記憶喪失の悲劇
「しかし、黙っておいて、本当にどうすることもできないというところまで来てしまうと、それこそ、確信犯を疑われる」
ということを考えなかったというのか?
それよりも、確信犯ということが、
「さらにどれほど、まわりに与える影響が大きいかということが分かっていない」
ということで、何倍も結果が悪くなるということに、なぜ、誰も気付かないということであろうか?
実際に、バブルが弾けたことで、それまで、
「神話」
と言われていたものが、ことごとく壊れてしまった。
特に、
「銀行は絶対に潰れない」
という、
「銀行不敗神話」
があったではないか。
普通に考えれば、最初に潰れるのが分かりそうなものだが、それが分かっていないからこそ、
「銀行が潰れさえしなければ、何とでもなる」
とばかりに、
「銀行不敗神話」
というのは、
「最後の切り札」
だったといっても過言ではない。
だからこそ、確信犯になることはないと感じたに違いない。
そんな時代において、
「バブルが弾けたことで、世の中の理不尽さを知った」
と言っていたのが、自分たちの親世代だったのだ。
今年、33歳になる、
「山本三十郎」
という男がいた。
「三十郎なんて名前恰好悪い」
と子供の頃にごねていたが、話を聴いてみれば、
「新選組の、七番対組長の谷三十郎をリスペクトしたんだよ」
と言っていたことで、
「新選組」
という格好いい集団がいるということだけは、マンガやアニメなどで診ていたりした。
しかも、学校で習う歴史の中で、
「新選組」
という孫座は、それほど有名ではない。
なぜかというと、
「徳川幕府側で、歴史から消えていった」
ということだったからだった。
どうしても、当時は、明治政府を立ち上げた。薩長などの、いわゆる、
「維新の志士」
と呼ばれる連中が評価が高かった。
特に新選組というと、
「新しい時代に対して、古い体制に戻そうとする連中」
ということで、あまりよくは言われない。
しかし、日本人には、
「判官びいき」
というものがある。
兄の頼朝に疎まがれて、
「平家を倒した英雄」
であるはずなのに、
「朝廷から勝手に官位を貰った」
ということで、頼朝に疎まれた、弟の義経。彼が、
「判官」
だったことで、
「判官びいき」
と言われるのだ。
だから、その後、
「弱いもの、活躍したにも関わらず、理不尽に負けて行ったりしたものを、日本人特有の同情心、弱い者を愛でるという感情から、出てきた言葉が、この、「判官びいき」という言葉だったのだ」
ということである。
そういう意味での、
「判官びいき」
は、
「赤穂浪士」
であり、
「新選組」
であった。
新選組は、幕末の、
「尊王攘夷」
という運動から、
「尊王倒幕」
に変わることで、
「幕府を倒す倒幕ということによって、新政府が新しい政府として、国民に支持される必要があったのは、それだけ、当時の日本という国は、まわりで欧米列強に。侵略をうけている東南アジア諸国を目の当たりにし、このままではダメだと思ったことで、より強固な政府を印象付けるため、幕府を倒す必要があったのだろう」
この煽りを食ったのが、新鮮組を始めとする、
「旧幕府軍」
彼らとすれば、
「どうせこのまま新政府になってしまうと、結局、自分たちは処刑されるか、まともには生きていけない」
と考えたからだろう。
そんな時代の中を逆行するような集団が、
「新選組」
だったのだ。
元々は、幕府から将軍が上洛するということで、
「将軍警護」
の名のもとに、大使が募られた。
別に武士である必要はないということで、結成当初メンバーのいわゆる、
「試衛館組」
と言われる人たちが、浪士組に参加したのだが、実は、最初に画策した人は、隊士たちを、
「朝廷の手先の軍」
として、朝廷に差し出す形が整っていた。
他の隊士は、
「ここまで来て、どこからも召し抱えがなければ、自分たちは路頭に迷う」
ということで、幹部のいうことを聴くことにしたが、試衛館一派と、水戸組と言われる人たちは独立して、当初の目的通り、
「将軍の警護」
に当たったのだ。
要するに、彼らは、
「武士よりも武士らしい集団」
ということだった。
そんな中、戒律のようなものを、副長の土方歳三が作った。
「局中法度」
と呼ばれるものだが、基本的に、
「武士道に背けば、切腹」
というものだった。
それに伴って、それを破った人間が、何人も切腹ということになった。
総長と呼ばれた、
「山南敬助」
を始めとして、切腹を余儀なくされた。
その中に、
「七番隊隊長」
としての、谷三十郎も入っていた。
そういう意味では、あまり目立たないのだが、一定数の固定ファンもいる。父親もそうだったのだろう。
そんな山本三十郎だったが、彼が家への道を急いでいる時、ちょうど、住宅街の近くを通り掛かった時、マンションの一つの脇から、黒いものが動いているのが見えた。
それは、ビルのコンクリートの壁に映った、
「影」
であり、
最初は、グレーのイメージだったが、次第に色が濃くなってくるのを感じると、もう、視線を逸らすことができなくなっていたのだ。
「どうしたんだろう?」
と、三十郎は、気になって、そばに寄ってみた。
すると、
「うーん」
という呻き声が聞こえた。
どこかハスキーではあったが、明らかに女性の声だった。鼻に抜けるようなその声は、どう解釈すればいいのか>
最初は、
「寝ているのだろうか?」
と思った。
寝ているのであれば、
「酒に酔っての酔っ払い?」
さすがにそれだけは、勘弁だと思った。
酒を飲むことを嗜まない三十郎とすれば、いくら相手が女性であっても御免被る。特に女性だとすれば、余計に、
「いい加減にしてくれ」
と、言いたくなるほどであった。
呼吸音だとしても、少し不規則になっているようで、ところどころ、呻き声のようにも聞こえる。
「これは何かに苦しんでいるのかな?」
と思ったが、
「事と次第では、救急車、さらには、警察への連絡もひつようかな?」
と思ったようだが、それは後になって感じたことで、その時、どこまで感じたのかどうか、正直すぐには思い出せなかったのだ。
とにかく近づいてみると、その人は、身体を丸めて、屈みこむように胸を抑えて苦しんでいた。
「大丈夫ですか?」
と、その瞬間を見れば、さすがにビックリして、思わず、背中をさすっていた。
下手をすれば、セクハラになりかねないが、そんなことを言っている場合ではない。相手も、それどころではないようで、横に座って、背中を撫でていると、その表情が見えたが、顔色は真っ赤になっていた。
かなりの痛みをこらえているのは間違いないようだ。
「救急車、呼びましょうか?」
というと、
「あ、いいえ、薬を飲めば楽になるのですが、そこのカバンに薬と水が入っているので、取っていただけますか?」
と言われて、よくみると、彼女の少し前にトートバッグのようなものがあり、それが、倒れて、半分中からはみ出しているような感じだった。