痛み分けの犯罪
「ええ、そうです。ここからが、苦肉の策のために、警備の方法を変えざるを得ないのですが、要するに、他のビルの人たちが全員帰る時間になった時には、もう、どこのフロアもいないわけです。ほか弁屋以外にはですね。だから、ほか弁屋が営業中であっても、このエントランスは、警備が掛かっているということです。でも、すべてに警備が掛かっていると、ほか弁屋がトイレに行けないということになる。それを防ぐために、非常口の扉のところから、トイレまでは、警備が掛からないようにするというようなメンテナンスが行われているんですよね」
と警備員が言った。
それを聞いて、迫田刑事は、頭の中で、
「なるほど、先ほどの違和感というのは、このことだったのか?」
と感じたのだ。
「なるほど、そういうことなんですね? でも、もう一つ違和感があるんですが、だとするとですよ。ほか弁屋の人たちは、ここのカギを持っていないといけないということですよね?」
と迫田刑事が言った。
すると、今度は、警備員の方が、頭を傾げるように、不可思議な顔をした。
それを見て刑事は、
「あれ? なぜ分からないんだ?」
と感じたが、
「きっと、慣れというものと、今までの感覚が邪魔をするのかも知れない」
と感じたのだった。
「おっしゃっている意味が」
と案の定、警備員も混乱しているようだった。
ただ、冷静に考えれば分かることでも、えてして、一旦袋小路に入ってしまうと、簡単なことでも分からなくなってしまうのだろう、
「どういうことかというとですね。ここは、警備を掛けるということになるのだから、非常階段側の扉もカギを掛けなければいけないということですよね? だとすればカギがないといけないと思うんですよ」
という、
「それは分かります」
と言われ、刑事は、
「ああ、なるほど、自分たちのかかわりのある時間以外は意識していないんだ」
と迫田刑事は感じ、
「それも仕方のないことか」
と思ったので、
「まだお分かりではないようですね」
というと、迫田刑事は、ニコリと笑って、
「ここのカギを持っていなければ、彼らが朝来た時、どうなります? この扉は、内側からカギがかかったままということですよね?」
といわれ、
「ええ」
「じゃあ、弁当屋は来てから、最初の人が、エントランスの玄関から入って、エレベーターの奥を開けないといけないということになりますよね?」
と刑事がいうと、
「ええ、でも、その時間には、他の会社の人たちが、9時には来ているのでは?」
というと、今度は迫田刑事は、ニンマリと笑って、
「じゃあ、土日はどうなるんです? 祭日もありますよね?」
というと、やっとわかったのか、警備員も、
「あっ」
というのだった。
「ね、そうでしょう? 普通の会社は、基本、土日休みだし、歯医者も、祭日は休みだという。でも、お弁当屋というと、年中無休化、正月の一時期くらい以外は、ずっと開いているはずですよね。そうなると、困るのは、弁当屋ということになる」
と、迫田刑事がいった。
それを聞いて、警備員は、
「後で閣員してみますが、彼らは確かカギを持っていないと聞きました」
と、いうのだった。
「ということは、常口の扉は、施錠されることはないということになるので、あの扉が半分開いていたというのは、無理もないということですよね? 内側からカギを掛けるしかないわけですからね」
ということであった。
なるほど、さすが迫田刑事は頭が切れる。
この場所には、初めてきたはずなのに、話を聴いただけで、その矛盾をすぐに感じたというのだから、敏腕といってもいいだろう。
しかし、逆にこういう疑問は瞬時に感じることがなければ、結局は、
「後になればなるほど、分かることはない」
ということになるに違いない。
そういう意味で、
「迫田刑事の頭の良さは、お墨付きだ」
と、田村刑事は感じていた。
ここまでいうと、警備会社の人も、何やら、冷や汗を掻いているようで、明らかに動揺していた。
そこには、
「本当は分かっていたが、警備会社としては、それを許すというのは、本当はいけないことなんだ」
という、ジレンマのようなものが感じられるということであった。
それを感じた迫田刑事は、
「これ以上、下手に苛めて、得られるはずの情報を得られないというのも困ったことだ。しかも、もし、この後犯人が捕まって、裁判になった時、警察に不利な証言などされてしまうと、溜まらない」
という思いもあったのだった。
だからこそ、迫田刑事は、
「突き詰めなければいけないことは、しっかり言及し、追い込まないようにはしないといけない」
という考えを持っていたのだった。
「申し訳ありません。どうしても、ここのお入れを後から作ったという関係で、どうして、も、そういういびつなことになったんですが、我々も、なぜ、弁当屋が、非常口のカギを持っていないのかということが不思議なんですよね」
と警備会社は言った。
「ええ、今の状態では当たり前のことになるんでしょうが、その当たり前のことをさらに当たり前のこといするという意味の発想を、どうして誰もしないのかということが私には信じられないんですよ」
というのだった。
「どういうことですか?」
と警備会社に聞かれた迫田刑事は、
「だってですね。弁当屋も同じように、1階のフロアの住人というわけなんだから、彼らも他の事務所と同じように、ここのモニターで、同じように警備を掛ければそれでいいだけなのではないかと思うんですが、それができない理由でもあるんですかね?」
と言った。
それを聞いて、警備員も、今までの鬱憤が急に晴れたような気がしたが、
「ああ、なるほど確かにその通りだ。私どもも、途中からトイレ問題が起こったことで、どうしても、警備の問題を後追いしてしまうところがあったので、気にもしていなかったけど。確かに刑事さんのおっしゃる通りです」
と警備員も言った。
「そうでしょう? そうすれば、何も問題が起こることもないし、すべてがうまくいくはずなんですけどね」
というと、警備員が、
「あの弁当屋の連中は、基本的に皆外人ばかりなので、警備の掛け方が分からないんじゃないですか?」
というと、
「そんなことはないでしょう。あいつらだって、日本に来る以上、一通りの日本語と、機械の操作方法くらいは分かるようにしているでしょう。まさかそれが分からないほどの、バカだったということなんでしょうかね?」
と、迫田刑事は言った。
迫田刑事は、基本的に、外人は嫌いだった。刑事という仕事をしているから、表向きは平等を装っているが、警察でもなければ、思い切り差別的な目で見ていることだろう。
警備員も、さすがにそこまではいかないが、どこか、外人をバカにしているところがあり、だからこそ、このビルで起こっている疑問に思えることを、
「疑問だとは思わない」
ということなのだろう。
「警備員もmどうやら、自分と同じように、外人どもをバカにしているところがあるんだな」
と思っていたが、迫田刑事は、刑事の勘として、