
 と感じたからで、そうなると、もし、離婚することになるとしても、片方だけの話を聴いていては、
「片手落ち」
 ということで、
「こちらの言い分も聞いたうえで、二人から事情を聴こうというのが、普通なのではないだろうか?」
 と考えていた。
 それが、順当な離婚を切り出した二人に対しての対応だと思っていて、
「ここの両親は、それくらいのことはできる」
 と思っていたのだった。
 そう思っていただけに、こちらの話を聴こうという意思がないことは、最初からまったく想像と違っていて、自分でもビックリしたのだ。
 それを思うと、
「一体、どういうことなのか?」
 という戸惑いと、
 もうすでに、
「説得できる段階を過ぎてしまったのではないか?」
 と思うと、今度は腹が立ってきた。
「俺の知らないところで勝手に離婚を決意し、勝手に突っ走ってしまって、当の本人である俺を置き去りにしておいて、娘は頑固だからとでも言わんばかりの態度には、ほとほと怒りを通り越して、呆れた気分にさせられた」
 といってもいいだろう。
「真一くんは、娘の性格は分かっていると思うが、どうだね?」
 という。
 真一は戸惑ってしまった。
「この質問は何なのだ? 額面通り、娘の性格を分かっているのか? ということで、遠回しに、離婚の理由を聴きたい」
 ということを考えているのか? それとも、
「原因が何であれ、もう何もかもが手遅れだ」
 と言いたいのかが、その段階では判断ができなかった。
 日下部は、この期に及んでも、離婚の理由が分からない。
 しいていえば、
「分からないということが、彼女には許せないのかも知れない」
 とも考えた。
「離婚を思いつくまでに、徐々にストレスのような鬱積したものが溜まっていたのかも知れない」
 つまりは、
「時間をかけて積み重ねてきたものがあるのを、旦那はその状態になるまで、考えようともしてくれない」
 と思っていたのかも知れない。
 しかし、旦那の方とすれば、
「何も言ってくれないのだから、分かるはずもない」
 と思っているのだろう。
 奥さんの方からすれば、
「こっちが、一生懸命に考えているのだから、あなたも、そのつもりで考えてよ」
 と思っているのだろうし、旦那の方からすれば、
「話してくれないと、分かるはずないじゃないか?」
 という考えでいるところから、まったく走っている線路が違っていたのだ。
「じゃあ、これは平行線なのか?」
 ということである。
 少しでも近づいていれば、
「どこかでまた、元通りになる」
 と旦那の方は思うのだが、奥さんの方は、そうでもないのだ。
 これは、学生の頃、彼女と別れてから、割り切れるようになった頃になってその友達が言っていたことであったが、
「オンナというのは。何かに思い悩む時は、なるべくまわりに知られないように悩むもので、実際に別れを切り出した時には、もうその覚悟は決まっている場合が多いのではないか?」
 ということを言っていた。
 男というのは、そういう女性に対して、
「何かあれば、話してくれるだろう」
 というポジティブにしか考えられないのだ。
「何も言わずに、苦しんでいる」
 ということすら分かっていないのだ。
 女の方とすれば、
「私がこんなに苦しんでいるのに、声をかけてもくれない」
 と、さらに感じることで、旦那との距離がさらに遠くなってしまうということを感じることだろう。
 しかも、奥さんの方からすれば、
「旦那の考えていることなど、手に取るように分かる」
 と思っているに違いない。
 そう思うから、割り切ることができるのであり、その時には、
「離婚」
 ということに、決意は決まっているのだった。
 実際に離婚を決意したことで、実家に戻ってくる。旦那に対しては、
「離婚を考えている」
 ということと、
「実家に帰る」
 ということを書いた手紙を、テーブルの上に置いて、さっさと帰ってしまったのだ。
 実家までは、すぐだったので、実家に帰るくらい、実に簡単なことだった。二人の実家の近くにわざと住んだのは、お互いに、
「両親を安心させたい」
 という思いと、
「同居できないのをこういう形で正当化しよう」
 という言い訳に近い形だったのだ。
 実際に、両方の実家には、よく遊びに行っていた。
「どちらの家にも公平に」
 というのは、当たり前のことで、
 ただ、奥さんの方は、
「母親が、少し通風の気があるので」
 ということで、奥さんの予定が空いている時に、実家に顔を出すということがあったくらいである。
 そういう意味では、それぞれの実家や、親に対しては問題なくやっていた。
 奥さんは、日下部の実家でも、喜ばれていたし、日下部の方も、女房の実家にいくと、喜んでもてなしてくれたものだった。
作品名:自己バーナム 作家名:森本晃次