未来への警鐘
ゆっくり聞いてやろうと思い、何も言わずに自由に喋らせようと思った。
「いやぁ、あの時は楽しかったじゃないか、久しぶりにあんなに乗りのいい子に出会ったと思ったくらいだったよ」
という。
「あの、誰かと勘違いしているんじゃありませんか?」
と言葉では言ったが、
「治子」
などという名前、偶然でもそんなに当たるわけもなく、いっては見たものの、この男が自分を知っていることは当たり前だと感じたのだった。
「いやいや勘違いなんかしてるわけないよ。豊島治子さんだよな?」
というではないか?
治子はビックリした。
「私が、他人にこんなに簡単に名前を教えるなんて。いや、ひょっとすると、学生時代か何かの知り合いで、その人が私に声をかけてきたということなのかも知れない」
とも思ったが、学生時代の頃の面影が残っているとも思えない。
それでも、治子の名前を出すのだとすれば、
「一度どこかで再会した」
ということになるのだろう。
「私をどうして知っているんですか?」
と聞くと、
「嫌だなぁ、覚えていないのかい? 半年くらい前に知り合って、仲良くなったじゃないか?」
と言われ、
「半年前というと、ちょうど、一時的な記憶喪失だった時代」
ということを感じたが、それにしても、もう一つ感じた疑問をぶつけてみた。
「仲良かったというわりに、それからすぐに音沙汰なしになったんですか?」
と、治子がいうと、男は。今度はキョトンとして、
「何言ってるんだよ。あの時のお前が言い出したんじゃないか? 後腐れなしの、これっきりにしようって、でも、半年経ってまた再会した時は、もう一度最初からねと言ったのは、君だったじゃないか」
というのだった。
「えっ? 私が?」
と聞くと、
「ああ、そうだよ。どうしたんだい? 記憶喪失じゃあるまいし」
と言われるので、
「実は」
といって、一時的な記憶喪失だということを話した。
そして、
「その時の私って、どういう感じだったんですか?」
と聞くと、
「ああ、君は実にアッサリとした性格で、竹を割ったようなところがあったので、気軽につき合えたさ。だから、その時の君のまわりには、たくさんの男の影が見えたり消えたりしていたのだ」
というのだった。
「ああ、そうだったんだ。私にはそこまでの記憶がないんですよ。どうしちゃったのかしら?」
というと、
「僕も君のような女性が初めてだったから、正直、嵌ってしまったような気がしたくらいさ」
というので。
「そんなに私は印象深かった?」
と聞くと。
「ああ、君はアッサリのところもあるんだけど、それ以上に素敵なところがあったのさ。何よりも、一緒にいて楽しかったというのが、本音かな」
とは言っているが、
「まだ何かを隠している」
というところがあった。
このままなら、彼の知っている自分にならないと、彼は教えてくれないというような気がしたのだ。
不本意でがあったが、自分のことを教えてもらわなければいけない手前、彼の言う通りの男になろうという覚悟を固めてた。
「私って、そんな羞恥な女だったということかしら?」
と聞いてみると、その言葉を発した自分の身体に電流が走ったかのような気がしたのだ。
「君は、本当に妖艶で、素敵だった。しかも、そんなに派手な女でもなく。黒髪ロングの普通の女の子だったんだ。だけど、ベッドに入ると完全に、妖艶に変わってしまう、それは豊島治子という女性だったんだよ」
というではないか。
それを聴いた時、治子は、
「電流に打たれた」
というような感じがした。
男の言う通りであれば、
「私は、この男に抱かれたことになるということであろうか?」
と感じ、
「確かめたいが、女からそれを聴くのは憚る気がする」
と思っていると、身体の奥から何かがこみあげてくるような気がして、
「この男に抱かれたい」
という気持ちにさせられたのだ。
「抱かれるということは、どういうことなのか分かっているんだような」
と思えば思う程、下半身が、ムズムズするのだ。
「ああ、この懐かしい匂い」
と、まるで、男の匂いを思い出そうとする、治子がいた、
確かに治子は、、どちらかというと、自分が、匂いフェチだと思っていた。
特に普段でも、男性の匂いには敏感になっていたからだ。
満員電車などで、男に囲まれると、気が付けばうっとりとしている自分がいることに気付かされる。
つまりは、
「異常性癖の片鱗を、私は持っているのだ」
ということは、自分でも分かっていた。
それでも、この性癖を感じるのは、いつもということではなく、
「気が付けばそうなのだから、しょうがない」
と感じることがあったくらいだ。
治子は、別に聖母マリアのような女性ではなく、どこにでもいる女の子だというのは、自分でも感じていた。
だから、好きになった人には積極的になるし、自分から口説く時もある。
ただそれは、いつもではなく、
「自分の中の女性フェロモンが放出された時だ」
と考えるようになっていた。
男性の匂いを、その時も感じていた。すると、自分の中から、もう一人の自分が出てくるのを感じた。
抑えようとしたが、できるものではなかった。抗うつもりだったが、しょせん無理だと分かると、
「身を任せるしかないな」
と感じるようになったのだ。
中から出てきたオンナは、治子に向かって微笑みかける、その顔は自分とは、似ても似つかない女だった。
妖艶な雰囲気で男を誘惑する。
「この女だったら、できるだろう。いやあ、羨ましいくらいだ」
と思っていると、
男は、懐かしそうに、
「そうだよ、それそれ、その変化していくところが、治子だったんだよ」
というではないか?
ということは、この男は、記憶のない時に出てきた治子だけではなく、今の治子の両方を知っていて、しかも、変化していくところも気持ち悪いと思わずに、まるで当たり合えのごとく考えているように思えるのだった。
「これが私なのか?」
と戸惑っていると、男は、覆いかぶさるように、治子に抱き着いてくる。
「えっ? こんなところで?」
と思うと、いつの間にか、見知らぬ部屋に入っていた。
どうやら、男に連れてこられた時の記憶が飛んでいるのか、それとも、もう一人の自分が記憶をつないでいたのか。男は、本当にうれしそうだ。
そして、男の様子から、
「この部屋は、男の部屋ではないか?」
と思うと、やはり気持ち悪くなってくる。
「一体、どう考えればいいのだろうか?」
と治子は考えたが、とりあえず、男の部屋にいて、この状況は
「ヤバイ」
と言えるが、逆らうことは無駄な気がした。
「この男、何もかも知っているのかも知れない」
と感じると、怖さも一緒に感じてしまうのであった。
「治子、久しぶりじゃないか?」
と、男に耳元で呟かれると、
「ええ、そうね」
と、自分では言わないようなセリフを平気で言っている。
もう一人の自分が表に出ているので、自分が出ていくわけにはいかない。
それを考えていると、どのようにすればいいのかということが分からなくなってくるのであった。
「男に抱きしめられると、こんなに心地いいのか?」