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完全犯罪の限界

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 と聞くと、管理人は、またあからさまに、
「ドキッ」
 とした表情になって、少し顔色が悪くなったようだ。
 これでハッキリと言えることとしては、
「この管理人という人間は、明らかにどうしようもない人だ」
 と言えるのであった。
 だからと言って、肝心なことをポロっと喋ってくれるような人間かどうかということは分からない。
 ただ、
「プレッシャーには弱い人」
 ということは言えるだろう。
 そして、この事件の今のところのキーパーソンであるとは思うのだが、いかに関係してくるのかということは、さしもの桜井刑事にも分からなかった。
「とりあえず、管理人さん、ありがとうございました。またお話を伺うこともあると思いますので。その時はご協力ください」
 と、警部はそういって、管理人を解放したのだった。
「桜井君、今のをどう思う?」
 と聞かれ、
「管理人が何かの事情は知っていそうですね」
 と桜井刑事は答えた。
「とにかく、被害者が誰なのか、まずはその確定が最初なのではないですかね?」
 と桜井刑事は言った。
 管理人と、脇坂から、ある程度の事情を聴き、それぞれに、
「またお話を伺うことになるかも知れませんが」
 ということでその場を離れた。
 特に、脇坂に対しては、強めに言っていたが、それは、もちろんだろう、あの状態で考えれば、あのナイフが凶器である可能性は明らかに高いのだった。
 それを踏まえて、とりあえず、その場を撤収した警部、桜井、迫田両刑事を中心とする、
「K警察刑事課」
 の面々は、その場を離れていったのだった。
 警察署に戻ると、さっそく捜査本部ができていて、
「マンション殺人事件捜査本部」
 ということで、本部は当然のことながら、K警察内部に置かれたのだ。
 最近では、あまり凶悪な事件は起こっていなかったので、マスゴミも今回の事件には飛びつくように、囲み取材をしようと、警察署前で、待ち構えている。
 何と言っても今回の事件の特徴というのは、
「謎が多い」
 ということではないだろうか。
 まず一つ目としては、何と言っても
「血染めのナイフの謎」
 というところであろうか?
 血染めのナイフが、マンションの集合ポストに入っていた。そのポストは、死体が発見された、空室となっていた部屋の隣人である。
 まずは、なぜ、集合ポストに入っていたか?
 これに関しては、いつ、入れられたのか? ということも問題ではないだろうか?
 入れられた時は、血糊はほとんど乾いていた。ということは、犯行は、かなり前だということになる。
 しかし、そうなると、なぜ隣人に?
 ということになる。
「罪を着せるつもりで入れた」
 としか思えないだろう。
 そもそも、犯人が自分で見つけるというような自作自演も考えられなくもないが、この場合は、そこに何のメリットがあるというのか、
「死体が発見されない」
 というようなことになるのであれば、ナイフは謎のままということなのだろうが、簡単にナイフが見つかったということは、
「犯人の自作自演ではない」
 と言えるだろう。
 確かに、普通は自作自演と思わないことで、捜査をかく乱させるという意図も考えられるが、今回は、犯人がわざといろいろ晒していて、その上で謎をそれぞれに示している。
 そんな策を施しているのに、輪をかけたかのような、偽装工作が続くと、今度は、
「一周回って、策を弄しすぎた」
 ということにならないだろうか?
 そう考えると、
「第一発見者を疑え」
 という理屈とは違うだろう。
 第一発見者は、あくまでも、桜井刑事であり、脇坂は、血染めのナイフを発見し、警察に通報したというだけのことである。
 しかも、彼の行動は、非の打ちどころのないほどに、実に正解だといってもいいだろう。そこで下手に隠そうものなら、却って疑われるということになりかねないだろう。
 それを思うと、
「入り組んだ犯罪ではあるが、何か一つの糸を手繰って、犯人の意図を見付けさえすれば、事件は解決することができる」
 というのが、今回の捜査本部長である、門倉警部の考えであった。
 門倉警部は、ずっとK警察生え抜きで、キャリア組でもない、
「叩き上げ」
 であった。
 桜井刑事は、そんな門倉警部から、いわゆる、
「刑事もいろは」
 というものを叩きこまれたのだった。
 そういう意味で、
「門倉警部の崇拝者」
 といっても過言ではないだろう。
 門倉警部の指示としては、
「優先順位としては、被害者の身元をハッキリさせること、その次は、元々のあの部屋の住民だったという人の捜査。そして、凶器が、本当にあの血染めのナイフなのか? ということ、そして、第一発見者の脇坂氏と、管理人についての聞き込みも行っておいた方がいいだろうな。被害者が特定された時の、二人のアリバイということもあるからね」
 と、いうことであった。
 桜井刑事は、
「そこまで、警部はどうして、脇坂氏と管理人にこだわるのだろう?」
 とも思ったが、確かに今の段階では、
「謎が多くて、そのわりに、手掛かりが少ない」
 ということで、捜査とすれば、どうしても幅を広げなければいけないということはしょうがないといえるだろう。
 それだけに、捜査は難航するのは分かっているのだが、そう簡単に、うまくいかせるということもいかないだろう。
 地道な捜査が求められ、たくさんの選択肢から、何が正しいのかということを導いていくのが、本部長としての、門倉警部の腕の見せ所というところであろう。
「今までにも、もっと厄介な事件は、山ほどあった」
 と、いつも、門倉警部とコンビを組んでいた桜井刑事は、自分の若かりし頃を思い出すのだった。
 たまに、
「若かりし頃を思い出す」
 というのが、キーワードとして、時々思い出すことで、
「自分を顧みる」
 というのが、重要なことだと、桜井刑事は思うのであった。
 桜井刑事と、迫田刑事は、とりあえず、被害者の身元を探ることになった。
 どうやら、
「死体発見現場に以前住んでいたという女性と、関係がある男ではないか?」
 ということが、有力になってきた。
 疑ったわけではないが、脇坂の話だけでは、被害者の特定に結びつけるには、薄すぎるというものであった。
「脇坂という男、信用できるのかい?」
 と、門倉警部に言われ、
「何とも言えませんね。ただ、今のところ、疑うだけの証拠もないし、とりあえず信用できるところは信用しないと、先に進まない気がするんですよ」
 と、桜井刑事がいうので、
「そうか、君がそこまでいうのであれば」
 ということで、今のところ、脇坂の証言を疑うに至っていないということで、全面的にというわけにはいかないが、事件の全容を解明するための材料としては、使うことにしようということであった。
「桜井さんは、あの脇坂という男、本当に信じているんですか?」
 と、最初から、疑いの目でしか見ていない迫田刑事はそういった。
「やはりまだまだ若いのかな?」
 と、まるで一つの発想に凝り固まっているかのような迫田刑事の感覚に、桜井刑事は、何とも言えない気分になっているのだった。
 そんなことをしていると、前にこの部屋に住んでいたという女性、
作品名:完全犯罪の限界 作家名:森本晃次