神のみぞ知る
最初の数か月で、すでに、百万円単位の借金を背負うことになった。
本来ならそこで、
「何か怪しい」
と感じればいいのだろうが、感じるということはなかったのだ。
ズルズルと、女の言われるままに、食事の足しになるものを送り続け、さらには、
「電話代や、光熱費が滞って、止められる」
ということだったので、その分も出してやったのだ。
さらに、女がいうには、
「ストーカーに狙われていて、裁判を起こすので、お金がいる」
というのだ。
女は病気を理由に働くことができない。そうなると、金銭的な助けが必要ということで、
「彼氏だ」
と思っていた自分が、彼女に対して、
「俺が出してやる」
ということになるだろう。
気が付けば、彼女に対して生活のほとんどを賄っていた。
給料の八割近くを彼女のために使っていた。
「俺が支えてやる」
という一心から、借金もそんなに気にならないほど、精神が病んでいたのだろう。
「簡単に返せない金額になっていて、しかも、会社を、パンデミックを理由に、解雇された」
ということであった。
それが、北条だったのだ。
今回の事件の中で、彼だけが、
「自分のためではない状況において追い詰められた」
ということであった。
北条は、元々、家族の中に精神疾患を持った人がいて、家族が、
「それほどひどいものではないだろう」
という思いを抱いたことで、気がつけば、
「妹が自殺をしていた」
ということになったのだ。
だから、
「二度と同じ悔しさを味わいたくない」
という思いから、その女に対して必死だったし、
「自分が何とかしてやろう」
という気概があったのだ。
そもそも、
「それくらいの気持ちがなければ、人と寄り添うことなどできないだろう」
という気持ちになっているというもので、
そういう意味での、女の言い分には納得がいかないのだ。
ただ、女とすれば、
「病気だから」
ということなのだろうが、自分から、
「病気を理由にしたくない」
と言っているのだから、信じられない。
とにかく、信じられないような経験をしているということで、
「どこまで信じていいのだろういか?」
と思うのも無理もないことで、
「相手に対して失礼だ」
と言われればそれまでなのだろうが、それを思うと。
「じゃあ、俺は一体どうなるというんだ?」
と、いうことを考えてしまい、自分が、完全に、洗脳されてしまっているということを感じるのだった。
「俺が悪いんだろうか?」
結局最後はそこに戻ってくるのだった。
「相手の女性のことをいかに考えるか?」
あるいは、
「相手のことを考えるなら、自分が犠牲になるということも否めないか?」
と考えてしまうのだ。
完全に北条は、彼女に対して、
「自分のオンナ」
という感覚になっているが、それも致し方がない。
「助けて」
と言われれば助けるのも当たり前というもので、助けない方が、どうかしているということになるのだ。
その北条は、
「彼女とのことは、今回の事件を起こす上で、割り切ったんだ」
と思っていた。
「考えてみれば、相手に合わせてしまったことで、こんなことになったのだから、俺が悪いわけではない」
ということになるのだが、どうも、
「最後まで諦めきれないところがある」
というわけであった。
そんな彼女から、この間連絡があった。
別れた理由は、彼女の方から、
「リアルで信じられる人ができたから、自分とは、こういう関係ではいられない」
ということであった。
これ以上のショックはない。
何と言っても、梯子を掛けられ、そこに登ったら、外されてしまった。
というわけである。
しかも、こちらは、すでに彼女のために、相当な犠牲を払ってのことだったので、別に、見返りを求めるというわけではないが、この仕打ちは、
「まさに、人間のすることではない」
と言えることだろう。
「私は、本当にこれでいいのか?」
と北条は考えたが、それは当然であろう。
確かに、彼女のためを思ってというのか、
「すべてを犠牲にしてでも」
と思っていたのに、結果とすれば、
「精神をズタズタにされて、ボロ雑巾のように、簡単に捨てられた」
ということである。
確かに、
「自分が、彼女の立場だったら、どうするだろう?」
と考えたりするが、
「さすがに、ここまでむごいことはしないだろう」
と感じるはずだ。
しかし、これはあくまでも、その人の発想であり、相手が、自分とのことを、あくまでも、
「バーチャルだ」
としてしか考えていなかったら、そして、北条自身が、これは、
「リアルだ」
と思っていたとすれば、そこに交わるところはないわけで、
「交わることのない平行線」
を辿ったとすれば、
「結局、俺は捨てられる運命にしかなかったんだな」
と思うしかなかった。
もちろん、女に対しての恨みは相当なものだが、諦めるとすれば、自分が悪かったと思うしかないだろう。
だから、今回の計画は、元はあの女が悪いと思ったとしても、それを見抜けなかった自分が悪いということで、諦めの境地で、頑張ろうとしか思えないとすれば、
「なんと、いまだにあの女から連絡が来る」
ということは、どういうことなのだろう?
「自分が悪かった」
という発想がまったくないということになるのであろうか?
女から連絡があるとは思いながら、今は自分のことが大切である。
「あの女のせいでできてしまったこの借金を返さないといけない」
と思っている時、ちょうど、その頃、一人の男と知り合った。
その男は、
「いやあ、俺、女に騙されたことがあって」
と言い出すではないか。
話を聴いてみると、どうも、あの女の手口に似ている。
「自分が精神疾患がありそのせいで、借金を背負ってしまったので、知り合いに相談する」
というのだ。
その相手のオンナのことをよく聞いてみると、自分を騙したその女と同じ手口で、しかも、同じような言葉を吐いたという。
「ああ、それは、俺も同じ手口だ:
ということで、話をしていると、すっかり意気投合したのだった。
「ところで、どうやって、借金を返していくんですか?」
と聴くと、
「友達に何とかしてもらえるという人がいて、そこに相談に行くんですよ」
というではないか。
「じゃあ俺も」
とばかりに、その話を聴いて、
「ああ、分かりました。俺も、一緒に行っていいですか?」
と聴くと、
「ああ、いいよ」
と言われたので、そのまま男についていったのだ。
すると、
「これはちょっとヤバイかな?」
と、感じた。
話の内容は、完全に、
「犯罪行為の打ち合わせ」
であり、強盗の相談のようだった。
それを聴くと、
「僕は、これくらいで、ちょっと」
と言おうとすると、
「お前、ここまで聴いておいて、挨拶なしに行こうってのかい? どうせ、あんただって、金に困っているんだろう。だったら、俺たちに乗っからないかい?」
と言われたのだ。
いきなりの脅迫に、ビビッてしまった。
「いや、僕は」
と言って、拒否ろうとしたのだが、相手も、
「そうはいかない」
という感じであった。