探偵小説マニアの二人
男である編集長が、ひろ子に求めるのは、もちろん、
「女性としての目」
であった。
特に、その目をいかに感じるのかというのを、ひろ子は今まで実感してきた。
それだけ、ダメ出しもたくさんあったし、罵詈雑言もあった、
「君の眼を信じた私が間違いだった」
などという、結構きつい言い方も、編集長は平気でしていたのだ。
それを思い出すと、
「編集長というのは、どうして、そこまでいうんだろう?」
と考えた時、
「私が辞めたことが気に入らなかったのかしら?」
と思ったが、辞めたいと言い出した時、少し戸惑っていたようだが、快く引き受けてくれたように見えたのも事実だった。
「しょうがないのかしら?」
と、編集長がどこまで期待してくれていたのかということが、よく分かっていないだけに、
「いくら編集長と言っても、相手の気持ちを無視しては、相手を理解することはできないのではないか?」
と感じたのだった。
そういう意味で、辞めてからの方が、編集長の気持ちが分かるようになってきたというのは、おかしなことなのだろうか?
そんなことを考えていると、
「ひろ子さんは、惜しいことをしたな」
と、後輩に話しているのかも知れないと思うと、それだけ、回してくれる仕事を、キチンとしないといけないと考えるのだった。
後輩君も、そのことを分かっているのか、それとも、編集長から聞かされているのか、
「山本さんの仕事の邪魔は決してしてはいけないと、編集長から言われているんですよ」
というのだった。
「邪魔というのがどういうことなのか分かっているの?」
といじわるっぽく言ってみたが、
「それが、よくは分からないんです」
と言いながらでも、どこか自信がありそうに見えるところから、
「ああ、この子は、中途半端なところまでは分かっているな」
と思うと、
「この中途半端というところが、どうにも難しい部分を秘めているのではないか?」
と感じると、自分の中でも、
「難しいな」
と感じるのだった。
ひろ子は温泉に到着すると、すぐに、女将に挨拶に行った。
「今回は、取材の方、ご協力お願いします」
という程度の軽い感じの話だった。
実際に部屋に行ってみると、女将さんが身構えていて、最初は、
「もっと気さくなつもりだったのに」
ということで、会話もそこそこに、管内を案内してもらうつもりでいたのだったが、どうも、女将さんは、話し好きなのか、会話を始めると止まらなくなるのか、最初は少し遠慮がちであったが、何かを話したいようで仕方がないようだった。
だが、それは、女将が話したいというよりも、
「相手が自分であるということで、女将は話したくなったのだろう」
と話が盛り上がっていくうちに考えるようになった。
「お互いに女同志だから」
というよりも、フリーライターをしているひろ子に話をしたいのだろうと、感じるのだった。
実際に、どういう話をすればいいのかを考えていたが、どうも、話の内容は、女将からの一方的なものだった。
それも、話のネタがあり、そのネタを中心に話を展開させるという感じで、その話を知っているのは、女将だけなのだ。
女将の話では、
「当時は、大きな問題になった」
ということであったが、女将がまだ小さかった頃のことだという。
実際に興味もあったので、話を聴くことになったのだ。
話というのは、どうやら、昔この村で殺人事件が起こり、それが、ちょうど女将さんが子供の頃に、ちょうど時効になるならないの話があったという。
女将さんは見るからに、年齢的に、
「60歳前後だろうか?」
という感じであったが、ちょうど、少ししてから、
「若女将」
がやってきたのだが、その人も、若女将といっても、三十歳代後半かも知れないと思うのだった。
女将の話を最初から、かいつまんで話を載せてみることにする。
まずは、取材についてのお礼をひろ子の方からすると、女将さんも、
「こちらこそ、宣伝していただけるのは嬉しいことです。皆には、全面的に協力してほしいと話しているので、皆、協力してくれると思いますよ」
ということであった。
もちろん、取材を申し込んだ時、
「客の顔を勝手に取らない」
であったり、
「許可のない客から勝手に取材をしない」
などという当たり前の話を、誓約書のような形で作ってきて、渡してはいたので、話は早かったのだ。
それを考えると、
「女将は、何を言いたいのだろう?」
という思いと、
「女将は、言いたいというよりも、私の意見を求めているのだろうか?」
などと、いう思いが交錯していたのだ。
しかし、まさか話が、
「昔の殺人事件」
ということだったとは思ってもいなかった。
しかも、
「子供の頃に時効を迎えた」
などというと、それこそ、
「戦後すぐくらいの頃の犯罪ではないか?」
と思わせたのだ。
昔読んだ、
「探偵小説が頭の中にうかんできて、まるで、自分が探偵になったかのような錯覚に陥るかも知れない」
と感じたのだ。
「昔の探偵というと、シャーロックホームズのイメージがあったが、その時は、金田一耕助になった気分だったのだ。
女将さんも、少し思い出しながらの話になるので、どこまでハッキリとした話をしているのか、よく分からないが、何度か話を聴いているうちに、少しずつ分かってくるような感じだった。
話を聴きながら、たぶん、箇条書きにしないと理解できないような話で、そもそも、ライターをやっているくせもあってか、話を聴いていて、自然と箇条書きにしていくことで少しづつ話ができているような気がするのだった。
まず、第一の問題として、
「犯行が行われたその場所は、密室だった」
ということであった。
その時に殺された男は、名前を、穴山とう、犯人は、一緒にいた馬場崎だと思われていた。
犯行現場は、街はずれの今でいうところの、
「ラブホテル」
のようなところで、当時とすれば、
「連れ込みホテル」
あるいは、モーテルとでもいえばいいのか、女将の記憶では、そのあたりの言葉しか連想できなかったという。
そこで、男が胸を刺されて死んでいたというのだ。
当時のラブホテルのシステムがどうなっているのか分からないが、今もあまり変わっていないのではないだろうか。
男性一人、女性一人というのが、宿泊であっても、休憩であっても、通常の客なのだろうが、
男性であれば、一人でも、複数でも、問題はないだろう。
ただ、女性一人というのは、当時のホテルでは、嫌がられるというのだ。その理由というのは、
「自殺を疑うから」
というのが、一番の理由だった。
ただ、男性の一人というのは、どこまでよかったというのかが、少し疑問である。
今であれば、男性の一人客というのは、普通にありだろう。
どういうことなのかというと、今の時代は、男性が一人でホテルに入るということは、
「女の子を呼ぶ」
ということで、十分、ありなのだ。
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次