小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

血の臭いの女

INDEX|3ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 まるで、2匹のサソリを密閉したかごの中に入れるようなもので、
「相手を確実に殺すことはできるが、その瞬間、自分も死ぬことになる」
 というものであった。
 要するに、
「打ってしまうと、その瞬間終わりを宣告されたことになる」
 ということだった。
 だから、均衡が保てるのだと……。
 ただ、実際には、どんなアクシデントがあるか分からない。最悪の場面のアクシデントを考えると、この均衡は、実に綱渡りの上に成り立っていることを、国民が知ったことで、
「核兵器廃絶」
 という運動が起こってきたのだ。
 この世に、
「完璧」
 というものが存在しないように、争いのない理想の世界など、あるわけはない。そもそもそれがあるのであれば、恒久平和がとっくの昔に訪れていてもいいのではないだろうか?
 美穂も、今は25歳になっていた。高校生の頃までは、結構、うまくいっていた人間関係であったが、大学生になると、なかなかそうもいかなくなった。
 同級生の女の子というと、ほとんど、高校生の頃までは、一人でいることの方が多いという子が結構いた。特に高校受験、大学受験と、せっかくの思春期の時代は、
「受験戦争を乗り切る時間」
 ということになるのだった。
 だが、美穂の場合は、思春期が終わっていたこともあってなのか、元々自分を苛めていた男子と仲良くなったのをきっかけとして、結構、男子の友達が多かった。
 それはきっと、お互いに、
「恋愛感情」
 というものがなかったからではないだろうか?
 恋愛感情がなくなってくると、男子であっても、気兼ねなく仲良くなることができる。感情としては、
「親友」
 という感覚であろうか。
 悩みを聞いてもらったり、こちらが聴いたりであった。
 ただ。美穂に対して、
「恋愛相談は御法度だ」
 ということになっていた。
 なぜなら、
「恋愛経験のない美穂に、恋愛相談をしても無駄だ」
 ということになるのは必定であるが、どうやら、本人に意識はないようだったが、恋愛関係の話になると、何やら、態度が変わるようだった。
 だから、それを知っている人は、敢えて、恋愛の話を持ち出さない。
 下手にしようものなら、次第に苛立ってくる美穂が分かってくる。
「しまった」
 と思っても後の祭りで、
「だったら辞めればいいじゃないか?」
 と言われるかも知れないが、そこで話を辞めてしまうと、せっかく自分で気づいていなかった苛立ちを彼女が気づくことになって、さらにややこしくも、複雑な感情が芽生えてきて、今度は、感情の収拾がつかなくなることであろう。
 それを思うと、下手に辞めることもできない。
 このあたりが、美穂と付き合っていく中で難しいところであった。
 ただ、それ以外であれば、男の子の悩みなどであっても、的確に話をしてくれるのでありがたかった。それでも、時代が思春期なので、どうしても、恋愛問題抜きで話ができないこともあり、それが無理な人は、自然と美穂から遠ざかっていったのだ。
 それでも、高校時代までは受験や、就職の問題があるということで、
「恋愛どころではない」
 という人が多いので、高校卒業くらいまでは、固定の友達と仲良くできているのがよかったのだ。
 だが、大学に入学すると、それまで、情緒不安定であった人たちが、一気に解放されたかのようになっていた。
「数少ない深い仲の人」
 が多かった高校時代までと違って、
「たくさんの、普通の友達」
 という感じになり、一気に開放感が広がることで、楽しい毎日が過ごせるようになった。
 受験戦争というものから解放されたことで、一気に違う世界が開けたという感覚であろう。
「高校時代までの暗い自分とは、おさらばだ」
 と思うようになると、それまで一緒に行動したり、悩みを聞いてくれた美穂まで、捨ててくることになるのだ。
 美穂の存在が、
「暗かった過去の自分を象徴している」
 という感情で、さらに、
「もう、あの頃には戻りたくない」
 と思うと、それまでの恩を忘れて、さっさと切り捨ててしまうのだ。
 さらに、もう一つの感情でしては、
「大学に入ると、恋愛を第一に求めるようになるので、最初から恋愛NGであった、美穂の存在は邪魔でしかない」
 と思うと、それまでの美穂の存在自体が、
「忌まわしい過去を象徴しているみたいだ」
 と思えてくると、せっかく彼女をつくろうと思っている自分の足を自分で引っ張ってしまうように思え、引っ張っている自分の足を、奈落の底に引きずりい落とそうとしているのが、美穂のように見えてくるのであった。
 だから、大学時代になると美穂は、
「自分だけが、置いてけぼりにされてしまったかのようだ」
 と思うようになった。
 高校時代までは、自分が皆の盾になって友達を守ってきたと思っていたので、絶えず先頭だったのだ。
 先頭でなければ、人の盾になることなどできないのは、当たり前のことで、だからこそ、「大学に入っても、その立ち位置は変わらないだろう」
 という感情だったのだ。
 しかし、皆に押し寄せていた、
「受験戦争」
 という嵐が過ぎ去ると、後ろにいたはずの人たちが、どんどん前に出てくる。
 今まで見たことがなかったはずの、友達の背中を初めて見た気がしたのだ。
 その背中は、こちらに差し込んでくる日差しをまともに浴びることで、まるで、友達の姿が影を作り、その影が、自分を覆い隠そうとしているかのように感じ、
「まるで日食みたいだ」
 と感じるようになったのだった。
 そのせいで、一つ分かったことは、
「今までは、友達と話をしようと思えば、自分が振り返ればいいことで、すべてが、自分主導だったのに、今度は相手が前にいることで、相手が振り返ってくれないとどうしようもない」
 ということであった。
 それでも、今までなら振り返ってくれたであろう。自分が先頭に立って前を進むには、その風が強すぎたからだ。
 その時は背中を正面に向けて、進みながらだから、こちらを振り返ってくれることになる。
 それが高校時代までだったのだ。
「受験戦争」
 という一つの壁を乗り越えることで、わだかまりも、心細さもなくなったことで、それまで、
「見えてはいないが、確実に自分の行く手を阻む結界のようなものが存在している」
 という、言い知れぬ不安に襲われていた人が、美穂を盾にしていたのに、今度は、そんなものがないという漠然とはしているが、そう感じたことで、美穂の存在が急に必要なくなってしまったのだ。
 それどころか、
「前に出ることで、それまで助けてくれた美穂を裏切ることになるかも知れない」
 という思いと、
「これから、やっと、今まで味わうことができなかった開放感に包まれた世界を見ることができるのだ」
 という思いとが交差して、ジレンマのようにもなっていたのだった。
 しかも、どんどん考えてくると、
「目に見えない結界を、目の前に繰り広げてきたのは、まさか、助けてくれていたと思っていた美穂の存在だったのかも知れない」
 と思うようになったからであろう。
作品名:血の臭いの女 作家名:森本晃次