自分と向き合う
別に大きな問題ではないはずなのに、破綻を来たしたのは、この言葉の中で、唯一、ハッキリとした言葉である、
「絵を描いていられれば」
という、実に簡単なことを、失念していて、有岡はこの言葉を、自分の都合のいいところだけ切り取って考えたといってもいいだろう。
確かに、
「尊敬されていること」
「一緒にいること」
それらは、最初から備わっていることである。
だから、彼女の希望は絵を描き続けらればいいのだが、有岡は、悪気はなかったのかも知れないが、自分の中で、
「孤独にさせてはいけない」
という思いから、一緒にいる時間をなるべく伸ばした。
それでも、自分ができる時間は、どんなに短くても、絵を描くことに結び付けていたが、
「自由に絵を描くことができないのは、孤独な時間を与えてくれないからだ」
と考え、
「彼に悪気はない」
というだけに、
「最初から無理を押し通そう」
としたとしか思えないのだ。
それを考えれば、彼女の方とすれば、一緒にいることで、
「この人から、私の自由を返してもらえることはないに違いない」
と自分の中で結論付けていたのだった。
そんな思いの中で、有岡は、その彼女と別れることになった。だが、有岡としては、
「どうして別れることになったのか?」
ということが分からなかった。
まさか、自分が相手の自由を奪っているということを知る由もないことで、ビックリしていた。
だが、そもそも、有岡も彼女に対して、
「そう、いつまでも一緒にいることはないかも知れないな」
と感じたことがあったのだ。
というのは、二人が付き合い始めてから少ししてから、お互いに、
「隠し事は嫌だ」
ということで、お互いの過去の話をし始めたりした時のことだった。
有岡の過去の話に、特筆すべきところはなかったのだが、彼女の中に、少し気になるところがあったのだが、それというのは、彼女が以前、ネットで知り合った人がいて、その人とは一度も遭ったことがなかったのだが、恋人気分になり、相手から連絡が不通になったことで、
「私はフラれた」
と思い込んでいるということであった。
確かに、ネット、それもSNSというのは結構流行ってきていて、
「失恋というものの中に、一度も遭ったこともない人を含めるという人が増えてきている」
ということもあるというのは知ってのことであったが、
「まさか、自分が付き合う相手にそういうバーチャルでの経験を、失恋として考えるなんて」
と感じる人がいるなど、想像もしていなかった。
確かに、ネットをしていると、
「この人を好きになったかも知れない」
という瞬間があるが、その人と、仲たがいをすることになっても、失恋という発想になるということはなかった。
どのように考えたのかということは、自分でも分からないが、最初から、
「ネット上だけの知り合いだ」
とおもっていたからだろう。
それとも、リアルの友達も結構いたので、何もバーチャルに嵌る必要などないと考えるからであろう。
そう考えると、
「彼女には、その時、リアルに好きな人がいなかったということなのだろうか?」
と思った。
そこでいろいろと聴いてみたのだが、
どうやら、当時、リアルの恋人はおろか、友達もいなかったということであった。
「だから、バーチャルに走ったのかも知れないわね」
と彼女はいうが、有岡も、
「うん、きっとそうなんだろうね」
というのだった。
「でも、私、本当にその人が好きだったと思うの。それまでに恋愛経験がなかったわけではなかったんだけど、一番強い恋愛感情を抱いたのが、そのネットの相手だったのよ」
という。
「何が、そんなに君を引き付けたんだろうね? リアルでも恋愛ができないわけではないと思うんだけど」
と、有岡がいうと、
「私、よく騙される経験が多かったの。付き合う相手が悪かったというか。こんなことなら、恋人なんかいらないと想ったくらいなのよ」
というのだ。
「あくまでも、僕の考えだけど、君は、誰か頼りにできる人がいれば、それでよかったのかも知れないと思っているのに、付き合う相手からは、そうではなく、何か重たさのようなものを感じたからなんじゃないかな?」
と言ったが、
「確かにそうなのかも知れないわね。付き合うということを、自分が頼りにすることだって思うようになると、現実では、却って頼られる形になって、裏切られたことを分かる前に、目の前から消えているのかも知れないわね」
という彼女に、
「少し考えすぎなのではないだろうか?」
と、有岡は考えた。
有岡も、ネットで好きになった人がいないわけではなかった。
その人は、彼女と同じようなところがあり、自分に対して、甘えてきているのが分かったのだ。
しかし、ネットで知り合った相手に対して、
「億劫だとは思わなかった」
却って、リアルの知り合いで、相手に甘えすぎるのは、逆に警戒してしまうだろう。
「騙されているのではないか?」
と感じてしまうと、
「億劫だ」
と感じてしまうに違いないと思うからだった。
だから、
「ネットで失恋した」
と考えている彼女の気持ちがどうしても分からない。
分からないから、
「リアルで騙されたことへの反発のようなものなのかも知れない」
と感じることだった。
「私は、騙されたという気はずっとしていなかったんだけど、ある程度のお金を使った後で、その人が恐ろしいことを言い出したのよ」
と言った。
「どういう恐ろしいことなんだい?」
と聴いてみると、
「好きな人ができたから、君とは一緒にいられないってね」
というのだ。
「私は、好きな人が相手だから、貢いでいるなんて思っていなかった。でも、彼はそうじゃなかったのよね。他に好きな人ができたなんて、口が裂けても言わないんじゃないのだろうか?」
とさらに彼女が続けた。
「好きな人に言われると、これほどショックなことはないのだろうね」
と、それ以上のことは言わなかったが、どうして言わなかったのかというと、
「彼女の顔を見て。きっと、自分でも分かっていてのことだったんだろうな」
ということを感じたからだった。
実際に、好きになったことで、どこまで自分がのめりこんでしまっているだけに、
「騙された」
と思った瞬間は、結構なものだったに違いない。
「私は、その時、自分が騙されやすい性格だって自覚するようになったの。あれは、彼氏ができる前に、占いを友達としてもらおうと、占い師にお願いしたんだけど、その時、自分が騙される星の元に生まれているから、気を付けるように」
と言われたことがあったので、その人が裏切るというのは、最初から分かっていたと感じた。
「なるほど、その占い師の言葉を信じてしまったんだね?」
と有岡がいうと、
「ええ、そうなの。実際に今も信じているから厄介ね」
と彼女がいうと。
「ああ、じゃあ、彼女は、他の人に比べて占いを信じているのであれば、
「騙されたということを前面に出せば、一番別れることができる相手だ」
ということになりそうであった。
二人の別れに、有岡の画策がなかったと言えば、ウソになるだろう。