二重人格の正体
ということで、
「緊急事態宣言中の空き巣事件」
を筆頭に、さすがに、痴漢というような、身体に危険が及ぶ犯罪は減ってきていたが、陰湿という意味での、
「ストーカーまがい」
の犯罪はグッと増えてきていたのだ。
直接の被害があるわけではないが、実際にストーキングを受けている人間からすれば、これほど気持ちの悪いものはない。
特に、ネットでの攻撃というのも多く、顔が見えないのをいいことに、増えてきているという意味で、今は、皆がマスク着用が義務付けられているという意味でも、
「相手の顔が分らない」
ということで、
「これほど気持ち悪いものはない」
といってもいいだろう。
それを思うと、今街で起こっていることは、
「まだまだ序の口であり、どちらに転んでいくか分からない状態だ」
と言えるのではないだろうか?
ただ、こんな世の中において、紫青年のような人間は、珍しいと言われた。
「記憶喪失という状態でありながら、自分たちの街とは関係がない人なのに、一緒に警備隊で行動してくれるというのは、何て健気なんだ」
ということで、彼に対して、警備隊の人や、警察までもが、敬意を表していたのだ。
そんな中で、
「なぜ、そんなによく知っているわけでもない白石氏をそんなに慕っているのか?」
ということが、皆の疑問の共通項であった。
「何か引き合うものがあるということであろうか?」
と考えるが、その引き合うものがどこから来るのか分かっていなかったのだ。
ただ、白石氏が、最近少しずつ、紫青年と関わるようになってから感じたことは、
「彼も、何か二重人格なところがあるのではないか?」
ということであった。
これも、他の人では分かりにくいことではないだろうか?
ということを感じさせられるもので、やはり、
「自分は、二重人格ではないが、躁鬱の気があるということで、紫青年を、闇雲に無視できない何かがある」
と考えるようになったのだ。
といっても、別にいつも一緒に行動しているわけでもないし、リアルな行動範囲に接点があるわけではないが、お互いに、どうしても気になっているようだった。
紫青年は、白石氏のことを、
「気にしている存在」
ということを公言しているが、白石氏の方では、気にし始めているのであったが、実際に、
「気にしている」
と、悟られないようにしているくらいであった。
だが、そんな様子というのは、結構分かるというもので、まわりからは、
「白石さんも、紫青年を気にしているんだろうな」
ということであった。
しかし、白石氏が、紫青年のことを、
「二重人格なところがある」
ということで気になっているとは誰も思っていないだろう。
見た目は、裏があるようにはまったく見えない紫青年であったが、
「記憶喪失になっている」
ということであったので、余計に健気に見えたのだ。
逆に白石氏は、紫青年が、
「記憶喪失だ」
ということを、自分から公言していることを明らかにしているところに、違和感を感じたのだ・
その違和感は、
「記憶喪失というのは、普通なら知られたくないと思うはずなんだけどな」
という思いからだった。
他の人の中にもそれは感じていたのかも知れないが、それ以上に、
「行動がその疑念を補って余りある」
といった感じに、健気さを感じたのだった。
記憶喪失というのは、軽い症状を以前感じたことがあった白石だった。
その記憶喪失というのも、どこの記憶だったのかを忘れるくらいに、短い期間であり、それも、小学生低学年くらいのことだったので、親もまわりも、白石が、
「記憶喪失だった」
ということも忘れているくらいだろう。
医者も、
「原因はわかりませんが、短い間でしたので、問題はないと思います」
ということを言っていた。
どうやら、ごくまれに、小さな子にはあるようで、なぜそのようなものがあるのかというのは、実際に記憶喪失に期間が短く、本人が自覚するのにも、少し時間が掛かるからだった。
何しろ、小学生の低学年、大人になって記憶に残っているかということすら微妙な頃のことではないか。それを思うと、
「医者も分からないことってあるんだ」
という程度で、本人もスルーしているくらいだった。
それよりも、中学になってから感じるようになった、
「躁鬱状態」
という方が気になっていた。
明らかに病気であり、それがどれくらいの症状なのかということを、考えるようになったということである。
躁鬱状態はあくまでも、
「病気」
として認識するようになり、それを意識するようになると、今度は、
「二重人格性」
つまり、
「ジキルとハイド」
のようなものが気になってきたのだ。
実際に、
「躁鬱と、二重人格は関係ない」
というようなことであったので、必要以上に気にしないようにしていたが、本当のところはどうなのか分からないまま、ずっとこの年まで来ていたのだが、もうこの頃になると、
「どっちでも関係ない」
とばかりに、無視できるようになっていたのだ。
だが、紫青年を見るようになって、実際にあまり感じたことのなかった、
「二重人格性」
を思い出すようになったのだ。
きっと、それは、
「二重人格性と自分の躁鬱を一番意識していた年齢が、今の紫青年の年齢くらいだったのではなかったか?」
ということを、思い出したからなのかも知れない。
「記憶喪失の人間に、昔の自分の記憶を引き出されるとは、何とも皮肉なことなのではないか?」
と感じさせられたのだった。
紫青年のことが気になるようになってきたのは、ちょうど知り合って、1カ月くらいが経っていた頃くらいだっただろうか?
警備活動をしながら、時々、一人で屈みこむようにして、床を見ていることがあった。
「何しているんだい?」
と仲間の警備員がいうと、
「ああ、靴紐がほどけまして」
というではないか。
それを聴いて、最初は誰も何も言わなかったが、それがほぼ毎日のことであれば、次第に皆、気になるようになってきた。
白石氏は、最初そのことを知らなかったが、警備員が話しているのを聴いて、
「やっぱりおかしいな」
と思ったのだ。
記憶喪失が治るきっかけになるという意味での行動かと思ったのだが、その様子を見た人から言わせれば、
「何かおかしいんだよな。顔がまったく別人になったかのように感じるんだ」
というではないか?
「どういう風にですか?」
と聞くと、
「うーん、何か憔悴感があるというか、疲れ切っているように見えるというか、顔色も悪いし、とにかく、同じ人間には思えないんだよ」
というのだ。
よく聞いてみると、いつも同じ時間に起こることのようで、それも、1カ月ほど、毎日のように、警備隊に同行していれば分かるというもののようだ。
「最初の1か月くらいは、2人で一組という感じで、研修期間ということのようにしようか」
ということを言われていたようである。
だから、そんな毎日の話を聴いて、自分もその様子を見ていると、
「やはりおかしい」
と感じるようになった。
ただ、他の人が感じている、
「おかしい」