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未来への警鐘

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 ただ、その様子は、あくまでも、苦しそうな雰囲気ではあるが、その様子は、決して大げさというわけでもなさそうだった。
 だが、おもむろにカバンから薬を取り出して、苦しみながらも、そそくさと薬を用意して、持ってきてくれた水と一緒に、薬を喉に流し込んでいるのだった。
 その薬がどのようなものなのか、想像もつかなかったが、
「発作が起きた」
 ということであれば、いつも特効薬という形で、発作が起こった時に飲む薬を用意していたとしても、不思議のないことであった。
 何種類かの薬を、白いプラスチックケースの中に入れて、一回分ということで、いざという時に持っていたのだろう。
 それを思うと、水をまず用意したというのは、
「正解だった」
 ということであろう。
 男が、起こしている発作について、治子も、まったく発作に関しては知識がないわけではなかった。
 自分も、たまに発作を起こしたことがあったのだ。
「パニック障害」
 のようなものだったと思うが、吸入の機械を持っていて、薬を入れて飲む形のものだ。
「癲癇のような発作も起こすかも知れない」
 と医者から言われて、持っているのだが、今のところ、発作が出ることはなかったのだ。
 その発作を、いかに問題とするかということは、医者から言われたこととして、
「病院では、治せないものかも知れない」
 と言われた。
「どういうことですか?」
 というと、
「あなたの病気は、恋愛依存症のようなところがあるように思えるんですよ。誰か好きな人がいて、その人を忘れられないというトラウマがあるんじゃないでしょうか?」
 と言われたのだ。
「恋愛依存症ですか? よく聞くんですが、私のは、何か違うんですか?」
 と聞くと、
「あなたの場合は、何かトラウマのようなものがあって、誰か男性に頼りたいという気持ちがあるんだけど、最後の一線を越える時には、何か越えられない何かの結界があって、そのために、そこで苦しむことになるんですよ」
 と言われたのだ。
「どういうことでしょう?」
 と聞くと、
「ここまで話をして分からないということは、あなたの中で、我々が知らないだけではなく、あなたの中で思い出したくないことがあって、それが、男性によるものではないかと思うんです、だけど、あなたの男性への依存症は、恋愛とは少し違うかと思うのですが、何が一番近いのかということになると、恋愛症候群に近いというように思えてくるんですよ」
 と先生はいうのだった。
 治子は、思い出そうとするのだが、なるほど、先生のいうように、思い出そうとすると、思い出せそうな気がするくせに、それ以上が思い出せないのだ。
「私は、何か、男性の怖い部分と、頼れる部分の両面を知っていて、そのどっちも経験しているので、それが怖くて思い出せないんでしょうか?」
 と先生に聞くと、
「それよりも、もっと深い何かがあるような気がするんですけどね」
 と先生は言ったが、その時は言及しなかった。
 しかし、これは後になって分ったことであったが、先生の言いたかったことは、
「それぞれの極端な面を持った男性であるが、実は、同じ人間だったのではないか?」
 ということであった。
 しかし、
「それだけではないような気がするのは、さらに何かまだ感じるものがあったということなのだろうか?」
 これも考えてみると、時間が経ってくるうちに、思い出していくのだった。
「いや、思い出したというよりも、自分で分かってきたのかも知れない」
 と感じた。
 まったく違った両極端な性格を持った人間であるが、それが実は、
「同じ人間だったのではないか?」
 ということである。
 まるで、
「ジキルとハイド」
 のような性格であり、
 その性格が、どのように、展開したのかというのは憶えていないが、一人は、
「恐怖を感じる、恐喝的な態度」
 というものと、もう一つは、
「一緒にいるだけで、慕いたくなる気持ちが溢れてきて、何も言葉が出なくても、幸福な気持ちになれる」
 というような、両極端な性格であった。
 それは、同じ人物の中に醸し出されるものだということになれば、いかに対応すればいいかということを考えて、
「私の中のジキルとハイド」
 というものを、治子も見てしまったのではないか?
 と思うのだ。
 治子は、時々、
「自分が、夢遊病のように、記憶がないのに、どこかに行ってしまっている」
 ということを感じることがあった。
 もちろん、家の中でのことであるが、そんなに広い家でもないはずなのに、とても広い家を創造しているようで、そこに、まったく正反対の自分という性格がよどんでいて、片方の自分が、もう一人を感じると、もう一人は、その中で、よどんだものを感じてしまい、前を見て歩いているつもりでも、
「そこか、吊り橋の上にいて、どっちの方向を向いていたとしても、見えている距離は変わりがない」
 という風に見えるのだった。
 吊り橋の上の見えているものは、
「来た方向と目指す方向で、ちょうど真ん中にいるというのが、前述のような発想から、前に戻る」
 という風に考えるのだった。
 救急車を拒否した男だったが、その苦しさを見ると、相当きつそうに感じられ、
「何をどうすればいいのか?」
 ということを考えた。
 まずは、水を飲ませ、携帯している薬を飲んで、少し落ち着く。その間、自分がついているしかないということを治子は分かっていた。しかし、今の様子で、本当に楽になってくるのかは、疑問符がついたのだ。
「大丈夫ですか?」
 と、時々声をかける。
「ええ」
 というくらいに返事できるまで回復はしていた。
「言葉が出てくれば大丈夫か」
 と、治子は感じたが、まさにその通りであった。
「ううっ」
 と、時々、嗚咽のような痙攣もしていた。
「心臓病だとすれば、少しおかしいな」
 と、治子は感じた。
 ただ、男は、嗚咽はするが、何かを吐き出すようなことはなかった。
 もっとも、そうなれば、さすがに救急車を呼ぶくらいのことはしないと、いけないに違いなかった。
 だが、
「本当に大丈夫なのだろうか?」
 という思いが頭を巡っていて、
「その場を立ち去ることができない」
 という思いと同じで、この途方に暮れそうな時間経過を、どうやって過ごせばいいのかということを考えるのであった。
 どれくらいの時間が経ったのか、見当がつかないまま、ふと時計を見ると、午後9時半を回っているということで、ここに、
「少なくとも、30分以上はいる」
 ということになるのだろうと、感じたのだった。
 夜もどんどん更けてくると、同じ夜の同じ場所でも、時間によって、雰囲気が変わってくることに初めて気づいた。
 最初にこの公園に来た時よりも、今の方が、明らかに、
「夜が更けてきた」
 ということを感じるのだ。
「同じ場所にずっといると、まわりに慣れてくるから」
 というのもあるのだろうが、果たしてそれだけのことだろうか?
 男の呼吸がだいぶ収まってきた。ただ、このまま放っておくと、眠ってしまいそうな気がしたのだ。
 いくら暖かくなってきたからといって、苦しんでいた人を、このままここで寝かせておくわけにはいかない。
作品名:未来への警鐘 作家名:森本晃次