探偵小説マニアの二人
といってもいいかも知れない。
ただ、一般的には、
「詐欺商法に引っかかった被害者」
ということであり、世間では、
「気の毒」
という目が一般的だったかも知れないが、少しでも携わっていて、実際に、本を出すことをしなかった人から見れば、本当に、
「自業自得でしかない」
といってもいい。
逆に、その人たちだから、本を出した人のことを、
「自業自得だ」
と言えるのかも知れない。
それを思うと。
「詐欺というのは、もちろん、仕掛ける方が決定的に悪いのだが、騙される人がまったく悪くないというのは、また違うかも知れない」
と感じるのだった。
さすがに、ひろ子は、
「自分からそんな出版社に引っかかるようなことはない」
と思っていたが、実際には、最初の頃は、他の人と同じように、
「これは、なかなかうまいやり方だ」
ということで、彼らのやり方を称賛し、自分も
「あわやくば」
と、一瞬だけであるが、感じたこともあった。
それは否めないのだが、すぐに思い返したというのも、やはり、冷静な目でしか見ていなかったということであろう。
さて、それを考えると、ひろ子は、すぐに見切りをつけ、会社から言われて、それらの自費出版社関係の取材をしたりしていた。
やはり思った通り、
「自転車操業でやっていて、本を出したいという人が減ってきて。デッドラインを下回れば、一気に破綻してしまうだろうな」
ということは、容易に想像がついた。
しかし、実際に見ていくと、本当に、判で押したような、
「自転車操業」
であった。
「これじゃあ、おかしくなり始めたら、あっという間に壊れてしまう」
ということが分かった。
だからといって、いきなり、不安を煽るような記事も書けないし、下手に書くと、出版社から、
「事実無根」
ということで訴えられるに違いない。
彼らだって、そのあたりのネゴサーチはやっていることだろう。
そうなると、やんわりをした記事を書かなければいけないのだが、ただ軽くつつくだけでは記事の意味もないので、結構難しかった。
そんな時、訴訟を起こすところがあると聞いて、ひろ子は、
「よしこれだ」
ということで、そのあたりから攻めたことがよかったのか、いい記事が書けたと思っていたのだ。
そのおかげもあってか、一気に自費出版社関係への風当たりは強くなった。
そこに、ひろ子の記事がどれだけ関わっているかというのは、曖昧だったが、少なくとも、やつらのまわりに、かなりひどい誹謗中傷のようなものがあったのは。間違いではないだろう。
そう思うと、ひろ子の方も、
「あんな記事、書かなければよかった」
という、どこかに自戒の念があった。
それは、被害者を哀れに思うというわけではない。
それ以上に、被害者の、
「自業自得」
というものを感じていたからだ。
それよりも、
「何とかしなければ」
という思いがあった。
それは自分が、
「この会社にいてもいいのだろうか?」
という思いだった。
本当は小説家を目指しているのに、ライターのような仕事で、しかも、出版社から言われるままに、
「好きでもないことをしないといけない」
と考えたことで、ひろ子は、溜まらない思いになっていたのだった。
だが、それだけではなく。
「本当に、このままでいいのだろうか?」
と考えていた。
だから、その時のひろ子は、
「袋小路」
に嵌りこんでいたのだった。
というのも、
「自費出版社系の会社を追いかけさせられることによって、自分のやっていることに対して、大いなる疑問を感じるようになった」
ということからであった。
自分も本を出したいと思っている一人であることから、詐欺を暴くということは、自分と同じ夢を見ている人の夢を砕くということで、
「自分で自分の首を絞めている」
という発想にもなってきていたのだ。
それを、会社からわざとさせられているような錯覚を覚えると、
「この仕事が、情けなくなってきた」
といってもいいだろう。
少なくとも、
「この会社にいる以上、このまま自分が病んでくるということは否めない」
と思うようになった。
もちろん、
「フリーになりたい」
と思っていたわけではなく、
「作家になりたい」
という夢を持って、会社を辞めたのは、間違いではないが、急に辞めたことで、
「自分がこれからどうすればいいか?」
ということが分からなくなった。
だから、余計に自分が分からなくなったのだが、まずは、
「食べていかなければいけない」
ということで、最初はつなぎのつもりで、
「フリーライターになる」
ということしかなかったのだ。
何とか少しは、それでもしょうがないということであったが、何とか、フリーライターを数年やってきて、今は、
「様になってきた」
ということであろうか?
最初は、
「辞めた会社に行くのは、嫌だ」
と思っていたが、フリーライターとして名前が売れてくるようになると、会社の方からオファーがあったのだ。
編集長も、快く仕事を回してくれるようになり、後輩の指導のようなことも、あわやくばということで考えていたのだろう。
ひろ子も、
「ここで仕事をさせてもらえるのであれば、それくらいは、別にかまわない」
と思っていた。
どうせ、あのままいても、同じことだったということが分かったからっである。
今回は、とりあえず、温泉の取材は、出版社も、
「ただの温泉」
という風にしか思っていなかっただろうから、別に、
「彼女、一人でいい」
と思ったことであろう。
しかし、この温泉で、過去に何があったのかということを知っている人はいなかったようで、それだけ、女将さんの話にどこまで信憑性があるのかということを、ひろ子は、考えていた。
もっとも、
「まさか、ウソでもあるまいし」
と、ウソにしては、込み入っている話であろうということは、容易に想像がついていたので、
「黙ってとりあえずは聞くしかない」
と思っていたのだった。
「それにしても、こんな温泉地で」
というような話が今から始まると、ひろ子は思ったのだ。
密室の謎
女将の話を聴いてビックリしたのは、その殺された男性というのが、
「小説家だった」
ということであった。
それも、ミステリー作家、当時でいえば、探偵小説作家といってもいいだろう。
自分が殺されるというような話を書いている途中で殺されるという、意味深な感じであったが、そのことをどう考えればいいのか、警察も、
「ただの偶然に過ぎない」
と言いながらも、何となく気持ち悪がっているようだった。
しかし、何と言っても、被害者が殺されたのが、密室ということで、
「その密室の謎が解けなければ、事件は解決しない」
と言われていた。
しかし、その謎が解ける人はいないので、結局、
「被害者を恨んでいる人の中から犯人を特定し、実際の密室にしたトリックはその人から聞くしかない」
ということになったというのだ。
捜査は、まず、
「被害者を憎んでいる人」
ということで、動機から考えられたが、
作品名:探偵小説マニアの二人 作家名:森本晃次