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つかさの頭の中

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 確かに、目が覚めてしまうと、夢の中を思い出す、いや、垣間見るということすらできないような気がしていた。
 考えてみれば、
「夢というものは、どうして寝ている時にしか見ることができないのだろうか?」
 という疑問を誰も持たないのだろう?
 ただ、逆も真なりであり、
「寝ている時に見るから夢なのであって、起きている時に、見るものではない」
 ということでもあるだろう。
 だが、起きている時に見るものが夢ではないとすれば、幻や幻覚というのは、
「夢とは種類の違うものだ」
 と言えるのではないだろうか?
 夢を見ている時、本当に何も五感の中で覚えているものはないということなのだろうか?
 と考えたことがあったが、
「何かの残像のようなものが残っていたような気がする」
 というのを思い出すと、それが、
「明るい状態から暗い状態になる時の、明るさの残像のようなものではないか?」
 と感じるのであった。
「色のコントラストというのは、光のコントラストと似ている」
 という人がいたが、逆に、
「それは錯覚だ」
 という意見の人もいた。
 色のコントラストが、
「目を開けている時に感じる、明るさの違い」
 と考えれるのだとすれば、
 光のコントラストというのは、
「目を閉じている時に感じる明るさの違い」
 と考える。
 まるで、色の移り変わりは、グラデーションのようなもので、まるで、虹のようなものが、瞼の裏に焼き付いて感じるからなのだろう。
 最初から目を瞑っていることで、そこに、光を余計に感じようとする意識が、明るさに通じるのであって、逆に、目を開けていると、光は嫌でも感じることで、その明かりによる目の錯覚の違いを、明るさというもので、感じようとしようとしているのかも知れないのだ。
 一つ気になっているのが、
「目を瞑った時、瞼の裏に写っている、まるで毛細血管のようなもの」
 であった。
 明るさによる、錯覚なのではないか?
 と考えるが、
「毛細血管に見えるものは、錯覚などではなく、本当の毛細血管なのではないか?」
 とも思える。
 目を瞑った時に見えてくる色は、明らかに赤褐色であり、赤褐色という色を思い浮べた時に出てくるものは、血液ではないだろうか?
 毛細血管のように見えたのは、錯覚ではなく、本当の毛細血管だと考えると。毛細血管を見せるには、何か、それなりの理由が存在しているのではないか?
 と思うのだった。
 そんな血管を見ていると、急に、頭が痛くなるのを、つかさは感じた。
「この頭痛は、以前にも感じたような気がしたが、いつどこでだったのかということまでは、正直思い出すことはできない」
 というものであった。
 ただ、この時に、激しい頭痛に襲われたことだけは覚えていた。
 しかも、それを覚えていたという意識は、夢の中でのことのように感じられ、襲ってきた頭痛の正体を思い出そうとしたが、そんなことができるわけもなかったのだ。
 ただ、一度思い出してしまうと、
「今度は絶対に忘れないぞ」
 という意識が働くのか、結構覚えているものである。
 この時に思い出したこととしては、
「激しい頭痛というのが、まるで、頭が虫歯になったかのような激しい痛みがあった」
 ということであった。
 あまりにも痛かったので、深呼吸をした記憶がある。深呼吸をしないと、呼吸困難になりそうで、
「逆に過呼吸になってしまいそうだ」
 と感じると、頭痛の正体というのが、
「過呼吸から来ているのではないか?」
 と感じるのだった。
 呼吸が困難になってくると、必死で掴もうとしている自分を感じ、掴もうとしているものに意識を集中させてしまうせいなのか、
「一度、大きく息を吸う」
 という行動に出てしまうのだった。
 息を吸ったことで、今度は膨れ上がった空気を吐き出すことになる。この時に、意識がもうろうとしてくるようだ。
 精神的には楽になっているつもりでいるのだが、最後まで吐き出さないと、次の行動がきついと思うからなのか、目の前に見えているものが、本当に意識を朦朧とさせるものすべてに感じられ、考えるということを辞めてしまいそうになるのだった。
「この頭痛の原因には、いくつもの段階がある」
 と思われた。
 もちろん、つかさのような、まだ中学生の女の子に、医学的なことが理解できるはずもなく、ただ意識したことを、忘れないようにメモしたり、無意識に、記憶の中に封印していたのかも知れない。
 いつの間にかちゃんとしたメモに記していて、後からノートに書いたのか、そのことを、まるで夢に見たかのように感じさせるのだった。
 後から思い出そうとして簡単に思い出せるものではなかった。
 特に頭痛が絡んでいるとなると、思い出したくないという思いが強いことで、
「思い出すならば、意識が繋がる思い出し方をしなければならない」
 ということで、その思いからか、
「思い出すことが困難だ」
 と感じさせるのではないだろうか?
 頭痛が始まるまでに存在するいくつかの症状。
 最初に感じるのは、まず、
「目の異常」
 だったのだ。
 というのも、見えているものをじっと見つめているつもりで、焦点が合うちょうどその場所だけが、ハッキリと見えなくなる。
 それはまるで、真っ黒い円がその場所に開いていて、まるで、火のついたタバコを布に通した時にできる穴のような感じであった。
 その穴というものを見た時、空いている穴の先には何も存在せず、まるでブラックホールであるかのように、急に暗闇が広がってくるのを感じると、思わずまわりが気になって、まわりばかり見ているのだった。
 だが、そうしているうちに、黒く空いた穴の中が、次第に、見えてくるように感じられ、今までの意識が朦朧としてくるのを感じるのだった、
 見えている明かりが、まわりの明かりなのか、黒い部分からうっすらと見えてきた明るさなのかが最初は分からなかったが、それが、目の慣れというべきものだと思うと、
「意識しているのは、黒い穴ではなく、まわりの明るさにあるのだろう」
 と考えるようになると、さっきの毛細血管というものが、
「まるで飛蚊症のようではないか?」
 と感じるようになったのだ。
 飛蚊症というものを、感じると、それまで見えていたものが急に見えなくなる。
「車の運転などすると、危ないんだろうな」
 と、免許もないくせに、つかさは感じたのだ。
 そして、飛蚊症だと感じてくると、次第に、毛細血管と、黒い穴で見えなかったところが、真正面を見ていても見えるようになったのであった。
 そのうちに、先ほどの飛蚊症を感じていた時、自分が必死になって、見えなかったところを見ようとしていたということに気が付いた。
 その思いからか、見えてきたはずの正面が、どうにもまた見えなくなりそうに感じ、急に不安がよぎったのだ。
 そうなると、
「せっかく見えている世界を逃したくない」
 という思いから、必死に、何か一点を見ようと感じるのだった。
 そのうちに、後頭部あたりに、スーッとした感覚が襲ってきた。それが、
「まるで、宙に浮かぶような感覚」
 ということで、ちょうど、思い出したのが、
「空を飛ぼうとして、飛ぶことができなかった」
作品名:つかさの頭の中 作家名:森本晃次