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未来への警鐘

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 ということを思い出していた。
 今年、30歳になる治子であったが、まさか処女ということはない。初体験は、さほど早かったわけではなく、大学生の一年生の頃だった。
「遅かったというわけでも、早かったというわけでもない普通の時期だった」
 と思っていた。
 感想としては、
「ああ、こんなものなのか?」
 というものであった。
 高校の頃から、興味はあり、クラスメイトの話に聞き耳を立てていると、どうやら、気持ちのいいものだということだ。
 そのことを意識していたのだが、実際に男に抱かれてみると、それほど気持ちよかったという気がしなかった。
 ただ、人がいうほどの、痛みがあったわけではなかったので、それはよかったのだが、それだけに、感想は、
「こんなものなのか?」
 ということだったのだ。
 実際に、
「私が嫌だったということはなかったわけだろうが、相手の男は、かなり萎えていたようだった」
 とも思っている。
 本当であれば、
「あなたが、下手だったのでは?」
 といってもいいレベルだったのだろうが、それは言えなかった。
 経験もないくせに、いろいろ経験しているかのように思われるのは、嫌だったからだといえるだろう。
 だから、それから、しばらくセックスをしたくないと思ったし、実際にする機会にも恵まれなかった。
 しかし、
「もういいだろう」
 と思ったのが、大学三年生の頃だった。
 今度は一年先輩を自分から誘惑してみたのだ。
「先輩が放っておけば、すぐに卒業してしまう」
 ということで、思い切ったことだとは思ったが、治子は一世一代のつもりで、先輩にアクションをかけた。
「どうしたんだ? 豊島君、いつもの君ではないみたいじゃないか?」
 と先輩はたじろいでいる。
 その様子を見ていると、
「私を奪って」
 という、何とも大胆な言葉が口から洩れていた。
 先輩は、本当にたじろいでいて、たじろがれるほどに、治子は自分が興奮してくるのを感じた。
「絶対に先輩に抱かれたい。そうじゃないと、このまま私はどうなってしまうのか、分かったものでもない」
 ということであり、
「こんな自分がまさか?」
 と思いながらも、
「これが私の正体なのだろうか?」
 ということを考えるしかなかったのだ。
 これが、治子の正体だといってもいいのではないかと思うのだった。
 男は、治子の肌に指を合わせてくる。
 特に腕から、腰に掛けてのラインを指でなぞられると、身体が、ビクンと反応するのであった。
「気持ちいい」
 言葉が吐息とともに溢れてくる。
 そして、その吐息には、湿気を帯びた感覚があり、少しハスキーとなったその声に、男も興奮しているようだった。
「この人も私と同じように、血液が逆流し、ある一点に流れ込み、そこでは、ドックンドックンと脈打っているに違いない」
 と感じたのだ。
 その時、初めて、
「合体した感覚を覚えた」
 いや、
「覚えたというよりも、思いだした」
 と言った方がいいかも知れない。
「これが、本当の私なのかしら?」
 と感じると、快感に身を任せている自分だったはずなのに、、男を求めているのも、感じた。
 しかし、それはあくまでも、自分が感じていることではなかったはずだ。
 それを思うと、この男は、自分が、どうなってきているのかということが分からなくなってきているようだった。
「相手の男も同じかも知れない」
 と、治子は感じた。
「私って、こんなに相手を求めるような女だったのかしら?」
 と感じる。
「ええ、そうよ、そうだったのよ」
 とどこかから声が聞こえる。
「誰?」
 と聴いても相手は何も言わない。
 その時は、その言葉だけだったのだ。
 その声が遠ざかっていくのを感じると、それと同時に、男性の体臭が、鼻を突いた。
「ツーン」
 という臭いがしたかと思うと、普段であれば、吐き気を催すかのような臭いに、自分が酔っているのだった。
「ああ」
 思わず、声が漏れている。女の身体に覆いかぶさる男の姿、いや、背中を見詰めているのは、以前から好きだと思っていた治子は、自分の発想で、まさにその雰囲気を味わっているかのようだった。
 無意識に、妄想している自分を想像すると、本当に、
「自分が自分ではない」
 ということが感じられるようであった。
 明らかに何かのスイッチが入っていた。忘れていた何かを思い出したような気がする。男は完全に興奮していて、息遣いもハンパなかった。
「はぁはぁ」
 その声のテンポが機械的に聞こえれば聞こえるほど、そのいやらしさがこみあげてくる。
「感情のない。機械のような動作」
 そこには、本能に身を任せるという動物による、
「性の営み」
 を感じさせる。
「動物たちのセックスって、愛情を感じてしているんだろうか?」
 と頭の中で考える。
 もちろん、知能のランクによるのだろうが、
「愛情を感じないと、セックスができない」
 などと言っている人間とは違うのだろう。
 そういう意味で、
「動物には、人間のような嫉妬の気持ちというものがあるのだろうか?」
 と思うのだ。
 なるほど、確かに、
「理性」
 あるいは、
「嫉妬心」
 さらには、
「羞恥心」
 などというような、性的な神経があるから、人間には、
「愛情というものがないと、セックスはできない」
 などと言われるのだ。
 だが、果たしてそうだろうか?
 人間に限らず、セックスをする意義として共通していることは、
「種の保存」
 である。
「子孫繁栄」
 のために、子供を未来に繋いでいくための行為がセックスなのだ。
 人間には、そのために愛情という、
「足枷」
 がある。
 前述のように、
「愛情というものがないと、セックスはできない」
 ということになれば、愛情を持つことのできない人間がいれば、その人の家系はそこで途絶えてしまうことになるだろう。
 基本的に、そんな理由で家が途絶えたという話は少なくとも聞いたことはない。理性や羞恥心のために、セックスができずに、家が途絶えたなどといえば、誰も同情はしてくれない。
「そんな精神だから、子孫ができないのなら、そんな家は滅んでしまえばいい」
 というくらいではないだろうか?
 もっとも、戦前までであれば、それでも、何とかして、養子縁組をしてでも、家の存続を考えるだろう。江戸時代のように、幕府から因縁を吹っ掛けられ、改易という取り潰しにあったところも、無数にあった。それなのに、
「セックスができない」
 などというのは、ある意味、甘えているとしか思われないではないだろうか。それこそ、
「ご先祖様に申し訳が立たない」
 と言ってもいいだろう。
 治子は、臭いを嗅ぎながら、自分がこの臭いをマジで好きだったということを思い出していた。
「この臭い、懐かしい」
 と感じたからだ。
 懐かしさもあるが、
「臭いというものが、こんなに香ばしく感じられるものなのか?」
 ということを感じたのだ。
 その臭いの正体が何なのかというのは、今までの治子であれば、吐き気を催してきたのだっただけに、
「私は、どうなってしまったのだろう?」
 とも感じたのだ。
作品名:未来への警鐘 作家名:森本晃次