探偵小説マニアの二人
だが、戦後すぐの頃は、その付近は徹底的に空襲によって破壊されていた。
現在の川沿いの工場は、戦前から、
「軍需工場」
として栄えてい、今のビルの乱立しているあたりは、それらの軍需工場の行員たちが密集して住んでいたのだ。
アメリカ軍の爆撃の焦点は、それら住宅街にも集中し、大空襲があった日には、相当な人たちの命が奪われたという。
他の地区では、
「建物疎開」
と称して、区画整理が行われていたが、このあたりの、行員たちの住まいは、そういうわけもいかなかったので、そのままだった。
そのせいもあってか、空襲ではひとたまりもない。
もっとも、他の地区のように、
「建物疎開」
というものが行われていたとしても、結果として、空襲に見舞われれば、どうしようもない状態に陥ってしまい、結果、
「焼け野原」
ということになるというのは、無理もないことであった。
それを思えば、M市が軍需工場もろとも、大きな被害に遭ったというのは、無理もないことだった。
今はビルが立ち並んだ地域の、ほぼ中央に、少々大きな公園、通称、
「セントラルパーク」
と呼ばれているものがあるが、その中心には、戦没慰霊碑が建っている。
その慰霊碑が建てられたのは、平成になってからだというので、比較的新しいものだろう。
そんな街を意識することなく、ほとんどの若者は、近くのビルに、毎日のように仕事に出かけている。慰霊碑はそんな人たちを毎日見送っているのだった。
今回、取材に向かうひろ子は、当然のごとく、M市についての、
「下調べ」
をしていた。
ネットでの知識が主なものだったが、さすがにM市全体の紹介は多かったが、目的の温泉地あたりの紹介は、本当にちょっとだけだった。
「過疎というのは、ガチできにしておかないといけないところなんだろうな?」
と感じていたのだった。
出版社の編集長は、忙しいのか、そもそもが怠慢な性格なのか、ひろ子には迷うところであったが、
「どっちもなんだろうな」
と考えると、まさにそうだといってもいいくらいの気がした。
仕事の話が決まると、後は、ほとんど丸なけで、
「自分で好きなように取材をしてください」
というだけだった。
「好きなようにしていい」
というのは、楽なようで、実は一番難しい、
「好きなように」
という、
「好きな」
という部分が曖昧だからだ。
「好きなようにと言われて、本当に好きなようにすると、相手の思いにそぐわなければ、簡単にダメだしされるからな。それも感性でモノをいうので、何を求めているのか分からない。言い訳ができない状態で、相手もよく分かっていないようなので、これほど厄介なことはないに違いない」
ということであった。
そんなことを考えていると、
「この街でまずは向かうとすれば、市役所の環境課に行ってみようか」
と考えた。
「市内の文化財や史跡などの管理、あるいは、観光地の問題などは、どこの市役所でも、環境課というところがやっている」
ということが分かっていたからだ。
実際に行ってみると、そこでは思っていたよりも、暖かく迎えてくれた。
市役所というと、
「お役所仕事」
というイメージから、民間会社の雑誌の取材などというと、口ではありがたいと言いながらも、内心では、
「面倒くさいな」
とでも思っているのか、人によっては、露骨に嫌な顔をする人もいた。
さすがにそんな人を相手にすると、
「いい加減にしてくれ」
と思うのだが、仕事だから、それもしょうがないといえるのではないだろうか?
それを思うと、M市の環境課の相手をしてくれた女性は、親身になって説明してくれる。
「ああ。あの温泉街ですか、取材をしてくれるのは、大いにありがたいことです」
と言いながら、目が輝いているように見えた。
「どうやら、この人の目は偽りなさそうだわ」
と、ひろ子は思ったが、結構時間をかけて説明してくれたようで、時計を見れば、体面してから、すでに2時間が経っていた。
それも違和感があったわけではないので、話をできたこともありがたく、それでいて、お互いに疲れを感じないというのは、長年取材に携わってきたが、珍しいことだったような気がする。
というのも、実はひろ子もビックリしたのだが、
「実は、PR映画のようなものもあるんですよ」
ということであった。
「えっ、それはすごいですね」
と聞くと、
「結構前に作られたもので、今でいうユーチューブのようなものがなかったので、撮影チームを結成し、一応真剣に作ったんですよ。10分ほどの映画だったんですが、結構皆真面目に取り組んでいましたね」
ということで、彼女の勧めで、そのPR映画を見せてもらうことにした。
「一人の高校生の女の子が、都会の雑踏から疲れて、この街に戻ってくる。そんな彼女を暖かく迎えてくれた街の温泉。そして、街の今も変わらぬ風景」
10分ほどの映画だったが、終わってみれば、あっという間のことのようだった。
「なかなかよくできていますね」
というと、彼女はニコニコしながら、
「実は、あの映画でヒロインを演じていたのは、高校生の時の私だったんですけどね」
といって、少しはにかんだ様子でいうではないか。
「言われてみれば、気付かなかった」
と思ったひろ子は、
「不覚だったわ」
と感じたが、その様子を見て、
「してやったり」
という表情になった彼女に、少し、暮らしい気分になった。
しかし、それでも、決して親な気分になったわけではない。むしろ、ほのぼのした気持ちにさせられたといってもいいだろう。
「気づきませんで、すみません。でも、なかなかきれいな街なんですね?」
とひろ子がいうと。
「ええ、あの街は、風光明媚といってもいいんでしょうが、なかなか温泉というだけでは、人が来てくれることもないし、年々過疎化も進んでいることと、何か一つ、できることをしようということで、PR映画を作ったということなんです。出演者もスタッフも皆街の人たちでやったんですよ。それが今となっては、一番の誇りですね」
と彼女は言った。
「さっきの動画は、たくさんの人が見てくれたんですかね?」
と聞くと、
「いやぁ、なかなかうまくはいかないですよ。製作してからしばらくは、ほとんど訪れる人もいなくて、お見せする機会もないということでしたね」
というので、
「じゃあ、今はいかがですか?」
と聞かれて
「今では、ユーチューブのようなものがあるので、ちょっと大げさに、秘境の温泉と銘打って載せると、毎日少々の反響はあるようですね。それでもなかなか来てくれるという人は少ないようで」
ということであった。
「でも、忘年会なんかよさそうな気がするんですけどね。それほど都心から離れたところに行かなくても、宴会をするだけなら、温泉と、その宿があれば、それだけでいいのではないかと思うんですけどね」
というと、
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次