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未来への警鐘

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「さて、どうしようか?」
 ということを考えたが、どう考えても、行き着く先は一つしかなかったのである。
「この人を、家に連れて帰るということ」
 だったのだ。
 もちろん、
「自分の家に帰る」
 というのであれば、止める理由もないのだが、この男を見ている限り、
「家に帰る」
 とはいうようには、どうしても思えなかった。
 根拠があるわけではないが、そう思うだけだった。
 男の呼吸が整ってきて、公園の薄明かりの中ではあるが、明らかに顔色もよくなってきているのを思うと
「だいぶ、回復してきたんだわ」
 ということが分かってきたのだった。
「大丈夫ですか?」
 何度となく、口から出てきた言葉だが、この時の言葉には、自分でも重みがある気がしたのだ。
「うん、だいぶ楽になってきたので、大丈夫なようです」
 と、自分の口から、初めて、
「自分の様子」
 を語ることができたのだった。
「もう少しだけここにいて、どうしますか?」
 と聞くと、
「このまま、ここにいます」
 というので、治子は間髪入れずに、
「じゃあ、私の家に」
 とまくしたてるように言った。
 ただでさえ、答えを出す暇も与えないというほどだったのだが、男も最初から、
「あわやくば」
 と思っていたのかも知れない。
「ええ、分かりました」
 と、二つ返事で答えたのだった。
 治子は、もう完全に安心しきっていた。そう思って、男を見ると、その美しさに自分が魅了されていくようだ。
 最近のアイドルであったり、モデルなどのような、どこかチャラさを感じさせる青年ではなく、
「昭和の格好よさ」
 というのがあるとすれば、
「こういう人のことをいうんだろうな」
 と、治子は感じていた。
「私にとって、相和は、憧れなのよね」
 と思っていた。
 大学時代には、
「昭和史研究会」
 というサークルに所属して、昭和という、
「古き良き時代」
 をリスペクトしていたのだ。
 もっとも、彼女が昭和に興味を持ったのは、
「最初の20数年が、大日本帝国という立憲君主の国であり、そこから先が、米国による民主国家としての日本国」
 という、まったく正反対の国家体制が築かれていたということであった。
 そんな時代背景を考えると、治子は、
「どっちの昭和が好きなのか?」
 と聞かれると、
「答えに困る」
 という。
 しかし、
「じゃあ、どっちの昭和に造詣が深い」
 と聞かれると、
「戦前戦後くらいの時代かしら?」
 と答えるのだった。
「それは、どうして?」
 と聞くと、
「その時代の探偵小説が好きなのよ」
 というのだった。
 探偵小説というのは、今でいう、
「推理小説」
 であったり、
「ミステリー小説」
 と呼ばれるものであった。
「特に私は、そんな時代の本格探偵小説が好きなの」
 というではないか?
「本格派というと?」
 と聞くと、
「探偵小説には、本格派と、変格派という考え方があるのよね? 正式に分類化されているわけではないけど、業界で言われている用語とでもいうのかしら。それで、変格派というのは、猟奇犯罪であったり、耽美主義であったり、変質的な犯罪や心理を描いたものなのよ。その中には、SMも入ってきたりして、性的傾向もあるといってもいいかも知れないわね」
 という。
「ふむふむ」
「そして、本格派というのは、今の推理小説のように、トリックや、犯罪ストーリー、探偵による謎解きの巧妙さなどで勝負する小説ね。私はこの本格派が好きなの。それも、今の推理小説ではなく、この時代の探偵小説ね」
 というのだ。
「どうしてなの?」
 と聞かれると、
「今と時代がまったく違っているでしょう? 国家体制も世界情勢も、人々の考え方もまったく違う。当然、目に飛び込んでくる光景も、まったく違うわけで、もっといえば、家や街一つ取っても、まったく違った世界ということよね?」
 というではないか。
「なるほど、その時代の本格探偵小説が好きなんだね?」
 と聞くと、
「ええ、そうよ。あの時代は、探偵小説の黎明期ではあったんだけど、今につながるものが、グッと凝縮されているのよ。それを思うと、すごく貴重な時代だといえるのかも知れないわね」
 という。
「どういうところが?」
 と聞くと、
「あの時代でも、トリックと呼ばれるものは、ほとんど出尽くしていると言われているのよ。だから、後はバリエーションの問題だというんだけどね。あの時代は、バリエーションを利かせられるほど、裕福な時代ではないんですよ。ただ、私たちが想像する分には、いくらでも、古い時代を想像し、妄想だってできるんです。それを思うと、まるで、何が出てくるか分からない、ビックリ箱、いや、見方を変えると、そこにあるのは、宝石箱なのかも知れないと思うのよ」
 というのだった。
 彼女に言われて、その時代の探偵小説を読んだ友達は、
「なるほど、治子の言っていることに間違いないわね」
 といって感心したのだった。
私もね、探偵小説に憧れて、何本かミステリーを書いてみたことがあったのよ。でもね、結局は読む分には、想像できる時代背景も、自分が書こうと思って想像すると、その時代はどうしても書けない。昔に生きていれば、想像でいいんだけど、今の時代から思い起こそうとすると、創造になってしまう。これが決定的な違いなのかも知れないわね」
 というのだった。
 結局治子は、想像しかできず、現代推理小説を書くしかなかったのだ。
 それでも、彼女の書く小説というのは、そこそこの評価を受けていた。
 もちろん、素人の集まりの中でのことだが、別にプロになろうとか、本を出したいとかいうような、
「野望」
 を持っているわけではないので、別に意識することもなかった。
 それでも、評価してくれる人がいるのは嬉しいことで、
「この人の作品は、どこか、ノルマルでないところがある」
 というのだ。
 知らない人が聴いたら、
「ディスられている」
 と感じることだろう。
 しかし、ディスられているくらいの方が、評価としてはレベルが高いといってもいいだろう。
 それだけ、彼女の小説は、
「捉えどころがない」
 というところで、ミステリー界隈の誉め言葉としては、結構いいことなのではないだろうか?
 当時の探偵小説の本格派は、探偵の謎解きと、トリックに特化しているといってもいい。そこに、サスペンスタッチを入れたり、恋愛を放り込んでくる作家もいるが、それは異色だった。
 特に、昔から、
「探偵小説と恋愛ものは、あまり相性がよくない」
 というようなことを言われていたが、まさにそうだったに違いない。
 しかし、治子が尊敬する探偵小説作家というのは、そういうタブー的なことを平気ですう人で、
「探偵と、元は犯罪計画を企んでいた連中の娘として育った女性が、いずれ結婚するという話を書いたりしていた」
 というのだ。
 そんなところが、彼女を魅了し、彼女だけでなく、大衆の心を掴んでいたのだろう。
 当時としても、探偵小説界の第一人者で、今では、
「レジェンド」
 といってもいい存在である。
 日本では、
「三大探偵小説作家
作品名:未来への警鐘 作家名:森本晃次