探偵小説マニアの二人
「そして穴山が、殺した馬場崎を擁護して考えていた組織とすれば、何らかの方法で、穴山には死んでもらう必要があった。しかも、それが表に出る犯罪にしておかなければ、組織の存続が危ないということになるのだ」
と、ひろ子は考えた。
そして、先ほどの密室殺人のためのカギの話も、組織が関わっているとするならば、場所が、
「連れ込みホテル」
ということで、組織と何らかの関係があると思えば、穴山を秘密裏に消すこともそう難しくはないだろう。
それが、ひろ子の頭の中にあることであった。
「女将さんは、この事件の真相をご存じなんですか?」
と聞かれて、
「ええ、実はこの事件は、解決していたんですよ、それで、この話を聴いた時は、私もいろいろ面白いものだと思ったんですよ、これをテーマにして小説を書こうかと思ったくらいなんですが、でも、女将の跡を継ぐということがあったので、私は、この事件をこれまで取材に来られた方に話をして、分かるかどうかというのを聞くのが好きになってしまったんですよ。実は、あなたの発想が、ちょうどこの事件にほとんどあっていたんですよね。だから、私も正直、よくわかったなと思っているくらいなんですよ」
というではないか。
「ええ、私も昔は探偵小説が好きで、よく読んでいましたから、そういう謎解きは好きだったんですね」
というと、
「でも、探偵小説なら、いろいろなパターンがあって、一つにどうしても、トリックなど目が行ってしまいますよね。今回の犯罪は、本当に探偵小説のような話しだったので、余計に気になったんですよね。それに、女将さんの話が、まるで警察から聞いたかのような話までは行っていたので、解決していない事件で、しかも、時効になったような話を、警察もいちいち一般の人に話したりはしませんからね、きっと、女将さんは、今回の事件をひょっとすると知っているのではないかと思うと、私も事件に首を突っ込んでみたくなったんですよね」
というのであった。
「女将さんは、この事件を分かっていたということで私も聞いていたので、自分ならどう考えるということを話したりしたんですよ」
と、ひろ子は言った。
「なるほどですね、私にはそれが分かっていたので、私もそういいました」
というと、女将は、
「今までに何人もの人に話をしてきたが、実際にちゃんとすぐに分かった取材の人はいなかったんですよ。それを聞いて、なかなか山本さんは、すごい発想のできる人だと思いました」
と言われて、ひろ子も嬉しくないわけはない。
どうやら、ほとんどのところでひろ子の推理は当たっていたようで、女将もさすがに舌を巻くというほどであった。
「取材のために、今回は何日のご滞在でしたっけ?」
と言われて、
「一応、4日を予定しています。ここだけではなく、近くの観光地なども紹介したり、歴史なんかも調べてみたいと思っていますからね」
というと、
「ああ、そうですか。それは有難いですね。私もいっぱい宣伝してほしいと思っているんですよ」
というではないか。
今まで、地元の温泉を取材することはあったが、今回は、編集長からの依頼ということもあって、
「4日ほど、滞在してもらおう」
ということだった。
普通は2日がいいところであろうが、編集長が、わざわざこの場所を四日と区切ってひろ子に滞在させるというのは、
「少し変だな」
と思っていたが、
「女将からの依頼ではないか?」
とも思えた。
思わず、
「女将は、うちの編集長と知り合いか何かですか?」
と聴こうかと思ったが、それは辞めておいた。
「このあたりはいろいろ見るところがあるので、ごゆっくりして行っていただけでば、嬉しいです」
と女将はいい、
編集長からも、
「ゆっくりしてくればいい」
と言われたのを思い出した。
「女将のことをもっと知りたい」
と思ったひろ子も、そのゆっくりとしようと考えたのだ。
「それにしても、ひろ子さんは、頭がいいというか、頭が本当に斬れるんですね。あれだけの事件を、話を聴いただけですぐに解いてしまうだから、本当に尊敬しますわ」
と女将に言われ、
「私も昔は、探偵小説のようなものを書きたいと思っていたこともあったので、その感覚があったからではないでしょうか? ただ、それよりも、話を聴いていると、客観的に事件を見ることができて、事件にすっと入っていけるような気がしたんでしょうね。気分は本当に、金田一耕助にでもなったかのような気分でしたよ」
というと、女将は笑顔で、
「それはよかった。あのお話は実際にあった話なんです。実際に時効になったんですが、私が犯人から、時効が成立したことで、教えてもらった話なんですよね。まぁ、もっとも、登場人物の名前は本当に架空のお名前だったんですけどね。こちらの温泉を利用したり、取材に来られた方には、ごあいさつ程度にお話しさせていただいているというわけだったんですよ」
というのだった。
「なかなか面白い趣向でしたね。今までいろいろなところで取材をしてきましたが、謎解きのご招待というのは、初めてだったので、面白かったです。一種の、おもてなしようなものだと思いましたよ」
とひろ子がいうと、
「ええ、まさにその通りだと思っております。それに、謎を見事に解いていただけたひろ子様ですから、こちらも、全面的に協力させていただきます。心置きなく、取材の方、よろしくお願いいたします」
と女将は、完全に打ち解けたのか、すでに名前を、
「ひろ子」
と呼んでくれている。
敬意を表する部分もあるが、ざっくばらんな部分もあって、お互いに、完全に気心が知れていると思った。
「編集長が、4日と言ったのは、ひょっとすると、この謎を一日くらいは、解ける解けないは別にして、考える時間にあてることができるという考えを持ってのことではないだろうか? もし、編集長も以前、ここを取材したことがあったとすれば、この謎を解けたのだろうか? 解けなかったとしても、どこまえ近づけたのか、知りたい」
と思うのだった。
「皆さん、この謎を解こうとする時、どのあたりまで真相に近づけるんでしょうね?」
とひろ子が効くと、
「そうですね、事件の核心部分に近づく人に限って、最後はトンチンカンな答えに田亜土律君ですよ。でも、理論的に少しずつ、近づこうとする人は、あと、もう少しというところまでは来るんですが、なにやら結界のようなものがあるからなのか、真面目に考えてしまうので、ある一銭を超えられないということで、核心にすら近づくことができないんですよね」
と女将は言った。
女将の話を聴きながら、
「もしまだ他に謎があるのであれば、また挑戦してみたい」
と考える、ひろ子だったのだ。
耽美主義
女将から、探偵小説のリアルな内容をその後に聴いたが、ひろ子が考えた内容と、ほぼほぼ同じものだった。
核心部分の密室というのも、大まかなところで考えてしまうと、必ずどこかにぶち当たる。
そうなると、事件が真相に近づいたとしても、自分の中で、
「こんなことはない」
と打ち消してしまうところが出てくるのだ。
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次