再会へのパスポート
実は、その時は金縛りに遭っていた状態からは脱却していたようで、
「目線をそらそう」
と思えばできないわけでもなかったはずなのに、目線をそらさなかったのは、
「逸らしてしまうと何か怖い」
という感覚があったからに違いない。
「あのすみません」
と、ふいに彼女から声を掛けられた。
その様子は、起こっているような雰囲気ではなかったので、一安心だったが、彼女が声をかけておきながら、戸惑っているのが分かるので、受け止める側も、正直、どうしていいのか、分からなくなっていた。
「あの、どうかしましたか?」
と、自分から見つめたことが原因であるのを棚に上げて、まるで、何もなかったかのように、聞き返した。
すると、戸惑っていた彼女は、何か吹っ切れたのか?
「私のことを知っているんですか?」
と言って睨んでいるその顔を見ていると、またしても、金縛りに遭っているのを、晃弘は感じていた。
「あっ、いえ、そういうわけではないんですが、昔、よく似た人を知っていたものですからね」
と、晃弘は正直に答えたが、相手はどう感じただろう。
「ナンパの言い訳」
というように聞こえなくもない。
却って、
「そう聞こえてくれた方が、この場合は都合がいいかも知れないな」
と感じたのだ。
彼女はそんなことを分かっているのかいないのか、
「それならいいんですが」
と言って、言葉を呑んだ。
その返答に、今度は、晃弘が拍子抜けしてしまった。
まさか、そんな返答があるとは思ってもみなかったからで、
「どこか、彼女が天然ではないか?」
と思ったのだ。
「天然というよりも天真爛漫」
と言ったところなのかも知れない。
晃弘は今まで何人もの女性と付き合ってきたが、こんな女性も珍しかった。それだけに、気が惹かれたといっても過言ではないだろう。
彼女が誰かに似ていたというのは、最初こそ誰なのか、ハッキリしなかったが、すぐに分かった気がした。
「そうだ、ほのかに似ているんだ」
と思って、今回の出会いが図書館のロビー前のソファーあということで、理屈が分かったかのような気がしたのだった。
「そういえば、ほのかにも、時々天然じゃないかと思うようなところがあったな」
ということを思い出していた。
ただ、ほのかの場合は、天然に見えても、その実、しっかりしたところがあり、とにかく性格は、精錬実直だったといってもいいだろう。
だから、逆に、
「融通が利かない」
ともいえるのであって、精神状態によって、
「腫れ物にでも触るようにしないといけない」
と感じるのだった。
それだけ、ほのかという女性は、扱いにくいともいえるが、一本筋が通っているだけに、「分かりやすい性格だ」
と言ってもよかったであろう。
それを思うと、
「大学時代、ずっと付き合えなかったのもしょうがないのかも知れない」
と感じたのだ。
そういえば、付き合い始める頃のことはよく覚えているのに、別れの時は、あまり覚えていない。
これも、
「時系列の矛盾」
なのか、別れた時の方が、さらに以前だったような気がするくらいであった。
そんな思いを感じていると、
「別れは、お互いの感情がぶつかりあって、結局、気持ちが曖昧なまま別れることになったような気がする」
ということを思い出していた。
だから、もっと逆にいえば、
「俺はまだ、ほのかのことを好きなのかも知れないな」
と思うようになった。
「終戦ではなく、休戦だ」
という感覚である。
そのほのかに似た女性が、目の前に現れた。
しかも、大学時代を思い出させる、しかも、本当の大学の図書館という場所、まさしくその通りの出会いだったのだろう。
だが、最初こそ、
「本当にそっくりだ」
と思っていたほのかを、見つめるうちに、次第に違ってくるのを感じたのだった。
思わず。
「ほのか」
と声をかけてしまいそうになった自分が怖くなった晃弘だったが、口元はそう呟いていたのかも知れない。
完全に声が出なかったのは助かったが、読唇術でも持っていれば、口元から、何を呟いたのかが分かるというものであろう。
ただ、目の前の彼女が、晃弘の言葉をそのまま本当に、信じたかどうかは怪しいものだが、
「ああ、そうなんですね?」
と嫌な気分になっているわけではないように見えたのは、安心できるところであった。
「ええ、そうなんですよ」
と打つ相槌も、どこかぎこちなかった。
二人の間に、若干の言葉の間というものがあったようだが、その時の晃弘には、
「このまま永遠に続くのではないか?」
と思う程の、気まずい感覚が、相当に長く続いた。
しかし、それは、ある意味仕方のないことだったような気がする。
「大丈夫ですか?」
と聞かれたが、
「この子は、結構、人の気を遣うことができる人なんだ」
と思うと、晃弘は金縛りが次第に解けていくことを感じたのだった。
お互いに次第に緊張がほどけていくようだったが、
「ここまで来るのに、どれくらいの時間が経過したというのだろう?
と考えた。
だが、実際には、そんなに時間が掛かっていないような気がした。なぜなら、まわりの人の動きが、まるでスローでも見ているかのように、ゆっくりとした動きに感じられたからだった。
その子は、またあどけない表情を、晃弘に見せる。
「ほのかによく似ている」
と思ったが。このあどけない表情は、彼女独特のもので、ほのかにはなかった。
ということは、
「ほのかも、同じような心境になれば、同じ顔をできたのかも知れない」
と感じたのだ。
ほのかのことは、こうなってしまうと、思い出したくないと思っても、嫌でも思い出す。それは、
「どうしようもないことだ」
と思えば思うほど、この時のこの女の子との出会いが、センセーショナルだったということを示しているようだった。
「その私と似ているというその女性と、おじさんは、お付き合いしていたんですか?」
と彼女に聞かれた。
その表情は、ただの好奇心からであり、その好奇心が、さらに、気持ちをこちらに引き付けるだけのものがあると感じさせるのだった。
「うん、そうだね。お付き合いしていたかな?」
というと、彼女はさらに好奇の目をギラギラさせているのだった。
「どんなお付き合いだったんですか?」
と、好奇の質問としては、実に当たり前の質問であったが、晃弘としては、
「待てよ。そういえば、どういえばいいのかな?」
と、思い浮かんでくるには来るのだが、それを言葉にしようとすると、迷ってしまうのだった。
大学時代、文芸サークルにいて、
「文章にしたり」
「言葉に出したり」
というのは、苦手ではなかったはずだ。
しかし、今になって思い出そうとすると、
「なんといえばいいんだ?」
と感じることだろう。
しかし、それもまた一瞬のことで、ここが大学時代を彷彿される場所だったということで、彼女にその後、詳しく話すことができた。
内容は割愛するが、一貫して、
「真面目で清楚な雰囲気が印象的な彼女だった」
ということを、会話に組み込む形で話をするのだった。
目の前の彼女に、自分たちの大学時代の付き合いを話すと、喜んでいた。