悪い菌
他の業種であれば、もっと自分が目立てるようなところもあっただろうし、他に才能という可能性もあったかも知れない。
それなのに、なぜ、この業界しかなかったのかというと、一つは、
「本の製作に携わる仕事がしたかった」
という思いがあったということ、もう一つは、
「他の業種でやりたいと思えるようなところ、ピンとくる業種が、自分の中になかったところ」
というのが、この業界に骨をうずめる理由であろう。
実際に、いくつかの仕事を考えてみたこともあったが、それはあくまでも、
「出版業界のすべり止め」
というつもりだった。
それだけ、自分の中で出版業界は、花形であり、他に選択肢がないといえるほどだったのだ。
実際に出版業界に入ることができた。編集の仕事、企画の仕事、いろいろあるが、編集部にて、作家を担当し、原稿を貰ってきて、そこから先、入稿したりいろいろな仕事があるのも分かっていたので、やりがいを持ってこの仕事に当たっている。
今のところ、嫌になることはなかった。たまに、作家の先生のわがままに、ウンザリ来ることもあったが、毎回毎回わがままをいうわけではないので、嫌な感じはしなかったのだ。
以前、薬品業界の営業、プロパーの仕事というものの話を聴いたことがあった。
大学時代の友達が、薬品会社に入り、プロパーの仕事に就いた。その人は、彼氏ではなく、
「男子の友達の中で、一番親密な人だった」
ということになるのだが、お互いに恋愛感情を持つことがなかったことが、
「男女間の親友」
とでもいえるような関係で、他の人とは早く連絡が切れたのに、その人だけは、今でも交流があったのだ。
その人は、すでに会社を辞めていて、他の会社に転職した。あれだけ、
「薬品会社一本に絞って就活をする」
と言っていた人間が、会社を辞める時は、
「薬品会社だけは、もうまっぴらごめんだ」
と言っていたのだ。
かなり精神的に病んでしまっているようで、再就職までにも、しばらく病んだ気持ちを癒すために期間を費やしたほどだ。彼に限らず、
「医者を相手にするプロパーという仕事は、ロクなものではない」
と言われている。
というのも、それだけ、
「医者という人種から、人間扱いされていない」
というもので、なるほど、入社して1年以内に、新入社員の2,3割しか残らないというほどひどい世界だということなのだろう。
ウワサには聞いていたが、あれだけ、そんな話も分かったうえでプロパーになった人が、その他大勢と一緒に、すぐに辞めてしまうことになるとは、何とも、恐ろしい世界であろうか。
スポーツ推薦で入学し、ケガか何かをしたために、部活ができなくなり、学費免除も打ち切りになり、ゴミクズ同然とされ、退学していくしかない人たちを思い出すほどであった。
高校中退で、それまで野球しかやってこなかったので、普通に学校にいても、勉強にはついてこれない。
元々、高校受験もなく、
「スポーツ推薦」
昔でいえば、
「野球留学」
などという形え入った、言ってみれば、学力はそっちのけで、野球のレベルでのお誘いから入った学校なので、それまでのすべての、
「優先」
が、ないことになる。
つまり、
「成績が悪くても、野球で活躍できれば、それで進級も卒業も保証されるのだが、野球で落ちこぼれたり、あるいは、ケガで野球ができなくなってしまったりしても、それらの優遇は、まったくない。他の生徒と同じ成績重視となるのだ」
だから、当然風当たりも強い。
今までは、學校内でも、スター扱いされていたかも知れないが、今度は、ただの一生徒だ。
ただ、何が一番悔しいのかということになると、やはり、野球ができなくなり、目の前で野球ができていて、一歩一歩スターの階段を上がっている連中を、見たくもないのに、目に飛び込んでくる環境にいることであろう。
そうなると、學校にも行けなくなり、後は坂道を転がり落ちるように落ちていくしかないということになるのだ。
出版社であったり、作家の道も、似たようなものだ。実際はもっと厳しいのかも知れない。
土俵が違うので、比較にはならないかも知れないが、話をすれば、お互いに分かるところもあるに違いない。
素人が作家としてデビューするのに、一番の手っ取り早い道というと、
「文学賞や新人賞に入選すること」
というのが、一番であろう。
これはマンガの世界でも同じことで、昔だったら、10もなかったものが、今ではいろいろなところでコンクールなどが行われているので、それだけ門は広くなったことだろう。
しかし、問題はここからである。入賞作は確かにいいかも知れないが、実は問題は次回作にある。
作家の中には、
「入賞するために、必死になって書いてきて、これ以上ないという作品を書き上げたところで、すぐに次回作などできるわけはない」
と思っている人もいるだろう。
そういう人が、実際に次回作をもとめられ、プレッシャーから書けなくなってしまい、失踪してしまうということが結構あったりするのだ。
また、次回作を仕上げることができたとしても、求められているのは、
「受賞作よりも、さらに優秀な作品」
ということなので、実際に発表して売れ行きを見ると。
「まったく売れない」
ということになる。
何しろ、年間にいくつの文学賞があるというのか、そして、どれだけの人間がデビューするというのか、作家として生き残っていけるのは、ごくわずかの人たちで、一度デビューしても、発表作品はほとんどないまま、かといって、他の職に転職することもできないので、出版業界にしがみつく。
そうなると、
「文章塾の講師」
だったり、文学新人賞で、一次審査の時の、
「読む数で勝負」
と言われる、一種の、
「下読みのプロ」
と呼ばれるような、小説家とはほど遠い仕事で食いつなぐしかないという状態になる。
「何のために小説家になろうと思ったのか?」
ということである。
そういうのを聴いていると、
「作家になりたい」
というのは、本当に甘いものではないと思い知らされるのであった。
自殺菌
桃子がそう感じるようになったのは、どれくらい前からであろうか?
実は、ちょうど同じ頃からだったと思うのだが、桃子は編集者の仕事に、少しずつ疑問を感じるようになっていた。
もちろん、そんな気持ちを顔に出すようなことはしなかったが、顔に出さないのは、
「顔に出してしまうと、自分で自分を追い込みそうな気がする」
という思いからであった。
嫌だと思っていることを顔に出してしまうと、自分で自分を後ろから背中を押しているかのようで、嫌だということを認めている自分がそれこそ、嫌になると思うからだった。
確かに、自分が嫌だと思うことはいいことではないが、
「それを認める勇気を持つことも大変だ」
と感じるようになっていた。
その意識を持ち始めたのは、確か高校の時だったか、その頃友達だった女の子から、ある男の子を紹介され、
「私の彼氏」
と言われた時だった。
最初は、
「あっ、そう」
とばかりに、意識しないふりをしていた。