探偵小説マニアの二人
「病院というところは、自分が思ってる以上に、意識を強く感じる場面があるのだろうか?」
と考えさせられるような気がした。
そんな病院も表に出ると、さっきまでとまったく違った感覚になる。最近の病院はそんなに薬品の臭いがきつくないと大人は言っていたが、子供の頃、それも小学生くらいの頃くらいまでは、臭いがきつかったというのを思い出すのであった。
この日は、昔の、
「きつかった時」
という意識がよみがえってくるので、
「今日は無事に終わることはないかな?」
と思うのだった。
女将の話
どのようなものが無事というのか分からないが、コーヒーを飲むことで、最初は、きついと無意識にであるが感じていたものを、味の違いから、
「やっぱり今日はきついと思っているんだ」
と感じたことで、自分の感覚が間違っていないことに気づいたのだった。
そのうちに、係の人から、
「バスが、裏の駐車場のところに着きましたので、そこまでお送りいたします」
と、言われ、一緒になって、駐車場までくると、10数人乗りくらいのマイクロバスが止まっていた。
「これに一人で載るのは忍びないな」
というと、運転手さんが、
「大丈夫ですよ、今日は、皆さん、まだまだ遅い時間にご到着ですからね」
と言われた。
なるほど確かにそうであった。
時計を見ると、まだ午前中ではないか、普通、宿のチェックインというと、早くても15時くらいではないだろうか?
それを考えると、
「ああ、なるほど、確かにそうですね」
といって笑うと、自分で自分の笑顔が引きつっているのを感じた。
「バスの運転手が私の顔を見て、どう思っただろう?」
と感じたが、そのことを気にしているようではなかったので、よかったとひろ子は感じたのだ。
「じゃあ、出発しますね」
といって、運転手は、役所の係の人に挨拶をすると、係の人は、いってらっしゃいとばかりに、バスに向かって、手を振ってくれたのだった。
「ここから、40分というところですか?」
と聞くと、
「ええ、まあそんな感じですかね? M市というのは、結構南北に広いので、結構端から端までって時間が掛かるんですよ。でもここは、都心部から離れるほど田舎になっていくというわけではなく、ところどころが開けているような感じなので、渋滞する場所もまちまちなんです。しかも、時間帯によって、いきなり変わったりすることがあるので、M市の渋滞状況を予測するのは、かなり困難だと言えますね。お客さんは車には乗られないんですか?」
と言われたので、
「いいえ、そんなことはないですが、M市のあたりにあまり来ることはなかったので、意識がなかったですね」
というと、
「ここはおかしな通りもあるんですよ」
というではないか。
「というと?」
と聞いてみると、
「ここの中心部近くに飲み屋街があるんですけどね。中途半端な大きなの川があって、左右が、それぞれの一方通行になっているんです」
というではないか。
「ええ」
と相槌を打つと、
「本当であれば、左側がこちらから向こうに、そして、右側が向こうからこっちに来るものだというのは、日本人であれば、誰でも感じることでしょう?」
と言われ、
「ええ、それはもちろん、そうでしょう」
というと、
「ここは、その場所だけがおかしくて。川を挟んで右側通行なんです。その通りを過ぎるとまた、左側通行になるんですよ」
という。
「よく事故が起こらないですね?」
というと、
「起こってるのかも知れないんですが、土地の所有者との絡みがあるとかで、そこだけはしょうがないんですよ。そこで苦肉の策として。そこだけを、市は、
「私有地」
ということにしたんですよね」
ということであった。
バスの運転手がどうしてそういう話をしたのかと思ったが、理由はすぐに分かった。
「ほら、ここなんですよ」
と、平然と言ってのけたのだ。
「ああ、なるほど、これじゃあ、意識することもないですね」
と言ったのは、こちらから向こうに行く時は、そのまままっすぐになっている。だから、向こうから来る時は、途中一度右折して、さらにそこから、また右折するということになる、だから、運転していて、違和感はないということだった。
「なるほど、わざと右折をさせることで、意識を、
「しょうがない」
ということで考えさせるというのであれば、大きな問題にも、事故にもつながらないということなのであろう。
バスは器用に、信号を抜けて、意識しないように、通り抜けていった。正直、右折ばかりさせられる人は、最初は、
「面倒くさい」
と感じるだろうが、慣れれば、そうでもないということを、バスの運転手が教えてくれた。
「お姉ちゃんは、M市の人なんじゃないの?」
と聞かれたが、
「いいえ、私は、ここの人間じゃありません。同じ県内ではあるんですけど、M市ほど大きなところではありませんね」
というと、
「そうですか、私も実は違うんですよ。だから、初めて、これから行く温泉に行った時は、意識が遠のいた気分でしたね」
と運転手は言った。
「何を大げさな」
とも感じたが、そこまでいうには、他との大きな違いがあるのだろう。
これから取材に出かける場所としては、ちょうどいいところであることから、実にありがたいと思うのだった。
繁華街を抜けて、まっすぐバスは、バイパスを通り、次第に目的地が近づいてきているようだった。
時間を確認すると、乗り込んでから、すでに30分が過ぎていた。
「あれ? イメージとしては、10分くらいだったんだけどな」
という感覚である。
ということは、自分で感じているよりも、思ったよりもスピードがゆっくるのようであった。
確かに運転手さんの言う通り、ところどころに都会風のところがあり、他の街とは、どこか一線を画しているようだったが、考えてみれば当たり前のことだった。
「そもそも、このM市というのは、まわりのいくつかの市が一緒くたになってできたところだったのだ」
ということだかあらである。
M市にくっついた街の中心部から見れば、境界線に当たるところは、市内に近く、逆方向には、今度は別の街がくっついた街なのだから、もう一度、
「街の中心というところを抜けていく」
ということになるだろう。
それを考えると、ひろ子は、
「この街というのは、想像以上にいろいろなポイントがあるところなんだろうな」
と、大いに興味を持った。
今回は、温泉の取材であるが、次回は違った角度から、M市を深堀できるような気がして、それが楽しみな気がしたのだった。
「ところでこれから行く温泉というのは、どういうところなんですか?」
と聞かれた運転手は、
「どんなところといって、普通の温泉ですよ」
と答えた。
しかし、ひろ子とすれば、編集長が、
「あなた好みの温泉ですよ」
といって、ほくそえんでいる感覚だったので、
「ただの温泉」
ということはないだろう。
少なくとも、編集長が気になっているところで、
「ひろ子の目で見るとどうなるんだろう?」
という思いがあるのか、やたらと編集長は進めてきた。
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次