悪い菌
という意見の方が多かったのではないだろうか。
「最初から、結婚する意思があるようには見えないんだよな」
という人もいるくらい、二人の関係はドライに見えたようだ。
相手の男というのは、彼女の担当している作家の人で、そこまで有名というわけでもなく、ぱっと見、女にモテるというような男でもなく、まったく目立ったところのない、
「どこにでもいる男」
というところであった。
しかも、男の方が年下だったようだ。
「頼りない男性を支える大人の女性」
という感じだったのだろうが、彼女はそんな、
「ダメンズな男に引っかかるような女性ではない」
という話もあった。
付き合い始めたきっかけがどこにあったのか分からないが、
「3年経っても結婚しない」
いや、
「よくそんな男と3年も付き合っていられるものだ」
ということで、二人の関係は、知っている人から見れば、異様に見えたことだろう。
しかし、二人からは、何も聞かれることはない。
彼女から、
「別れたい」
などという話を聴くこともなく、見ている分には、まったく波風も立っている様子もなく、どちらかというと、
「惰性で付き合っているのではないか?」
としか見えないほどであったのだ。
もちろん、男女の関係もあるのは当たり前のことで、相手の男が、先に言い寄ってきたという感じをまわりからは感じられないので、
「誘惑したとすれば、桃子さんの方からなのかも知れないわね」
ということなのであろう。
桃子を知る人から見れば、桃子も、
「そんなに軽い女性ではない」
という。
だからといって、
「好きになった人がいれば、自分から行くこともあるんじゃないかしら?」
という一面も感じていて、要するに、相手のよって、どちらともいえない雰囲気を持っているということでもあった。
それだけ、分かりにくい女性だということであろうか。
確かに、友達もそんなにいるわけでもない。友達といっても、出版社に入ってから知り合った人ばかりで、学生時代の友達とは、卒業後、それぞれ忙しくなってからというもの、連絡を取り合うこともなくなっていたので、一人で孤立した時期もあったようだ。
特に入社、3,4年目という最初の仕事が面白いと思える時期、一人だったのは、彼女が自由に感じることができるという意味で、
「孤独も悪くない」
と思える時期だった。
だから、男っ気がなくても、まったく寂しそうに見えなかった。
それどころか、楽しそうにイキイキした表情を見せていた彼女に、彼氏なんか邪魔なんじゃないだろうか?
と、皆思っていたであろう時代を通り過ぎ、いつの間にか男と付き合っているのを知ると、
「ああ、彼女も人並みに彼氏が欲しかったんだ」
と、感じたものだった。
ただ、そのことで、彼女に対してがっかりしたということではない。あくまでも、
「彼女も女だったんだ」
と、いまさらながらに感じただけのことだったのだ。
彼氏ができたことを隠していたわけでもないし、今も別にまわりにバレないようにしているわけもない。
男の方も、同じように、隠そうという雰囲気はなく、普通のカップルといってもいいだろう。
だが、オープンな付き合いだったはずなのに、今でも、彼女に彼氏がいたということをいまさらながらに知って、
「えっ、そうだったんだ?」
と、
「いかにも、信じられない」
という様子を見せる人もいるほどだった。
もっとも、そんな人たちというのは、中年以上の男性がほとんどで、それ以外の人が、彼女が付き合っていることを知っても、
「ああ、そう」
という程度で終っていただろう。
もっとも、それが普通の反応であって、
「誰と誰がつき合おうが、俺には関係ない」
というのが、普通のリアクションなのではないだろうか?
ただ、男性のほとんどが、このリアクションということは、彼女に対して、男性陣は、彼女を好きだったという人がいないともいえるのではないだろうか?
確かに、彼女のことを大好きになるという雰囲気の男性がいるわけではない。ちょっとは気になった男性がいるにはいただろうが、
「真剣に付き合ってみたい」
と感じるような人は、きっといなかったのだろう。
そんな彼女は、外見から、
「気の強そうな女性」
と見えたことだろう。
といっても、あの年齢で、編集者をしているような女性であれば、気が強そうにみられるのも無理もないことで、それも仕方のないことだろう。
実際に、彼女の性格は、
「男勝り」
なところもあり、その性格が、明暗を分けることもあったようだ。
強気で行って、担当作家のやる気を出させることに成功したこともあれば、強気が禍して、作家の中には、
「担当を変えてほしい」
と、編集部に直訴して、プライドをズタズタにされながらも、泣く泣く変わったことも過去にはあった。
それも最初の頃のことであり、もし、今同じように、自分を変えてほしいなどという作家がいたとすれば、
「こっちから、あんたなんて願い下げだわ。どうせあんたが大成することなんか、永久にないでしょうからね」
という思いを持ち、
「この作家も長くないわね」
と嘯いていることも多かった。
実際に、担当から、桃子を変えてほしいといってきた作家のほとんどは、自分から違う担当に変わってすぐに、作家を廃業する人が多かった。何があったのか分からないが、結果として、
「彼女と一緒だった方がよかったのでは?」
と言われることが多かったようだ。
そういう意味で、
「担当を変えてほしい」
といってきた作家に対しては、一応言われたとおりにするようにしていたが、出版社としても、
「この作家も長くないな」
という見切りを早くもつけていて、実際に、いつもの判で押したようなパターンになるのだから、おかしなものだったのだ。
そんな桃子も、今年で33歳、編集者生活10年以上になっていたのだった。
ベテランというほどではないが、今では、会社からも、作家からも一定の安心感を得ているようだ。
「彼女に任せておけば大丈夫でしょう」
ということである。
前から、そんな雰囲気はあったが、昨夏から、
「担当を変えてほしい」
という意見が多かったのは、彼女だったことから、
「なかなか作家とのコミュニケーションの取り方がうまく行っていないのではないだろうか?」
ということで、全面的な信頼には至っていなかった。
それでも、作家からも、会社からも、
「一定の評価」
が得られるようになると、何となくの余裕が感じられるようになり、
「どうしてなんだろう?」
というところで、
「作家と付き合っている」
ということになれば、
「人間が丸くなったことで、男ができたのかな?」
と思う人もいただろう。
ただ、
「男ができたから、人間が丸くなった」
と思う人は少なかった。
彼女の場合は、男ができるくらいで、性格が変わったり、雰囲気が変わるようなところはないと思われていたことで、そういう感覚が定着していたのだろう。だから、
「気が強い」
という印象を一様に彼女のまわりの人は思っていたようで、どこか彼女の中には、
「怖いもの知らず」