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神のみぞ知る

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 というのが、こちらの考え方だが、その時相手は、怯えていて、パニック障害を引き起こした。
 こちら側は、
「苦しめたのは、悪かったが、しょうないことだ」
 と思っていたが、相手の女性は、まわりから、
「相手がパニック障害を持っているのを知っていて、それで追い詰められた」
 と人に話すと、
「そういうやつは、DVを起こすようなやつだ」
 と言われたということで、
「パニック障害を持っている人をおいつめるのはいけないことだ」
 と言われてしまった。
 起こった本人は、その時は、
「ああ、自分が起こってしまったことが悪かったんだ」
 と思ったが、果たしてそうなのだろうか?
「相手が自分を頼ってくれたから、危ないということに対して、起こってでもやめさせようとするのが、悪いことなのだろうか?」
 もしそこで、相手の好きなようにさせて、何か起こってしまうと、もうどうしようもない。それでも、起こるのが悪いというのだろうか?
 さらに、その大鬱がある程度引いてきたという時、知り合ってから、初めての大鬱を一緒に乗り超えたと思っていたのだ。
 そもそも二人は、ネットで知り合ったのだが、実際にリアルでは遭ったことがなかったが、最初は、
「大好きだ」
 と言われて、こっちもその気になっていたのだが、実際には、
「あの時、躁状態だったから、そんな気持ちになったわけで、あなたは親友のような気持ちで見ている」
 と言われたのだ。
 そして、自分から好きだと言っておいて、こっちが、彼女のつもりでいると、
「少し私を自分のものという意識が強い」
 と言われたのだ。
 彼女だと思えば、普通にいうようなことでも、いけないというのか?
「相手を怒らせない」
 ということを誓った自分には、それ以上何もいうことができない。
 だが、考えてみれば、確かに、
「俺が支える」
 と最初は言って、
「嬉しい」
 という返事が返ってきたのだが、そのうち、その女の言い分が変わってきた。
「私は、自分というものを見つめなおして、自分を取り戻す」
 と言い出したのだ。
 確かに、それはいいことを言っているし、応援すべきことなのだということも分かっている。
 そして、
「私は病気を理由に、何もできないというわけにはいかない。自分の好きなことに向かって突き進む」
 というわけだ。
 本当に、
「その通りだ」
 とは思うが、支えるつもりになっているこっちの立場や気持ちはどうなるというのだ。
「初めての大鬱状態において、他に話もできないどころか、他の人から相談を受けて、それを聴いているうちに、自分がおかしくなってきた」
 というわけだ。
 これを聞かされた方はどう考えるだろう?
「俺が何とか支えてあげる」
 という気持ちにあるだろう。
 支えるといっても、初めてのことでどうしていいか分からない。
 だから、
「俺が、そばにいて、一緒に考えてあげるしかない」
 と思い、寄り添っているつもりだった。
 相手は自分が何かをして、さらに鬱を増幅させたわけではないのに、人の分まで請け負っているなど、普通に考えれば、
「お人よしもいいところだ」
 ということになるだろう。
 しかし、
「惚れた者の弱み」
 と言えばいいのか、
「俺が苦しんでも、それでも一緒にいてあげよう」
 というくらいに思っていて、
「こっちまで、おかしうなりそうだ」
 という状態だった。
 それでも、男は、女に対して、
「何をしてやれるのだろうか?」
 と思う。
 それでも何とか、二人で乗り越えたつもりの大鬱状態。男からすれば、ふと本音も出てくるというもので、
「俺が一緒にいたから、大鬱を乗り越えられたんだよな」
 と言った。
 本人は無意識だったのだろうが、それを、鬱状態を乗り越えた女に、こういわれた。
「あの時のあなたの言葉がショックだった」
 とである。
「私は、あなたに乗り越えさせられたのであって、自分で乗り越えたわけではないって言われているみたいで、あなたから、下に見られていると想った。それがあなたの本音なのよ」
 と言われて、こっちもショックだった。
 確かに、無意識であったが、
「そんなことを言った自分に自己嫌悪を感じた」
 が、しかし、本当に自己嫌悪を感じなければいけないのだろうか?
 寄り添って、精神的にギリギリのきつさを男も味わったわけだから、男が思うことのどこが悪いというのか?
 結果として、男性がそばにいたから、乗り越えられたわけで、本人も、それに近いことを言って、
「ありがとう」
 と言ってくれたはずではないか。
 後になってそんなことを言われたのであれば、男としてもたまったものではない。
「俺は一体、どうすればよかったというのだろう?」
 ということである。
 また、さらに女は、
「私は今、自分を見詰めなおして、前に進もうとしているのに、あなたがしている嫉妬は、私を縛り付けたいと思っていることであって、私に自由はないのか?」
 と言い出した始末である。
「こちとら、そんなことこれっぽっちも思っていない」
 と言いたい。
 しかも、自分のことを、どこかの先生か何か知らないが、相談して、その人から、
「冷静になって考え直せ」
 と言われたというではないか。
 これは完全に相手の男性に対しての、
「侮辱ではないか?」
 と思うが違うだろうか?
 そして、女は、
「自分が必死で立ち直ろうとしているのを、こっちが、自分のものにしておきたいという理由で、押し込めておこうと思っているのではないか?」
 ということであった。
 それを聴いた時、
「ショックはこっちの方だ」
 と思った。
 どうやら、同じような病気を持っている人間たちで集まって、
「傷を舐め合っているようにしか見えない」
 と思うと、だんだんと、自分が覚めてくるのを感じてきた。
 しかし、それでも、
「惚れた者の弱み」
 からか。相手をまだ好きな自分がいて、いまだに、
「俺ではダメなのだろうか?」
 という未練がましい状態になっていた。
 おかげで、その頃というと、
「今日って何曜日なんだろう?」
 という感覚になって、ひどいのは、
「季節感すら分からなくなってきているのだ」
 朝なのか、夕方なのかもわからない。
「俺も、何かの精神疾患なのかも知れないな」
 と感じた。
 ただ、精神的には追い詰められている気がするが、肉体的には何もない。
 女がいうには、
「精神疾患は、肉体もきつい」
 と言っていたので、それを信じていたが、本当にそうなのだろうか?
 信じられなくなってきた。
 そんなことを考えていると。
「あの女の言っていることは、どこまでが本当のことなのだろうか?」
 と感じるようになってきた。
 相当、いろいろ人生において悲惨な目に遭ってきたりしているという、
 一つだけでも、相当ひどいものなのに、それが、聴いてみれば、5、6個は最低でもありそうだ。
 それを考えると、
「本当に、すべてを信じていいのだろうか?」
 と思うようになると、
「ああ、俺は洗脳されているのかも知れない」
 と感じるようになった。
 その頃までに、その女にかなりの額のお金を貢いでいた。
作品名:神のみぞ知る 作家名:森本晃次