探偵小説マニアの二人
「密室トリック」
というのが、一番のミソのように見えるけど、それを隠れ蓑にして、他のところに、ミソの部分を表していると思うと、何となくであるが、事件の全容が見えた気がしたのだ。
だが、ひとつ気になったのが、
「加害者と思われる人物が、行方不明になっている」
というところであった。
この時、行方不明になった人がいて、見つからない。
つまり、最重要容疑者が見つからないということを考えると、
「この男は、すでに殺されているのではないか?」
ということに気が付いた。
そして、この人物が、被害者に対して、一番の殺害の動機を持っていると思うと、普通であれば、
「被害者を殺して、逃げている」
と思われるのだろうが、忽然と消えてしまったのだと考えると、
「待てよ?」
ということになるのだ。
つまり、
「馬場崎という男を犯人だと思い込むことで、警察はトラップに引っかかる。どうしても、被害者を殺したいというほどまでの、強い動機を持っているのは事実なのだが、馬場崎という人物の性格などは、今の話の中で語られていない」
「もし、私がそのことを聞いたら、女将さんはどう答えたんだろう?」
とひろ子は考えた。
「女将さんは、正直に答えてくれただろうか?」
と考えたが、
「では、この場合の女将さんの正直な答えとはなんだろう?」
「馬場崎の動機は、そこまで、強いものではなかった」
と答えたが、
「いや、非常に強いものだったと答えたであろうか?」
それとも、
「そんなに強いものではないと思うけど、その感情は本人にしか分からない」
と答えるかであろう、
正直という意味で言えば、最後の、
「本人にしか分からない」
というのが、当然の答えであり、その答えには二つの意味が含まれる。
「本人にしか分からない」
というのは、馬場崎はそのまま行方不明のまま、ずっと今のその行方が分かっていないということか、
それとも、
「本人は死んでいて、聴こうとしても、死人に口なしで、気持ちを確かめることはできない」
ということなのかということであった。
ひろ子は、それを考えると、可能性としてであるが、
「すでに死んでいた」
と考えるのが、一番だと思ったのだ。
しかも、もし、犯人が馬場崎だとすれば、このホテルを使うことに何の意味があるというのか、
「密室を作ることで、密室トリックを強調したい」
と考えたのだとすれば、
「策に溺れる」
と言えないだろうか。
一つ今回の殺人で、言えることは、真犯人が、馬場崎に対して、殺すだけの決定的な動機を持っているということだ。
つまり馬場崎は、被害者に対しての恨みがあるので、被害者しか見えていなかったが、実は、
「馬場崎に対して決定的な殺害動機を持っている人がいるとすれば、本当の目的は、馬場崎の殺害であり、ここでの穴山が死体で発見されたというのは、穴山は、事件に巻き込まれたというか、穴山も死んで当然の人間ということで、真犯人は、カモフラージュのために、穴山を殺したとしても、無理はない」
ひろ子はあそこmで考えて、女将が、最初に出したひろ子の答えを正しいと言ったが、ところどころ無理があり、結果、
「女将がこちらの推理を正しいと思い込ませようを考えているのではないかと思うのだった」
それを考えると、
「この事件に、女将は大きくかかわっているのではないか?」
と思った。
例えばパートで掃除婦をしていたことを利用して、合鍵を造り、カモフラージュの犯罪を演出したということである。
女将さんに限らずであるが、小説家には、作家が作品を使って、読者を、
「トラップにかける」
ということで、
「叙述トリック」
というものある。
ただ、探偵小説の中には、
「ノックスの十戒」
と呼ばれるものがあり、基本的に、
「探偵小説作家としてやってはいけない」
ということがある。
たとえば、
「犯人は、物語の最初に登場しなければいけない」
あるいは、
「超自然能力、つまり超能力を用いた犯罪、秘密の抜け穴などが、二つ以上あってはいけない」
などというもの、さらには、
「偶然や、第六感のようなものが当たって、事件を解決してはいけない」
ということもある。
そして、最後には、
「双子・一人二役はあらかじめ読者に知らせられなければいけない」
ということであるが、最後の場合は、
「読者に予見できるだけの内容を示す」
ということである。
結果、それが、
「一人二役である」
と予見されたとしても、それは仕方がないこと、それ自体が、事件解決になるからということである。
この場合は、女将さんがあたかも、ひろ子が、
「推理を正しい」
というようにほのめかしているだけで、
「本当にそれが、正しい」
ということを言っているわけではない。
そういう意味では、現実に、相手を騙したということになるわけではないが、女将が、どういうつもりで、ひろ子の推理したことを、
「正しい」
と判断したのだろう。
それを考えると、ひろ子にとっては、
「自分に叩きつけられた挑戦状を、見事に跳ね返したかのようで、嬉しいではないか?」
と感じたことは、
「自分が、これから探偵小説作家としてできるかどうかということを、認められたようで、最初に書けるようになって、本当に最初の頃に、人から初めて褒められた」
などということがあると、
「これからも、小説を書き続けてもいいんだ」
ということを感じるに違いない。
そのことを考えると、自分が、解いたと思った謎が、
「どこまで正しかったのか?」
ということが分かるわけではない。
と考えるのだった。
女将は、それからも、
「いつでも、泊りにきてね」
といってくれた。
有頂天になった。ひろ子は、自分がまるでプロの小説家となり、
「温泉地に籠って小説を書いている」
という、文豪になった気がしたのだ。
温泉では、女将の出した、
「宿題に答えられた」
という意識があったことから、
「温泉に浸かっているだけで、いろいろなアイデアが浮かんでくるような気がした」
しかし、ひろ子にとっては、何も女将の設定したストーリーと、女将が考えていた解決とが同じであるかどうかは関係なかった。
それはあくまでも、
「模範解答」
の一つということであり、女将が設定している回答よりも優れている回答があり、ある意味、その素晴らしさで、自分が、その回答に酔ってしまったとしても、それはそれで納得できることだったのだ。
そういう意味で、ひろ子の回答は、女将の発想を逸脱していたのかも知れない。ただ、女将の用意した模範解答ではなかったことは、女将の最初の態度を見れば、ピンとする人はきただろう。
しかし、女将が模範解答を自分で考えたということを知っている人はいない。だから、ここで気づいたとすれば、それこそ、超能力者ではないだろうか、前述の、
「ノックスの十戒」
という意味でも、
「超自然能力を事件の解決に使用してはいけない」
ということになるのであった。
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次